天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

世界は私たちが変える

 炎の放出は終わり、エノクはそのまま教皇宮殿に突っ込んでいった。壁を破壊し中へと入っていく。

 エノクが入ったのは会議室のような広い部屋であり、机やイスをなぎ倒しながら転倒していった。エノクはうつ伏せに倒れ霞のかかる意識の中顔を持ち上げる。

 そこには空間転移によってミカエルが立っていた。さらには続いてガブリエル、ウリエルが現れる。ラファエルとサリエルはエノクが入った穴から飛んで入ってきた。

 天羽が五体並ぶ。それぞれが強大な力を持つ者たち。現代に蘇った御使いが。

 彼らこそ地上に残った上位の天羽たち。

 その彼らが人間であるエノクに告げるのだ。

 天羽長ミカエルが。

「世界は私たちが変える」

 ガブリエルが。

「元より、この事態は自分たちで平和を実現できなかったお前たち人類の落ち度でもあるがな」

 ラファエルが。

「ごめんなさい。でも、不本意でも平和は平和よ」

 サリエルが。

「俺はどうでもいいがな」

 ただ一人、ウリエルだけが無言のまま見つめている。

「ここにいる我々は、全員が天主イヤス様から使命を受けている。それを果たすために」

 ミカエルが前に出る。腰にかけた剣を引き抜きエノクに近寄る。

「邪魔する者には、死んでもらおう」

 ミカエルは立ち止まり剣を振り上げた。足下にはエノクの頭がある。このまま剣を振り下ろせばエノクの死だ。それは新たな時代への犠牲。彼の死が持つ意味は大きい。

 教皇エノクが死んだと分かれば戦う気力を失う者は多いだろう。エノクはみなの希望だ。

 それが摘み取られようとしている。それをウリエルは黙ったまま見つめていた。決定打となる火炎を放ち、厳しい表情をしていた彼女の顔がこの時険しさを消し、物悲しい目になっていた。

 このままでいいのか。

 これでいいのか。

 本当に?

 人類と天羽の戦いはすでに始まった。止まらない。皆が笑顔で過ごせる世界。そんなもの今からでは遅すぎる。どちらかが勝ち、決着が付かなければこの戦いは終わらない。

 ウリエルは、黙ったまま見つめていた。

 そうしている内にミカエルが動いた。かろうじて見上げているエノクの目を見つめながら、彼の持つ刀身が光を返した。

「さようなら」

 短くつぶやき、新たな時代の礎となるべくエノクへ剣を振り下ろす。

 その時だった。

「恵瑠ー!」

「!?」

 聞こえてきた声にウリエルの両肩が震えた。

 壊れた扉を蹴飛ばして、彼は現れた。

 それは宮司神愛だった。自分が人間であった頃の繋がりが、彼女の迷いを大きくしていく。

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