天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

が、その涙が止まった。

 その後顔を持ち上げる。

「みなの意見は聞かせてもらった。その上で、天羽長として今後の方針を伝える」

 天羽長が下す最終的な決断に皆が彼を見つめた。

 みなからの視線を受け止め、ルシフェルも表情を引き締める。一つの大きな決断をするのだ、悲観も落胆もしていられない。するべきは今後のために今なにができるのかということ。

 そのために、ルシフェルは選択した。

「今回の件は、ジュルーム国に任せよう。ただし、今後このようなことがないよう警告するとともに法の整備を急務とする。以上だ」

 半ば決まり切っていた内容に三人は静かに納得していった。

 方針が決定しガブリエルが口を開く。

「でしたら、すぐに演説の用意をした方がよろしいでしょう」

「そうだな」

 今回の件は全天羽が注目している。浮き足だってなにかするものだって出てくるかもしれない。そうした事態を未然に防ぐためにもすぐにでも知らせるべきだ。

 話はまとまり、会議は終了となった。



 演説の用意が調ったのは午後を回ってからだった。中央司令局にある広場を会場として道具を揃え、天界中に報道を行えるようにした。

 演説が始まる前、ルシフェルはミカエルとともに遠見の池へと来ていた。地上の様子を確認するためだ。

 この事態に人間たちも困惑しているに違いない。混乱が起こり二次災害が起こっていないか、それが心配だった。

 洞窟の道を進んでいき遠見の池へと到着する。しかし、そこにはすでに先客がいた。

 ウリエルだ。何度かともに遠見の池で地上を見てきた彼女だが、その様子はどれとも違った。

 池にはなにも映っていない。彼女は池の前で膝を付き、泣いていたのだ。

「う、う……う……!」

 彼女のすすり泣く声が洞窟に木霊する。悲しい、なんとも痛切な雰囲気だった。

 ルシフェルは足を止め彼女を見つめる。彼女はこちらに気づいていない。そんな彼女になんと声をかければいいのか。彼女はただ悲しみに暮れ涙を流すばかりだ。

 ルシフェルは立ち止まっていると、背後に控えていたミカエルからそっと耳打ちされた。

「殺害された天羽ですが、彼女と親しい仲だったようです」

「ウリエルと?」

「はい」

 言われ再び彼女を見た。そうか。友人だったのか。

 それでハッとする。そういえば以前、友人を作った方がいいと言ったことがある。もしかしたらそれをきっかけにできた友人だったのかもしれない。

 どちらも人間を愛する者同士、気が合ったのかも。見たところウリエルには友人が少ない。その数少ない友人が愛していた人間に殺されたのだ。

 彼女の心痛は計り知れない。

 ルシフェルはウリエルに近づいた。片膝を付き、彼女と位置を合わせる。

「ウリエル。……すまない。なんと言葉をかければいいか」

 彼女は俯いている。両手で顔を覆い、近づいてきたルシフェルに顔を上げることもしない。

 彼女はそのまま声をかけてきた。

「……天羽長。教えてください。なぜ? どうして彼女が殺されなければならなかったのですか……? なぜ? どうして?」

 言葉の合間にも彼女の嗚咽が聞こえてくる。途切れなく流れる涙をなんとか堪え、ウリエルは聞いてきた。

 なぜ心優しく、人を愛していた彼女が殺されなければならなかったのか。直に彼女を知っているウリエルからすればよほどその思いは強い。数少ない友人となればなおさらだ。

「彼女はなにも悪くない。悪いのは殺害した者だ」

 その問いにルシフェルも真剣に答えていく。彼女の涙を前にして顔は険しい。

「しかも、ジュルーム国は容疑者の引き渡しを今も拒んでいる。事件の全容は明かされず、犯人も依然罰せられていない状況だ」

 まったく許せない事態だ。馬鹿にしているとしか思えない。ルシフェルの言葉にウリエルは堪えきれず声涙を上げた。

「それは認知している。しかし、私はこれからする演説で、今回の一件を、ジュルーム国に任せることを発表するつもりだ」

「!?」

 が、その涙が止まった。

 ウリエルは勢いよくルシフェルに顔を向けた。信じられないといった瞳で。あれほど流れていた涙が止まるほど彼の言ったことは衝撃的だった。

「どうして?」

 彼女は殺された。無抵抗のまま殺されたのだ。それほどのことをした男が、今後ものうのうと生きていくというのか。

 それを、許せというのか。

「では、なぜ彼女は殺されたのですか? 彼女の死は?」

「彼女の死を無駄にはしない。今後このようなことがないよう、ジュルーム国を含めすべての国と交渉をしていく」

 ルシフェルはそう言うがウリエルは納得していない。彼女から向けられる視線にルシフェルは顔を逸らした。

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