天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

負けぬ! 屈せぬ! 諦めぬ!

「うおおおお!」

「はああああ!」

 神愛の拳とミカエルの剣がぶつかった。その衝撃は二人を土星の輪のように取り巻く惑星たちを一瞬で崩壊させた。

 二人の距離が離れる。神愛とミルフィアには怪我どころか疲れすら見て取れない。

 対してミカエルはボロボロだった。対峙している今も体は前屈みになり、翼は萎れた花のように下がっている。息は荒く、ダメージの蓄積は限界に近付いている。全身が痛みを訴え、もう、とっくに戦える状態ではなかった。

「う……、うおおおおお!」

 それでも、前に出た。

 立ちはだかるのは妨害の輝き。もはや全域と言っていいほどに展開された黄金は太陽面のようにフレアを起こし噴出と還元を繰り返している。黄金の粒子は濃霧のように充満し、ここだけが彼の世界と化している。もう空間転移でどうにかなるレベルではない。回避する場所すらなくなっていた。近づかなければ攻撃できない。しかし近づくほどに妨害の力は増していく。翼が重い。体が鈍い。

 気づいた時には遅かった。それは徐々ではなく、突然負担を上げた。急激な拘束力。その間に本命の黄金のオーラがミカエルの全身にまとわりつき、完全に動きを止めていた。

 もはや蜘蛛の巣にかかった蝶だ。羽は動かず、もがいてもびくともしない。抜け出そうとしてもいたずらに体力を減らすだけだ。

「ぐっ」

 しかし諦めなかった。気合いを入れ体中に力を入れる。目は開かれ歯を嚙み合わせた。

 負けられない。負けられない。こんなところで捕まっている場合ではない。

 やらなければならないことがある。果たすべきことがある。

 遂げるべき、約束がある!

「負けぬ!」

 指先が、わすかに動いた。

『そんな』

 ミルフィアが驚いた。見間違いではない。今、妨害によって身動きできないはずのミカエルが、動いたのだ。

 それだけじゃない。ミカエルは、歩き出したのだ。足が前に出る。この妨害の中、世界で一番過酷な道を。

 ミカエルは進んだ。一歩を踏み出す。さらに踏み出す。黄金を踏みしめて。

「負けぬ! くっせぬ! 諦めぬ!」

 どんな困難にも屈しない。諦めない。彼の情熱は、黄金に匹敵したのだ。

『どうして、動けるはずがありません。妨害されているのに……』

「負けるものかぁああ!」

 ミカエルは走り出した。

 これがミカエル。誰よりも熱く、情熱を持つ男彼は決して諦めない。

 天界紛争の、まごう事なき英雄だった。

 迫り来るミカエルを神愛は精悍な表情で見つめていた。ミカエルは妨害に身を晒しながらも突き進んでいる。その姿は敵ながら称賛に値する。他の誰が真似をしてみろと言われて出来るだろう。

 認めるしかない。彼は本物だ。

 その不屈の意志を認め、その上で神愛は言った。

「ミルフィアに命ずる」

 彼女に命を。ミルフィアが持つ二重属性、そのもう一つを行使する。

「異教徒に、我が理を布教せよ!」

『我が主に栄光を!』

 ミルフィアは片手を頭上高くへと掲げた。人差し指を天に向けそこから金色の波紋が広がった。まるで響き合う音響のように波は何度も放たれ広がっていく。その波がミカエルの頭上に届いた時異変は起こった。

「ぐ!」

 体に力が入らない。脱力していくように力が、意思までも緩んでいく。

「なんだ? 力が……」

 快進撃が止まる。体は再び妨害によって阻まれ身動き一つ取れなくなる。もがこうとするが、その意思が削られていく。力が入らない。

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