天下界の無信仰者(イレギュラー)
これほどの異常事態は天界の歴史上初だ
中央局の廊下に一人分の足音が鳴る。焦るわけではないが少々早い足取りで、足音の主であるサリエルは会議室への扉を開けた。
「遅くなった」
部屋にはすでにガブリエルとラファエルが着席している。長テーブルが縦に置かれ左側の奥にガブリエル、手前にラファエルが座っている。サリエルは右側の席に向かう。
「新入りは?」
「今回あいつには席を外してもらっている」
「みたいだな」
ガブリエルからの返事に応えつつ遅刻してきたサリエルは悪気を見せることなく着席した。
「ではこれより四大天羽緊急会議を行う。知っての通りだが、天羽長ルシフェルが裏切った。現在反乱軍による攻撃を受けている。それによる通信、地上への移動は不可。ここも襲撃を受けたが防衛に成功している。通信手段は飛脚を用いるのが現状だ」
ガブリエルの口から簡単に現状の説明がされる。これほどの事態に立たされていながら彼女の表情に焦りは見られない。反対にラファエルの顔色は深刻だ。
ガブリエルはサリエルに視線を向けると口調を尖らせた。
「サリエル、どういうことだ。ルシフェルの身柄は監査庁が預かっていたはずだが」
「どうも俺の中に裏切り者がいたらしくてね。そいつの手引きだ。ダンナの人気を甘く見てたわ」
「こんなことになるなんて……」
ラファエルがつぶやく。いつもの穏やかさは消え沈痛な面もちだ。
「で、どうするつもりだよ。天羽長代行さんよ?」
サリエルの顔がガブリエルに向く。責任など追及している場合ではない。どうするべきかを決めるべきだ。
天羽長による反逆。天界は大混乱だ。
ルシフェルが軟禁されている間指揮はガブリエルが取ってきた。形式上、ここで一番の責任者はガブリエルだ。
ガブリエルは瞳を閉じる。静かに思案し、鋭さを増した双眸は開かれた。
「これほどの異常事態は天界の歴史上初だ。我々では判断できん。天主イヤス様にお伺いを立てるのが適切だろう」
「私も賛成だわ」
「……だわな」
そもそもの天羽の長自体が敵に回ってしまったのだ、判断しようにもその責任者が不在。となればさらに上の存在、天主イヤスに判断を任せるのが一番だ。
三人は席を立ち部屋を出ていった。
謁見の間である最高位の島に三人は到着する。広げていた羽をしまい遺跡を見つめた。石造りのこじんまりとした遺跡だ。
普段ならば近寄ることさえない謁見の間を前にして感嘆の一言でも言うのだろうが誰も口を開かない。
表情を引き締め石畳の道を歩いていき階段を上っていく。両開きの扉は自動で開かれ三人を招き入れた。
「いくぞ」
先頭をガブリエル、後ろにラファエルとサリエルが続く。ここは神域、入る間際に緊張をより一層高め三人は入室していった。
天界と呼ばれる場所にあってなお特別、天上界に一番近い場所に三人はいる。次元を無限もまたぐほどの超高位次元。それだけで普通なはずがない。
まず、三人を襲ったのは違和感だ。部屋の広さが外見とは大きくことなる。広い。三十メートルくらいはあるだろうか。
空間が歪んでいるのか、空間である三次元よりも高位の場所なのだからこれくらいは当然なのだろう。なにより、この場所に天井はなかった。
あるのは、星々が輝く宇宙だった。頭上は宇宙だ。時折流れ星が走り大小の輝きが暗い闇の中で光っている。大自然が作り上げる最高級の芸術だ。
床や壁は石造りのまま。部屋の中央には磔に使う三メートルほどの丸太が奉られていた。両側には火が灯る台があり、まさしく聖火台としてこの場所を照らしている。
ここが謁見の間。中央にある丸太は実際にイヤスが処刑される時に用いられたものだ。イヤスは民のために処刑され、死したことで神になった。
そして頭上に広がる宇宙は天上界の断面。ここはいわば神の始まりの場所にして終点、その狭間にある場所だった。
ガブリエルたちは中央へと近づいていく。静まり返った厳かな場所に三人分の足音が響く。神が処せられた丸太を照らす聖火が小さく揺れる。
ガブリエルは丸太の目の前で足を止め片膝を床についた。頭を垂れ後ろの二人も後に続く。
「天主イヤス様、ガブリエルです。突然の訪問失礼致します」
声を張る。自分たちの父にして神との謁見、表情は引き締まり全身に緊張が走る。この時ばかりは四大天羽といえど畏敬の念を抱く。
天主がどのように応えるのか三人は知らない。姿を見せるのかどうなのか。
瞬間だった。頭上の宇宙に一際大きな光が現れた。恒星の誕生か? いいや、そんなものではない。頭上の宇宙全体を一瞬で覆い尽くすほどの光だ。
天井は闇から光に変わっていた。オーロラのように白い光が漂っている。
そして、声が現れた。
「構わんよ」
男の声。三十代ほどの、穏やかな声が頭上から下りてきた。その声には聞き覚えがある。誕生した時以来に聞くが間違いない。宇宙ですら覆えないほどの存在感と愛を持った声。
天主イヤスだ。
「遅くなった」
部屋にはすでにガブリエルとラファエルが着席している。長テーブルが縦に置かれ左側の奥にガブリエル、手前にラファエルが座っている。サリエルは右側の席に向かう。
「新入りは?」
「今回あいつには席を外してもらっている」
「みたいだな」
ガブリエルからの返事に応えつつ遅刻してきたサリエルは悪気を見せることなく着席した。
「ではこれより四大天羽緊急会議を行う。知っての通りだが、天羽長ルシフェルが裏切った。現在反乱軍による攻撃を受けている。それによる通信、地上への移動は不可。ここも襲撃を受けたが防衛に成功している。通信手段は飛脚を用いるのが現状だ」
ガブリエルの口から簡単に現状の説明がされる。これほどの事態に立たされていながら彼女の表情に焦りは見られない。反対にラファエルの顔色は深刻だ。
ガブリエルはサリエルに視線を向けると口調を尖らせた。
「サリエル、どういうことだ。ルシフェルの身柄は監査庁が預かっていたはずだが」
「どうも俺の中に裏切り者がいたらしくてね。そいつの手引きだ。ダンナの人気を甘く見てたわ」
「こんなことになるなんて……」
ラファエルがつぶやく。いつもの穏やかさは消え沈痛な面もちだ。
「で、どうするつもりだよ。天羽長代行さんよ?」
サリエルの顔がガブリエルに向く。責任など追及している場合ではない。どうするべきかを決めるべきだ。
天羽長による反逆。天界は大混乱だ。
ルシフェルが軟禁されている間指揮はガブリエルが取ってきた。形式上、ここで一番の責任者はガブリエルだ。
ガブリエルは瞳を閉じる。静かに思案し、鋭さを増した双眸は開かれた。
「これほどの異常事態は天界の歴史上初だ。我々では判断できん。天主イヤス様にお伺いを立てるのが適切だろう」
「私も賛成だわ」
「……だわな」
そもそもの天羽の長自体が敵に回ってしまったのだ、判断しようにもその責任者が不在。となればさらに上の存在、天主イヤスに判断を任せるのが一番だ。
三人は席を立ち部屋を出ていった。
謁見の間である最高位の島に三人は到着する。広げていた羽をしまい遺跡を見つめた。石造りのこじんまりとした遺跡だ。
普段ならば近寄ることさえない謁見の間を前にして感嘆の一言でも言うのだろうが誰も口を開かない。
表情を引き締め石畳の道を歩いていき階段を上っていく。両開きの扉は自動で開かれ三人を招き入れた。
「いくぞ」
先頭をガブリエル、後ろにラファエルとサリエルが続く。ここは神域、入る間際に緊張をより一層高め三人は入室していった。
天界と呼ばれる場所にあってなお特別、天上界に一番近い場所に三人はいる。次元を無限もまたぐほどの超高位次元。それだけで普通なはずがない。
まず、三人を襲ったのは違和感だ。部屋の広さが外見とは大きくことなる。広い。三十メートルくらいはあるだろうか。
空間が歪んでいるのか、空間である三次元よりも高位の場所なのだからこれくらいは当然なのだろう。なにより、この場所に天井はなかった。
あるのは、星々が輝く宇宙だった。頭上は宇宙だ。時折流れ星が走り大小の輝きが暗い闇の中で光っている。大自然が作り上げる最高級の芸術だ。
床や壁は石造りのまま。部屋の中央には磔に使う三メートルほどの丸太が奉られていた。両側には火が灯る台があり、まさしく聖火台としてこの場所を照らしている。
ここが謁見の間。中央にある丸太は実際にイヤスが処刑される時に用いられたものだ。イヤスは民のために処刑され、死したことで神になった。
そして頭上に広がる宇宙は天上界の断面。ここはいわば神の始まりの場所にして終点、その狭間にある場所だった。
ガブリエルたちは中央へと近づいていく。静まり返った厳かな場所に三人分の足音が響く。神が処せられた丸太を照らす聖火が小さく揺れる。
ガブリエルは丸太の目の前で足を止め片膝を床についた。頭を垂れ後ろの二人も後に続く。
「天主イヤス様、ガブリエルです。突然の訪問失礼致します」
声を張る。自分たちの父にして神との謁見、表情は引き締まり全身に緊張が走る。この時ばかりは四大天羽といえど畏敬の念を抱く。
天主がどのように応えるのか三人は知らない。姿を見せるのかどうなのか。
瞬間だった。頭上の宇宙に一際大きな光が現れた。恒星の誕生か? いいや、そんなものではない。頭上の宇宙全体を一瞬で覆い尽くすほどの光だ。
天井は闇から光に変わっていた。オーロラのように白い光が漂っている。
そして、声が現れた。
「構わんよ」
男の声。三十代ほどの、穏やかな声が頭上から下りてきた。その声には聞き覚えがある。誕生した時以来に聞くが間違いない。宇宙ですら覆えないほどの存在感と愛を持った声。
天主イヤスだ。
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