天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

お前は優しいな、ラファエル

「出来なかったんだッ」

 だけど説得に意味はなく、どれだけ言葉で言っても届かない。最後まで叫んだ恵瑠の願いは、ついぞ教皇派の人間には受け入れられなかった。

 道では少女を助けても母親から疑われ、街の人々に非難された。

 教皇派に捕まえられ、どれだけ説明しても信じてはもらえなかった。

 人間の限界。もしくは平和の困難さか。言葉なんて安い土産みたいなものだ、どんなに送っても人を動かすことなんて出来ない。

 最後まで人を信じて、言葉で伝えて、平和を願って、それだけを叶えたくて。

 最後に殺された。

 それが恵瑠。栗見恵瑠として生きた人の生涯だった。

 平和とは、どうすれば実現できるだろう? どうすれば叶うだろう?

 なにを信じればいいのか、もう分からない。

 けれど分かることはある。これまでの人生だ。

 それに、意味なんてなかった。恵瑠の生に、意味などなかったのだ。

 それを知った。自分の願いなど子供の夢でしかなく、現実は甘くないと。

 願えば叶うほどそんな容易いものじゃない。

 痛感する、舐めるなと。平和とは、求めれば手に入るような陳腐なものじゃない。

 苦しみ、悲しみ、悩み、そうしたものを積み上げ完成する積み木の城こそが平和なのだと。

 彼女の願いは、初めから無理だったのだ。

「私のわがままも、ここで終わりだ」

 夢から醒める。どんな理想もどんな幻想も、現実の前には水泡となって消える。それほどまで脆い。

 現実に打ちのめされた彼女は失意の中へと沈んでいく。

「ウリエル……。それでいいの?」

 ラファエルから心配する声が掛けられる。本当ならおかしな質問だ。でも、彼女の気持ちを思えばそう聞いてしまう。

 今までの想いや行動を終わらせてしまっていいのかと。

「ほかにどうしろと? もう一度裏切って、お前たちの敵になれと? それで平和になるのか?」

「それは……」

 ウリエルからの返答にラファエルは表情を暗くして俯いた。返す言葉もない。気持ちを汲んであげたくても現実の前には空虚でしかない。

「諦め、当然か」

 ガブリエルがつぶやく。

「諦め……、そうだな。私は諦めたのかもしれない。理想はしょせん、……理想だ。誰も傷つかない平和なんて、無理だった」

「…………」

 ウリエルの言葉をラファエルは黙って聞いていた。彼女が言うと今の言葉は痛々しい。

 あまりにも。誰よりも理想に燃えていた彼女だからこそ、なおのこと。あれほど平和を望んでいた彼女がそれを口にすることに。

 ラファエルは悲痛な思いを胸に抱きながら、そっと口を開いた。

「争いと、悲鳴。血と涙の雨が大地に降り注ぐ。けれど、そんな雨もいつかは晴れるわ。それを見て笑顔になる人がいる。いつの日か。そのいつかのために、私たちは今雨を降らすのよ」

 それがラファエルの精一杯の言葉だった。雨降って地固まる。虫の良い話だろう。

 でも、ウリエルの胸を宥めるための、これが精一杯。

 これから先、天羽と人類の戦いでさらに多くの犠牲が出る。

 けれど、その血が、その犠牲が、真の平和を確固たるものにする。その血を最後の犠牲にして、その後未来永劫の栄光を掴もう。

 争いのない、誰も苦しまない世界の実現を。

 そのための戦い。そこに意味はあるのだと、そう伝えた。

 ラファエルの言葉を聞いてどう思ったか。要らぬ慰めだと怒られるか。

 ウリエルはしかし、優しい声で答えてくれた。

「お前は優しいな、ラファエル」

「……ううん」

 ラファエルは顔を横に振る。自分はなにも解決していない。ただ言葉で誤魔化しただけ。

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