天下界の無信仰者(イレギュラー)
そんな! 天羽長はただ
きっとうまくいく。無理矢理でもいい。ミカエルは不安の手が伸びる度、信じて手を振り払った。
門を見つめる。不安に意思を乱されながらもその瞳はまだ諦めていない。
その時、扉がゆっくりと動き出した。そこからルシフェルが現れた。
「ルシフェル!」
階段を降りてくる。ミカエルはあわてて駆けだした。
ようやく終わった。長い時間を待った分だけ貯まった感情が弾ける。
「ルシフェル?」
ルシフェルの表情は険しいものだった。駆け寄るミカエルには興味を示さず無言のまま階段を降り終え石畳の道を歩いていく。ミカエルは彼に道を譲り横に並ぶ。
話はどうなったのか、一体なにがあったのか、知りたいという気持ちが言葉となって次々と出てくる。
「ルシフェル、それで話はどうでしたか? イヤス様はなんとーー」
「話にならん!」
ミカエルの問いには答えず、代わりに怒声が轟いた。
ルシフェルは道の端に立てられていた柱を拳で叩きつけた。石柱はへし折れ大きな音を立てて倒れる。
「…………」
ルシフェルが見せた行動にミカエルは目を丸くした。呆気に取られ言葉が出てこない。
こんな彼は、見たことがない。どれだけ苛立たしい事態を前にしても彼は冷静さと良識を以て対処してきた。こんな風に暴力を振るうことは一度たりともない。
そんな彼が、怒りを隠そうともしていない。ルシフェルは柱を叩きつけたままの姿勢で止まっており、ミカエルはそんな彼の背中を見つめている。
「ルシフェル……?」
そっと声をかける。背中越しからでも彼の荒々しい雰囲気は伝わってくる。それでも柱を破壊して多少は冷静さを取り戻したか、怒気が下がっていった。
「ミカエル、私は……」
ルシフェルから寂しげな声が聞こえてくる。彼がなにを思っているのか、天主イヤスとの会話の内容を知らないミカエルには分からない。
「なにがあったんですか?」
荒々しい雰囲気から一転、この場は静寂に包まれる。答えるのを躊躇うように沈黙が続き、しかし時間の流れに後押しされてルシフェルはミカエルへと振り向いた。
答えなければならない真実を答えるために。悲しそうな瞳がミカエルを見つめていた。
ルシフェルが口を動かす、その前だった。ここにいくつもの羽の音が聞こえてきた。二人は急いで島の入り口へと顔を向ける。
そこにいたのは監査庁の職員である天羽と、その長であるサリエルだった。
「サリエル」
「サリエルさん」
「ようダンナ、こんなところでなにしてるんです?」
翼はそのままでサリエルが前に出てくる。白い包帯に覆われた目で辺りを見渡していた。
「謁見の間、か。どんな場所かと思ってみれば意外と普通なもんなんだな。天主イヤスと唯一対面できる場っていうからさ、どれだけまか不思議空間なんだと予想していたが。それともその遺跡の中がそうなのか?」
普段通りの気さくな口調で言いながらサリエルも石畳の上を歩いてくる。
その足が二人と距離を隔てたところで立ち止まった。それは警戒の証だろうか。この距離が現在の関係を表しているようだ。
「本題に入ろうかダンナ。先日あんたが取った行動がちと問題でな、反逆行為に当たる可能性がある。話を聞かせてもらおうか」
包帯越しでも彼の眼光を感じる。親しい雰囲気に混じって刃のような敵意があった。
彼はここに世間話に来たわけではない。その目的は、ルシフェルの摘発だった。
サリエルの主張に即座にミカエルが前に出る。
「そんな!? 彼は全天羽の長。彼を拘束するつもりですか!?」
「分かってるだろ新入り。俺は天羽を監視するのが仕事だ。その役目を行使する時に限り権限は天羽長を越える」
「しかし!」
言いつけられる事実に反論したいのに続きが出てこない。口惜しいが、正論なのはサリエルだ。
「ダンナ、最近のあんたには不審な行動が目立つ。今は大事な時期だ、不和は避けねばならねえ。時期尚早だったな。天羽長であるあんたが天主イヤスへの直談判なんて知れ渡ったら下々は混乱しちまうだろ」
天羽と人類の戦争。今はサリエルの言ったとおり大事な時期だ。そんな時にトップがまとまりを見せなければ戦士たちにも波及する。志気も下がるし混乱しかねない。
そうした事態を回避するためにサリエルは先手を打ったのだ。
「先に言っておくとこれは逮捕じゃない、一時的に指揮から降りてもらうだけさ。理由はガブリエルがいいように作ってくれるだろう。気休めだが、監査庁の一番いい部屋を空けてある。そこで少しの間頭冷やしてください」
「そんな! 天羽長はただ」
「分かった」
「ルシフェル!?」
ミカエルは隣に振り向いた。ルシフェルはサリエルをまっすぐ見つめていた目をミカエルに向る。
「ここで抵抗したところで仕方があるまい」
険しい表情のまま。本人が一番心外であるはずなのに。彼は争いを避け素直に身柄を引き渡した。
「サリエル、連れていけ」
「助かるぜダンナ」
ルシフェルはサリエルたちと歩いていく。サリエルは隣に立ち他の職員は彼を囲うように歩き出した。ルシフェルは翼を出し次々に島を降りていく。
「ルシフェル……」
ルシフェルはサリエルに連行される形でここから退場していった。自分の夢を、理想のためにここに来た。そのための行動だったのに。
ミカエルは再びこの場に取り残される。これからどうすればいいのか、途方に暮れたミカエルは青空を仰いだ。
空は、どこまでも広がっていた。
門を見つめる。不安に意思を乱されながらもその瞳はまだ諦めていない。
その時、扉がゆっくりと動き出した。そこからルシフェルが現れた。
「ルシフェル!」
階段を降りてくる。ミカエルはあわてて駆けだした。
ようやく終わった。長い時間を待った分だけ貯まった感情が弾ける。
「ルシフェル?」
ルシフェルの表情は険しいものだった。駆け寄るミカエルには興味を示さず無言のまま階段を降り終え石畳の道を歩いていく。ミカエルは彼に道を譲り横に並ぶ。
話はどうなったのか、一体なにがあったのか、知りたいという気持ちが言葉となって次々と出てくる。
「ルシフェル、それで話はどうでしたか? イヤス様はなんとーー」
「話にならん!」
ミカエルの問いには答えず、代わりに怒声が轟いた。
ルシフェルは道の端に立てられていた柱を拳で叩きつけた。石柱はへし折れ大きな音を立てて倒れる。
「…………」
ルシフェルが見せた行動にミカエルは目を丸くした。呆気に取られ言葉が出てこない。
こんな彼は、見たことがない。どれだけ苛立たしい事態を前にしても彼は冷静さと良識を以て対処してきた。こんな風に暴力を振るうことは一度たりともない。
そんな彼が、怒りを隠そうともしていない。ルシフェルは柱を叩きつけたままの姿勢で止まっており、ミカエルはそんな彼の背中を見つめている。
「ルシフェル……?」
そっと声をかける。背中越しからでも彼の荒々しい雰囲気は伝わってくる。それでも柱を破壊して多少は冷静さを取り戻したか、怒気が下がっていった。
「ミカエル、私は……」
ルシフェルから寂しげな声が聞こえてくる。彼がなにを思っているのか、天主イヤスとの会話の内容を知らないミカエルには分からない。
「なにがあったんですか?」
荒々しい雰囲気から一転、この場は静寂に包まれる。答えるのを躊躇うように沈黙が続き、しかし時間の流れに後押しされてルシフェルはミカエルへと振り向いた。
答えなければならない真実を答えるために。悲しそうな瞳がミカエルを見つめていた。
ルシフェルが口を動かす、その前だった。ここにいくつもの羽の音が聞こえてきた。二人は急いで島の入り口へと顔を向ける。
そこにいたのは監査庁の職員である天羽と、その長であるサリエルだった。
「サリエル」
「サリエルさん」
「ようダンナ、こんなところでなにしてるんです?」
翼はそのままでサリエルが前に出てくる。白い包帯に覆われた目で辺りを見渡していた。
「謁見の間、か。どんな場所かと思ってみれば意外と普通なもんなんだな。天主イヤスと唯一対面できる場っていうからさ、どれだけまか不思議空間なんだと予想していたが。それともその遺跡の中がそうなのか?」
普段通りの気さくな口調で言いながらサリエルも石畳の上を歩いてくる。
その足が二人と距離を隔てたところで立ち止まった。それは警戒の証だろうか。この距離が現在の関係を表しているようだ。
「本題に入ろうかダンナ。先日あんたが取った行動がちと問題でな、反逆行為に当たる可能性がある。話を聞かせてもらおうか」
包帯越しでも彼の眼光を感じる。親しい雰囲気に混じって刃のような敵意があった。
彼はここに世間話に来たわけではない。その目的は、ルシフェルの摘発だった。
サリエルの主張に即座にミカエルが前に出る。
「そんな!? 彼は全天羽の長。彼を拘束するつもりですか!?」
「分かってるだろ新入り。俺は天羽を監視するのが仕事だ。その役目を行使する時に限り権限は天羽長を越える」
「しかし!」
言いつけられる事実に反論したいのに続きが出てこない。口惜しいが、正論なのはサリエルだ。
「ダンナ、最近のあんたには不審な行動が目立つ。今は大事な時期だ、不和は避けねばならねえ。時期尚早だったな。天羽長であるあんたが天主イヤスへの直談判なんて知れ渡ったら下々は混乱しちまうだろ」
天羽と人類の戦争。今はサリエルの言ったとおり大事な時期だ。そんな時にトップがまとまりを見せなければ戦士たちにも波及する。志気も下がるし混乱しかねない。
そうした事態を回避するためにサリエルは先手を打ったのだ。
「先に言っておくとこれは逮捕じゃない、一時的に指揮から降りてもらうだけさ。理由はガブリエルがいいように作ってくれるだろう。気休めだが、監査庁の一番いい部屋を空けてある。そこで少しの間頭冷やしてください」
「そんな! 天羽長はただ」
「分かった」
「ルシフェル!?」
ミカエルは隣に振り向いた。ルシフェルはサリエルをまっすぐ見つめていた目をミカエルに向る。
「ここで抵抗したところで仕方があるまい」
険しい表情のまま。本人が一番心外であるはずなのに。彼は争いを避け素直に身柄を引き渡した。
「サリエル、連れていけ」
「助かるぜダンナ」
ルシフェルはサリエルたちと歩いていく。サリエルは隣に立ち他の職員は彼を囲うように歩き出した。ルシフェルは翼を出し次々に島を降りていく。
「ルシフェル……」
ルシフェルはサリエルに連行される形でここから退場していった。自分の夢を、理想のためにここに来た。そのための行動だったのに。
ミカエルは再びこの場に取り残される。これからどうすればいいのか、途方に暮れたミカエルは青空を仰いだ。
空は、どこまでも広がっていた。
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