天下界の無信仰者(イレギュラー)
まったくもって、残念残念
ミカエルは進んだ。言葉にならない声を叫んだ。引き裂かれる痛みに耐えて、蘇る思い出を踏みつけながら。
進んだ。
進んだ。
親友を、殺すために。
(それでいい)
必死な形相で向かう友をルシファーは見つめていた。穏やかな表情で、未来を託すに相応しい男を迎え入れた。
(すまないな、ミカエル)
この時、一瞬だけ、ルシファーは笑みを浮かべた。
その後、ルシファーの胸を剣先が貫いた。
「…………」
「…………」
互いに無言。ミカエルは下を向き、正面を向くルシファーの口元からは血が垂れだしている。
柄を握るミカエルの手は震えて、剣を刺されたルシファーは不動のまま立っていた。
互いにかける言葉もないまま二人はじっとしていた。
ミカエルは下を向いている。目の前の現実から目を逸らした。だけど分かっている。自分がなにをして、彼がどうなっているのか。
自分は、彼を刺したのだ。あんなにも憧れて、あんなにも信頼していたあの彼を。
いろいろあった。嫌なことも含めて。けれど、二人の最後はこんな形でした迎えられなかったのか。
思ってしまう。こんなあんまりな最後のために、今までを過ごしてきたのか。
駄目だと分かっていても、思ってしまうのだ。
こんなことのために、二人は笑い合ったというのか。
「うっ」
感極まり、ミカエルから涙声が漏れた。
「泣くな」
だが、そこへルシファーが言った。
「天羽を統べる者ならば、泣くな……。笑え。どんな時も……」
ミカエルはゆっくりと顔を上げた。そこには、口元から血を垂らしながら、それでも自分を見つめているルシファーがいた。
わずかな時間、数秒もないこの時、二人は間近で見つめ合った。
それからルシファーは瞳を閉じ、体が剣から離れていった。それは後退ではなく落下だった。体が下に向かいそれによって刀身が引き抜かれていく。
ゆっくりと。まるで水中に沈んでいくかのように、ミカエルにはこの瞬間が遅く見えた。
両手を小さく広げ、一二枚の羽を出したまま。
ルシファーが、落ちていく。地上へと。皆から愛された天上の光が。
落ちていくのだ、二人の願いのために。
ルシファーは、その生涯に幕を下ろした。
彼が落ちていく。その姿を見届けミカエルの胸が空虚な思いに満たされていく。
足元に広がる不毛な大地よりもなお乾いた苦しみがミカエルの喉元まで忍び寄る。
けれど。
「ふ、ふふ、ははは……」
ミカエルは、笑い出した。
「はっはっはっはっはっはっ!」
笑った、精一杯。大笑を空に響かせて、せり上がる感情を無視して笑った。
天羽長の笑い声に周囲の天羽たちも気づき、ミカエルに注目した。そして知る。怨敵ルシファーは地に落ちた。
勝った。戦いに勝利した。周囲は喜びに震え喝采は天にまで届かんほどだった。ここ一帯が勝利に酔い痴れている。
その中で、ミカエルは笑い続けていた。誰よりも。
誰よりも。
誰よりも。
その顔は、笑ってなどいなかった。
「はっはっはっはっ…………」
ミカエルは頭上を仰ぎ目を瞑った。
「これが、私たちの夢の終わりなのか、ルシファー?」
つぶやきに答える者はいない。風にかき消されるだけの独り言。自分にしか聞き取れない小言に名残を交えて、ミカエルはつぶやいていく。
「残念だよ、あまりにも……」
輝かしい思い出。それはもう戻ってこないことを知っている。だからこそ胸は痛み、心は寂しがっている。
不意に泣きそうになる。けれどそれを堪えて、無理やりに口元を持ち上げた。
そして、胸にわだかまる感情を埋葬し、まぶたを広げた。
「はは……。まったくもって、残念残念」
進んだ。
進んだ。
親友を、殺すために。
(それでいい)
必死な形相で向かう友をルシファーは見つめていた。穏やかな表情で、未来を託すに相応しい男を迎え入れた。
(すまないな、ミカエル)
この時、一瞬だけ、ルシファーは笑みを浮かべた。
その後、ルシファーの胸を剣先が貫いた。
「…………」
「…………」
互いに無言。ミカエルは下を向き、正面を向くルシファーの口元からは血が垂れだしている。
柄を握るミカエルの手は震えて、剣を刺されたルシファーは不動のまま立っていた。
互いにかける言葉もないまま二人はじっとしていた。
ミカエルは下を向いている。目の前の現実から目を逸らした。だけど分かっている。自分がなにをして、彼がどうなっているのか。
自分は、彼を刺したのだ。あんなにも憧れて、あんなにも信頼していたあの彼を。
いろいろあった。嫌なことも含めて。けれど、二人の最後はこんな形でした迎えられなかったのか。
思ってしまう。こんなあんまりな最後のために、今までを過ごしてきたのか。
駄目だと分かっていても、思ってしまうのだ。
こんなことのために、二人は笑い合ったというのか。
「うっ」
感極まり、ミカエルから涙声が漏れた。
「泣くな」
だが、そこへルシファーが言った。
「天羽を統べる者ならば、泣くな……。笑え。どんな時も……」
ミカエルはゆっくりと顔を上げた。そこには、口元から血を垂らしながら、それでも自分を見つめているルシファーがいた。
わずかな時間、数秒もないこの時、二人は間近で見つめ合った。
それからルシファーは瞳を閉じ、体が剣から離れていった。それは後退ではなく落下だった。体が下に向かいそれによって刀身が引き抜かれていく。
ゆっくりと。まるで水中に沈んでいくかのように、ミカエルにはこの瞬間が遅く見えた。
両手を小さく広げ、一二枚の羽を出したまま。
ルシファーが、落ちていく。地上へと。皆から愛された天上の光が。
落ちていくのだ、二人の願いのために。
ルシファーは、その生涯に幕を下ろした。
彼が落ちていく。その姿を見届けミカエルの胸が空虚な思いに満たされていく。
足元に広がる不毛な大地よりもなお乾いた苦しみがミカエルの喉元まで忍び寄る。
けれど。
「ふ、ふふ、ははは……」
ミカエルは、笑い出した。
「はっはっはっはっはっはっ!」
笑った、精一杯。大笑を空に響かせて、せり上がる感情を無視して笑った。
天羽長の笑い声に周囲の天羽たちも気づき、ミカエルに注目した。そして知る。怨敵ルシファーは地に落ちた。
勝った。戦いに勝利した。周囲は喜びに震え喝采は天にまで届かんほどだった。ここ一帯が勝利に酔い痴れている。
その中で、ミカエルは笑い続けていた。誰よりも。
誰よりも。
誰よりも。
その顔は、笑ってなどいなかった。
「はっはっはっはっ…………」
ミカエルは頭上を仰ぎ目を瞑った。
「これが、私たちの夢の終わりなのか、ルシファー?」
つぶやきに答える者はいない。風にかき消されるだけの独り言。自分にしか聞き取れない小言に名残を交えて、ミカエルはつぶやいていく。
「残念だよ、あまりにも……」
輝かしい思い出。それはもう戻ってこないことを知っている。だからこそ胸は痛み、心は寂しがっている。
不意に泣きそうになる。けれどそれを堪えて、無理やりに口元を持ち上げた。
そして、胸にわだかまる感情を埋葬し、まぶたを広げた。
「はは……。まったくもって、残念残念」
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