天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

私だって、本当は……!

 自身が作り出した破壊力に大きく飛ばされる。空中を十数キロ飛んでいるが勢いはまったく止まらない。

 そのまま落下していき、たどり着いた場所はゴルゴダ美術館前広場。最初の場所に戻ってきた。

 神愛も上空から着地する。ウリエルが墜落した場所は陥没し煙が上がっていた。スタっと地面に足を乗せ煙の先を見つめている。

「ぐ、うう……」

 煙の中に影が見える。煙は晴れ、ウリエルは苦しそうな表情で立っていた。剣先は下を向き反対の手を肘に当てている。

 これまでの戦闘で負ってきたダメージは大きい。ここは畳み掛け決着を付ける。神愛はすぐに走った。助走をつけ勝利に向かい突き進む。

 黄金を纏う拳がさらに輝く。

 神愛の勢いは止まらない。二人で交わした約束を叶えるまで。

 しかし、

 ついに、

 現した。

無価値な炎ファイラ・オブ・ノーライフ!」

 目の前に噴出する青白い猛炎に神愛の足が止まった。直感で感じ取る、これはまずいと脳が警報を鳴らした。神愛はすぐに後退する。

「なんだ?」

 見たこともない炎に眉間にシワが寄る。分からないが全身があれを拒絶している。

 青白い炎は神愛とウリエルを隔てるように出現していた。その炎は他の炎をすら燃やし尽くし、触れた地面すら抉られたようになくなっていた。

 まるでゼリーをスプーンですくったようにそこだけ地面がなくなっている。あり得ない。どれだけ高温であろうともこうはならない。

 それで理屈は理解できないが意味は理解した。

 あれは、触れたものを即座に消滅させるものなのだと。

「なんだよ恵瑠、ずいぶんと危険なものを隠してたじゃないか。必殺技はピンチになってからしか使わないのか?」

「これは、使いたくなかった……」

 神愛の軽口にウリエルは疲労の溜まった声で応える。姿勢も前屈みになっている。八枚の美しい羽も疲れたように下がっていた。

「これは、手加減ができない。触れたものをすべて消してしまう」

「だと思ったよ。文字通りの必殺技か」

 厄介なことこの上ない。攻撃面でも防衛面にしても触れてはならないという無価値な炎は。迂闊に近寄ることが出来ないのはもちろんのこと、離れたところで狙い撃ちにされる。ジリ貧だ。

 ウリエルは姿勢を正した。下がっていた羽も持ち上がる。表情は痛みに引き攣っていたがその眼差しには炎が宿っていた。

「私は負けない! 絶対に!」

 ウリエルは歩き出した。割れた地面を踏みつける。

 青い炎が彼女の周りを覆っていく。腰まで伸びる高さで燃え盛り段々と勢いを増していった。まるでウリエルの戦意と呼応するかのように、その高さを上げていく。

 ウリエルは壊れた地面から離れた位置で立ち止まった。

「神愛……」

 つぶやかれた名前はなにを意味していたのか。真剣な響きで吐かれた声にはしかし悲しげな色があった。

「私だって、本当は……!」

 彼女の唇が震えた。無価値な炎ファイア・オブ・ノーライフを出した以上決着の時は近い。一撃で勝負が決まりかねない。

 終わりの予兆を前にしてこれが最後のやり取りになると悟ったか、ウリエルの本音がこぼれた。

「私だって……!」

 それは戦意の隙間から、決壊した洪水のように現れた。

「君と一緒にいたいよ!」

 言った。飾らない思いを。何度も口にした言葉を、最後の最後で今一度言う。

 まるで泣きそうな目で。泣きそうな声で。

「ずっと、ずっと。君と一緒に! これからも!」

 片手を胸に当て、必死な表情を神愛に向ける。そこに伝説とまで謳われた天羽の恐怖はない。少女と変わらない純粋な瞳だった。

 その目が下がる。変えられない現実に屈するように。

 変えられないのだ。今も曇天の下、ゴルゴダでは人類と天羽が争っている。この戦いを止めることも、ミカエルの野望を止めることも不可能だ。

 天羽は無限。目的を果たすまで終わらない永遠の戦奴。無限を前に、戦況を変えることは出来ない。

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