天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

彼女の全力が、世界となってサリエルを襲う

「始まったな」

 それを察知したガブリエルが小さく呟いた。ウリエル同様結界の支点守護に当たっている彼女は街並みの中一人立っていた。

 その視線が横を向く。建物の先で起こっている出来事を見つめるように。

『どちらが勝つと思う?』

 彼女の耳にささやくように声が入ってきた。声はラファエルのものだ。

 超越者オラクルの空間転移を応用すれば自分の声を相手に転送することもできる。

「さて、私はどちらでも構わんが。しかし」

 同僚からの問いかけに小さく肩を竦ませた後、ガブリエルは表情を醒めたものへと変えていた。

「厳しいだろうが、せいぜい奮闘するがいい」

 それは誰に宛てた言葉だったのだろうか。つぶやきは、しかし当事者には伝わらない。

 それでもささやかに祈るように。ガブリエルは天を見上げた。

「二千年ぶりだ、せいぜい悔いのないようにな」

 ウリエルとサリエルの出会いを知っている、そんな彼女だからこそ。

 その声は激闘の予感に反して、穏やかなものだった。



 二人の因縁の戦い。それは激突必至の戦闘だ。サリエルの執念は常軌を逸している。並大抵の意志ではない。

 そんな男が挑む相手はウリエルだ。伝説と化した天羽との戦いとなれば本気にならざるを得ないし、ウリエルも仲間を殺めたサリエルに手心なんて加えない。

 無慈悲なる正義の炎が仲間殺しの罪業を焼き滅ぼすだろう。

 ゆえに、この戦いは激戦。もともとサリエルの特質上長期戦はあり得ない。全力の戦意がぶつかり合うのだから当然だ。

 二人の戦いがどのような展開を見せるのかは誰にも予想がつかない。

 だとしても、そう、だとしてもだ。いったい、どこの誰がこのような戦いを予想できただろうか? 戦いは始まってまだ一分も経っていない。

 にも関わらず。

 戦いは、サリエルの防戦へと追い詰められていた。

「ぐっ! ガッ? ああああ!」

 上がるのはサリエルの叫び声。全身を襲う痛みに絶叫を上げていた。

 ウリエルは、直径二メートルはあろうかという火柱を次々と起こしていたのだ。

「はあああ!」

 翼を広げ宙に浮かぶ彼女が烈火の声を叫ぶ。それに連動してサリエルを狙い撃つ火柱の発生。それをみすみす受けるサリエルではない。

 空間を自在に飛行し時には空間を転移して回避する。

 が、意図してなのか偶然の産物なのか。火柱の乱立、それによって起こるのは空間レベルでの燃焼だった。周囲の温度が、急激に上昇している!

 地上から噴火の如き勢いで聳える火柱。町に無秩序に立つその数は三六を超えていた。

 暗黒の空とマグマのような地上は星の原始を連想させる。まだ生まれたての星のよう。絶え間ない噴火と豪雨を繰り返す原初の時だ。

 だが、それは同時に無、生命が生まれる前を意味する。このような環境で命が生まれるはずもなく、また、許すはずもない。

 周囲の温度は、数千度を超えていた。

「グゥウウ!」

 それが最もサリエルを苦しませていた。攻撃を躱しても躱せるものではない。火柱の直撃は未だゼロだがこれだけは防げない。

 彼の死の視線イービル・アイもこと範囲と厄介さならば指折りだがこれには及ばない。

 視界を上回る、これはまさしく空間攻撃だ。空間そのものが攻撃、ゆえに死角など存在しない。

 激しい熱によりさらなる異変が発生する。この場にいくつもの竜巻が発生していたのだ。

 火災旋風。激しい火災現場で見られる現象。熱は上昇気流を起こす。それは竜巻になり周囲の炎を巻き上げ猛り狂う。

 いくつもの炎の竜巻が、まるで生き物のように揺らめいていた。

 灼熱の世界。あらゆるものすべて灰に帰す非情な正義。

 その世界で八枚の羽を出し、優雅に浮遊するのはここの主ただ一人。

 天羽軍四大天羽ウリエル。彼女の全力が、世界となってサリエルを襲う。

 膨大な熱にその身を焦がされながらサリエルは突撃していた。宙に浮かぶウリエル目掛けサリエルも翼を広げる。

 黒の大鎌を両手に携えて、妨害してくる火柱を掻い潜る。戦いは明らかに劣勢だ、戦場すらいつの間に相手のホームになっている。

 いや、ウリエルにしてみればどこだろうがすべてを燃やしてホームにするのだろう。

 そんな困難を踏破して、ようやくたどり着くものの、

「フン」

 ウリエルは彼の背後へと転移した。

 みすみす相手の攻撃を受けぬのはウリエルも同じ。サリエルが見れば炎で隠し近づけば背後に回る。

 戦いが始まってから、死の視線イービル・アイの視認累積時間は三秒も経っていなかった。

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