天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

むかし、そう、これは遠いむかし。

 時刻は深夜、周りには土を固めた家々が並んでいる。電気がないこの時代、夜空には無数の星々が輝いていた。

 まるで宝石のようだ。

 けれど、その美しさを称える者はいない。ここは無人の村。周りにある家もそのほとんどが崩れ落ちている。

 破壊と蹂躙。その後に残った残骸がここだった。

 その中央に白い長髪の女性が立っていた。高位の天羽の証である八枚の翼を折り畳み、一人で佇んでいる。

 純白のバトルドレス。その姿は夜空の下で一層映え、澄んだ真白の髪は夜風に小さく揺れている。

 その立ち姿は儚い。物憂げな雰囲気を漂わせ、彼女は崩壊した村で沈黙のまま佇んでいた。

 知ってる者からすれば目を疑うことだろう。ここにいる天羽こそが、炎の化身とまで言われたかの四大天羽ウリエルであることを。

 その輝きは太陽の次に眩しく熱いとまで言われ、数多くの戦場では武勲を立てた。

 その彼女が沈んでいる。存在感も希薄で、風が吹けば灰のように飛んでしまいそう。空虚な心は行き場を失くしウリエルは途方に暮れる。

 ここに来たのは、人間に会うためだった。戦うためではない。裁くためでも滅ぼすためでもない。

 ただ会いたかった。会えずともただ見たかった。

 笑顔を。

 武勲を立てた報酬を。これが私の功績だと、胸を張れる光を。

 だけどどうだ、見るがいい。そして思い知れ。

 崩壊した家を。

 無人の村を。

 自分の無力さを。

 叩き付けられる現実になにも出来ない己を呪うだけ。

 なんと憐れで無様なことか。

 これが結果だ。報酬でも功績でもない。望んでもいない。けれど、これが事実。

 自分が起こした現実なのだ。

 周辺にある村は全部回った。ここが最後だ。天羽たちの布教に抗う者たちが住まう地域、ゆえに先ほど天羽たちによる執行が行われた。

 それを聞いて駆け付けたが結果はご覧の通り。生存者ゼロ。

 戦った。戦ったはずだ。理想を掲げ、正義に燃えて、求めたもののため全力を尽くしたはずだ。

 なのに、ないではないか。どこにも。欠片も。これが報酬か。今まで理想を信じてきた自分への。

 ウリエルは、途方に暮れていた。もうどうすればいいのか分からない。突きつけられる現実に立ち止まる。歩こうにも行先が分からない。

 これから、なにを信じて進めばいいのか、分からない。

 ウリエルが忘我の心境で佇んでいる中、彼女の背後に別の天羽が舞い降りた。着地前の羽ばたく音がすると両足が地面につく。

 ウリエルは静かに振り返った。

「ラグエル……」

 そこにいたのは白衣に身を包み、黒の髪を切り揃えた男の天羽だった。精悍な表情をしている、四十代ほどの落ち着いた雰囲気のある天羽だった。

 彼から声が掛けられる。

「ウリエル様」

 畏まった言い方が暗闇に響く。そこには敬愛の念が感じられた。彼の真面目な気質だろう、顔つきも隙のない表情をしている。

 ウリエルは小さく苦笑を浮かべた。

「様なんて付けなくていい、君は偉大な天羽だ」

「いいえ。あなたは四大の天羽。あなた方より偉大な者などいません」

 ウリエルは天羽の中でも最も優れた称号である四大天羽だ。

 しかしラグエルもそこに三体を足した七大天羽に数えられる高位の天羽。

 ほとんどの天羽が見上げる偉大な天羽だ。しかし彼から驕りや権力志向のようなものは感じられない。

 彼はどこまでも真面目なのだ。

「ですが」

 ラグエルが表情を僅かに引き締めた。尊敬の眼差しはそのままに気迫が宿る。

「天羽を見張り堕天羽を裁くのが私の使命。それは四大天羽でも例外ではありません。あなたも執行対象です、ウリエル様」

 彼がここに来た理由。それはいたずらでも世間話をしに来たのではない。

 仕事だ。己の役目を果たしに来たのだ。

「これ以上の干渉はお止めになってください。しばらく天界でお休みを。でなければ本当に……」

 ウリエルがしていたこと。地上に降りているのは無断であり、人との接触は規則違反だ。

 間違いなくウリエルは天羽の法に触れている。

 いかに四大の天羽といえどこのままなら堕天羽だ。そのことにラグエルは心配していた。

 ウリエルは尊敬する天羽、それが堕天羽になることを彼は望んでいない。

 そのため警告に留めウリエルを連れ戻しに来たのだ。

「それは……、無理な相談だ、ラグエル」

 しかし、ウリエルは断った。ラグエルの気持ちは分かる。心配してここまで来てくれたのも分かっている。

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