天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

聖なるかな! 聖なるかな! 聖なるかな!

 ミカエルは振り向いた。そこにいる仲間、四大天羽が揃ったのを認める。

 四人は四方に立ち、仲間に背を向ける形で並ぶと羽を広げ浮上し始めた。

 足は屋上から離れ、高く、高く、天高く、地上と雲の中間ほどまで浮上する。

 そこで声を上げるのだ、高く、高く、世界の果てまで届くようにと。

「人類よ! 争い、妬み、奪い合うのを止めよ。その必要はない、欲しいのならば与えよう。無限の栄光を。永久とわの平和を。天主の偉大なる愛に抱かれ安らかに過ごすがいい!」

 ついに始まる、二千年前の続きが。

 ミカエルが抱いた夢の続きが。

 天主の愛、天羽たちの目的が。

 二千年もの長きにに渡って挫折してきた雌伏の時を乗り越えて。

 ミカエルたちの上空、そこに巨大な魔法陣が現れた。このサン・ジアイ大聖堂を覆っても余りある巨大さ。

 微かな黄色を帯びて輝く白光。

 神聖なる儀式に邪魔は許されない。

 サン・ジアイ大聖堂全域を覆う結界は空間、時間、平行世界、世界線。それらを固定化させる。たとえ空間転移、時間跳躍、平行世界旅行、世界改変だろうと干渉は出来ない。 

 この時は彼ら天羽のものだ。使命感に燃える者はなお猛り、忘れていた者は思い出す。

 これこそが天羽の役目、人類救済のために使わされた天の御使いだと。

 長き時を経て、多くの挫折を思い知り、それでも意志を貫いて。

 時はきた。

 ミカエルは謳うのだ。愉快に、楽しそうに。待ち侘びたこの日に溢れんばかりの歓喜を叫ぶ。

「聖なるかな! 聖なるかな! 聖なるかな! 全能なる慈悲深き主よ、我らはあなたを崇めよう!」

 ガブリエルは謳うのだ。その表情は厳しく、一切の隙のない姿勢と固い口調で告げる。

「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。万軍の王、その栄光は宇宙を包む」

 ラファエルは目を瞑り穏やかな表情だ。祈りを捧げる聖女のように、慈愛に満ちた声色でささやいた。

「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。たとえあなたの姿が見えずとも、我らはあなたを崇めます」

 ウリエルは街を眺めていた。上空高くから街を俯瞰する。ここに生きる多くの人々、それと同じ数の生活、人生がここにある。

 表情は真剣で、瞳には固い意志が宿っていた。すべては昔から抱いてきた理想、平和の実現のため。

 けれど、この時僅かな葛藤が頭を過った。

「神愛君……」

 小さな呟きは誰にも聞こえない。それほどまで弱く、か細い声だった。

 理想に殉じる決意はすでにある。ただ、心残りが一つだけ。

 神愛。地上に残してきた愛する人。彼のことは今でも忘れられない。

(ずっと、平和な世界にしたいって思ってた。笑っている人たちの笑顔が好きだったから)

 天羽として生まれてから変わらない願いがある。彼女は人の笑顔が好きだった。

 だから、悪事を働く者には怒りを覚える。人の笑顔を奪うから。

(こんな私だけど、人の笑顔を見ると胸がホッとする)

 清らかで、正しくて、真っ直ぐな心。純真な少女と同じように、ウリエルの性根は真白な羽のように美しい。

(だから、ずっとずっと願ってた。平和な世界にしたいって)

 それがウリエルの願い。今も昔も変わらない、彼女の想い。

(神愛君、ありがとう。私は幸せだった。君と共にいられた時間が私の宝物だった)

 今自分がしようとしている行為は彼への裏切りになるだろう。そうでなくとも敵対行為なのは間違いない。

 彼は人間で、自分は天羽なのだから。

『神愛君だって、ボクのことを知ったらきっと離れていく。ボクの味方になんて、なってくれるはずがない』

 そう思ってた。それは当たり前のことで、それが自然だった。

『俺たちは友達だ』

 そんな自分に友達だと言ってくれた彼に感謝の念は止まらない。嬉しさは天にも昇らんほどで、胸が痛いくらい。

『ずっと友達だって、約束したじゃないかよぉおお!?』

 なのに、自分は裏切ろうとしている。

 最低だ、最悪だ。自分はとてもひどいことをしようとしている。嫌われる、絶対に。

 それを思い、ウリエルの瞳から涙がこぼれ落ちた。

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