天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

俺が前に立ってやる。ん?

「気にすんな。お前は正しいことをしたんだ。胸を張ればいい。だろ?」

 元気つけようと思い付いたことを言ってみる。恵瑠は頷いてくれたが、それでも悲しそうなままだった。

「うん。でも、分からなくなる時があるんですよね。本当にこれでいいのかな? って。不安になるんです。正しいことをしても、それで問題が起こっちゃうかもしれないし。今だって喧嘩になりかけましたし」

 恵瑠はカマキリを見つめたままそう言った。

 恵瑠がしたことは間違ってない。悪いことをしたのはあいつらの方だ。

 でも、それを注意したらすべて丸く収まるわけじゃない。新しい問題が起きて、誰かが傷つくかもしれない。

 今回の場合じゃ俺だったかもしれないし、もしかしたら自分だったかもしれない。

 そのことに恵瑠は迷っていたというか、落ち込んでいた。

 難しいよな。

 間違ってるって分かってるんだけど、正しいことをしたらもっと被害が出る。

 そういう状況っていうのはよくある。被害覚悟で実行するか、これ以上の被害を出さないために放置するか。

 こういう場合って、たいてい後者になっちまうんだよな。だからいじめっていうのはなくならないんだと思う。

「正しいことをするって、けっこう難しいことだと思うぜ。世の中間違ったやつばかりだからさ。それを正そうとするお前を敵視してくる奴だってそりゃいるさ」

「…………」

 俺は明るく言うが恵瑠からは暗い空気が漂う。現実と理想の摩擦、か。単純じゃないのは俺にも分かる。

「でもな、正しい行いをすることを躊躇ったら、お前まで間違ったやつらになっちまうぞ。そんなの嫌だろ?」

「嫌です!」

 恵瑠は俺を見上げていきおいよく答えてくれた。それで俺も「うん」と頷いてやった。

「だから迷うことなんてないさ。お前はそのままでいい。不安なんて吹き飛ばせ。安心しろ。お前が正しいことして、それで今みたいにトラブったらさ」

 俺は恵瑠の前でしゃがみ、彼女を見上げた。辛そうな顔をしている恵瑠に向かって、俺は言ってやったんだ。

「俺が前に立ってやる。ん?」

 気さくに、そう言ってやったんだ。

 恵瑠は少しだけ驚いたような顔をしたけれど、最後には笑ってくれた。

「…………うん!」

 俺は立ち上がる。恵瑠はすでにいつもの調子に戻っていて元気だった。

 やっぱりこいつはこうじゃないとな。恵瑠が元気じゃないとこっちまで調子が狂う。

「それじゃあこの子のお墓を作りましょう! 神愛君も手伝って手伝って」

「おい、俺もやるのか?」

「当然ですよ! 当たり前じゃないですか! ほら、行きますよ~」

 恵瑠は花壇に向かって走り出してしまった。元気になってくれたのは嬉しいが、さっきまで落ち込んでたのに切り替えはえーよ。

 やれやれ。でもまあ、いっか。

「ったく。分かった分かった、付き合うよ。俺のやきそばパン、ひと口くらい供えてやるか」

 パンを片手に、俺は恵瑠をおいかけ歩き出した。

 昼休憩時に起こった、何気ない日常のひと場面。

 その日は、よく晴れた日だった。

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