天下界の無信仰者(イレギュラー)
ほんとうに、良いやつなんだよ
これは今よりも幾日か前の出来事。
*
学校での昼休憩。俺は売店でパンを買った帰りで渡り廊下を歩いていた。
パンをポンポンと浮かしてはキャッチしているとふと視界の端に恵瑠の姿が見えた。
晴れた天気で、校舎の脇にある花壇の前でしゃがみ込んでいる。
後ろ姿なのでなにをしているのかよく分からないが花でも観察してるんだろうか。
「なんだろ」
俺は渡り廊下を出て恵瑠に近づいていった。
「どうした恵瑠、二次元の扉でも見つけたか?」
背中へ声をかける。しかし返事がない。いつもなら「うお!」とか言って振り返るのに。
「恵瑠?」
いつもと様子が違う。気になって背後から覗いてみた。
恵瑠が見ている先。そこには二本の待ち針で刺されたカマキリが苦しそうに動いていた。
きっと家庭科の授業で使った物だろう。誰かがそれを遊び半分で、たまたま見かけたカマキリに突き刺したらしい。
「恵瑠、それ……」
「うん、かわいそうですよね……」
恵瑠は振り返ることなくじっとカマキリを見つめていた。声は寂しそうで、俺にはなんて言葉をかければいいのか分からなかった。
恵瑠は優しい。こんな分かり易い暴力を見たら心を痛めるのは当たり前だった。
「どうして、ですかね」
恵瑠が悲しそうな声でつぶやく。俺には恵瑠の後ろ姿しか分からない。でも、こいつの気持ちは伝わってくる。
「なんで、こんなこと」
今にも泣きそうな雰囲気だった。まいったな、まさかこんな場面だったとは。こっちはメシを食べるつもりだったのに。
えらい辛気臭いところに来ちまった。
「簡単だろ。たのしいからだよ。誰が悲しくてこんなことするか」
「うん、そうですよね」
改めて恵瑠を見るが、いつまでそうしているのか離れる気配はなかった。
「なあなあ、たしかこの辺だろ? お前が刺したカマキリ」
「そうそう、まだ生きてっかな?」
声が聞こえてきた。振り返るとちょうど渡り廊下に出てきた男子二人組が楽しそうに談笑していた。
俺が振り返ると同時だった。恵瑠は立ち上がると彼ら二人に駆け寄ったのだ。
「おい恵瑠!」
あのバカ、走りやがって。それにあいつら腕章赤じゃねえか。
恵瑠は二人組の前に立ち両手を突き出した。見れば、すでにカマキリは動いていなかった。
「どうしてこんなひどいことするんですか!?」
「はあ? なにお前?」
恵瑠の抗議に二人は不快そうな顔で見下ろしていた。それでも恵瑠は真剣な顔で見上げている。
「この子がなにかしたんですか?」
「うるせーな、別にいいだろ。そもそも弱いからそういう目に遭うんだよ」
「そうそう」
「でも!」
相手は琢磨追求だ。そういう信仰なんだしそういう考えになるんだろう。だからってこんなことしていいとは俺も思わないけど。
それは恵瑠も同じだ。男二人を懸命に見上げ、必死に声を出している。
「こんなの、ひど過ぎますよ!」
そう言う恵瑠は、珍しく怒っていたんだと思う。
いつもはおちゃらけて明るいやつだけど、誰かのために悲しんで、誰かのために悲しむ、そんなやつなんだ。
ほんとうに、良いやつなんだよ。
「うるせえ! 力ずくで黙らせるぞ?」
「ほー、やってみろよ」
俺は恵瑠の背後から近づいた。それで相手も俺を見る。
琢磨追求のわりには体格は普通で、格闘漫画読んだだけで満足するようなチャラついたやつらだった。
「弱いからそんな目に遭う? お前が口にしたんだ、文句ねえだろ?」
「黄色のダイヤ!? こいつイレギュラーかよ!?」
「逃げろ!」
「おい! アイサツもなしかオラ!」
一目散に逃げ出す二人に怒声を浴びせ渡り廊下の壁を蹴る。二人はすぐに校舎に入り消えてしまった。
「ったく」
強くもねえのに粋がってるのはどっちだよ。
「神愛君……」
まだむしゃくしゃする俺を恵瑠が見上げてくる。その後俯いてしまった。
カマキリの死骸を大事そうに両手に乗せ、表情はしょんぼりとしていた。
それをなんとかしたくて、こいつの頭をポンポンと二回叩いてやる。
*
学校での昼休憩。俺は売店でパンを買った帰りで渡り廊下を歩いていた。
パンをポンポンと浮かしてはキャッチしているとふと視界の端に恵瑠の姿が見えた。
晴れた天気で、校舎の脇にある花壇の前でしゃがみ込んでいる。
後ろ姿なのでなにをしているのかよく分からないが花でも観察してるんだろうか。
「なんだろ」
俺は渡り廊下を出て恵瑠に近づいていった。
「どうした恵瑠、二次元の扉でも見つけたか?」
背中へ声をかける。しかし返事がない。いつもなら「うお!」とか言って振り返るのに。
「恵瑠?」
いつもと様子が違う。気になって背後から覗いてみた。
恵瑠が見ている先。そこには二本の待ち針で刺されたカマキリが苦しそうに動いていた。
きっと家庭科の授業で使った物だろう。誰かがそれを遊び半分で、たまたま見かけたカマキリに突き刺したらしい。
「恵瑠、それ……」
「うん、かわいそうですよね……」
恵瑠は振り返ることなくじっとカマキリを見つめていた。声は寂しそうで、俺にはなんて言葉をかければいいのか分からなかった。
恵瑠は優しい。こんな分かり易い暴力を見たら心を痛めるのは当たり前だった。
「どうして、ですかね」
恵瑠が悲しそうな声でつぶやく。俺には恵瑠の後ろ姿しか分からない。でも、こいつの気持ちは伝わってくる。
「なんで、こんなこと」
今にも泣きそうな雰囲気だった。まいったな、まさかこんな場面だったとは。こっちはメシを食べるつもりだったのに。
えらい辛気臭いところに来ちまった。
「簡単だろ。たのしいからだよ。誰が悲しくてこんなことするか」
「うん、そうですよね」
改めて恵瑠を見るが、いつまでそうしているのか離れる気配はなかった。
「なあなあ、たしかこの辺だろ? お前が刺したカマキリ」
「そうそう、まだ生きてっかな?」
声が聞こえてきた。振り返るとちょうど渡り廊下に出てきた男子二人組が楽しそうに談笑していた。
俺が振り返ると同時だった。恵瑠は立ち上がると彼ら二人に駆け寄ったのだ。
「おい恵瑠!」
あのバカ、走りやがって。それにあいつら腕章赤じゃねえか。
恵瑠は二人組の前に立ち両手を突き出した。見れば、すでにカマキリは動いていなかった。
「どうしてこんなひどいことするんですか!?」
「はあ? なにお前?」
恵瑠の抗議に二人は不快そうな顔で見下ろしていた。それでも恵瑠は真剣な顔で見上げている。
「この子がなにかしたんですか?」
「うるせーな、別にいいだろ。そもそも弱いからそういう目に遭うんだよ」
「そうそう」
「でも!」
相手は琢磨追求だ。そういう信仰なんだしそういう考えになるんだろう。だからってこんなことしていいとは俺も思わないけど。
それは恵瑠も同じだ。男二人を懸命に見上げ、必死に声を出している。
「こんなの、ひど過ぎますよ!」
そう言う恵瑠は、珍しく怒っていたんだと思う。
いつもはおちゃらけて明るいやつだけど、誰かのために悲しんで、誰かのために悲しむ、そんなやつなんだ。
ほんとうに、良いやつなんだよ。
「うるせえ! 力ずくで黙らせるぞ?」
「ほー、やってみろよ」
俺は恵瑠の背後から近づいた。それで相手も俺を見る。
琢磨追求のわりには体格は普通で、格闘漫画読んだだけで満足するようなチャラついたやつらだった。
「弱いからそんな目に遭う? お前が口にしたんだ、文句ねえだろ?」
「黄色のダイヤ!? こいつイレギュラーかよ!?」
「逃げろ!」
「おい! アイサツもなしかオラ!」
一目散に逃げ出す二人に怒声を浴びせ渡り廊下の壁を蹴る。二人はすぐに校舎に入り消えてしまった。
「ったく」
強くもねえのに粋がってるのはどっちだよ。
「神愛君……」
まだむしゃくしゃする俺を恵瑠が見上げてくる。その後俯いてしまった。
カマキリの死骸を大事そうに両手に乗せ、表情はしょんぼりとしていた。
それをなんとかしたくて、こいつの頭をポンポンと二回叩いてやる。
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