天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

手に入れるのではない。 取り戻すのだ。 奪われた栄光を、己の誇りを、今度こそ。

 四大天羽の二体を前にして、けれどサリエルに畏まる素振りはない。もとよりそんな態度を示す男でもないが、上司と呼べる立場である二体と『対等のように話す』。

 そして二体もそれを咎めない。むしろ目の前の男が殊勝に話しかけてきても不気味なだけだだろう。

 それでサリエルはふてぶてしく接するが、さきに応えたのはガブリエルの方だった。

「文句などないさ」

 返ってきたのは肯定だ。彼女のことだ、こうなることは分かっていたのだろう。そこに迷いはなく彼を支持していた。

「ラグエルは気の毒だったが、結果としてお前の行動は天界の門ヘブンズ・ゲートの解放に繋がった。引いては神の愛に応えるものだ。健闘ご苦労、天主もさぞやお喜びのことだろう。そして、お前の願いも理解できる。我ら天羽の悲願成就の前に、お前の願いを達成するんだな、サリエル」

 ガブリエルらしい声援にサリエルは飄然とした小さな笑みを鳴らし、次にラファエルを見る。

「ありがとよガブリエル、そうさせてもらうわ。で、お前はどうなんだラファエル」

「私に聞く必要あるのかしら?」

 ガブリエルが毅然としているのとは反対に彼女の表情には陰が差し声は暗い。乗り気でないのは明らかだ。

 しかしそれで退くほどサリエルは繊細ではない。

「とりあえず話を通しておくのが筋だろう?」

 それに観念したかのようにラファエルは目線を下げた。

「そうね、私も構わないわ。私情を挟まなければあなたが正しい。『堕天羽が未だに四大天羽というのは不自然』だわ」

 ラファエルもサリエルの願いは知っている。彼女からしてみればよく二千年経っても枯れないなと感嘆する。

 よくも飽きもせず今まで保ったものだ。

 けれど同時に嘆息するのは、彼の仲間意識が自分とは大きくかけ離れていることだ。

「分かってるじゃねえかラファエルちゃんよぉ」

「それ止めて」

 だから乗り気ではない。今もサリエルからの言葉に顔を逸らした。

 だが、何度も言うがそれを気にするほどサリエルも繊細ではない。

 改めて二体に向かってサリエルは確認した。

「じゃ、二人とも文句なしってわけだな」

 対してガブリエルは毅然に答え、

「ああ、お前の本懐を遂げろ」

 対してラファエルは憮然と答える。

「止めても無駄なら私からは一言だけ。彼女は強いわよ?」

「負け惜しみのつもりかラファエル? でも安心しな、戻ってくるのはこの俺だ」

 サリエルは笑った。 許可はもらった。あとは行動に移すだけだ。

「じゃ、行かせてもらうわ」

 二人に背を向け歩き出す。己が戦いの場へ、心が赴くままに。

 二千年経っても風化しない。手段も問わない。彼を突き動かすのは極大の渇望。

 それは誇り。

 手に入れるのではない。

 取り戻すのだ。

 奪われた栄光を、己の誇りを、今度こそ。

「あいつが戻って来た時、それが決着の時だ」

 サリエルが抱く積年の願い。

 ウリエルとの決着。

 その宿願の時は、もう手の届く場所まで近づいていた。

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