天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

いいねえ、よくほざいた人間!

 教皇宮殿広場ではヨハネとサリエルが対峙していた。入り口前で防衛していた騎士たちには宮殿内に避難してもらった。サリエルが洗脳できるというのなら申し訳ないがいない方がいい。

 ヨハネは真剣な、険しい表情でサリエルを見つめていた。それもそのはず。

 天羽てんは

 はじめて対決することになる未知数の存在に緊張が走る。洗脳以外にも能力を隠し持っているのか。

 そうでなくても敵の位は空間転移ができる以上超越者オラクルは確定だ、油断できるわけがない。

 対してサリエルは余裕の表情だった。不適な笑みにサングラスの奥の瞳が不気味に光る。

「よかったのか? さきに行かせて」

 サリエルが聞いてくる。ここは戦場、広場の端で横になっている大勢の兵士を見れば分かるはず。にも関わらずサリエルは普段通り気負いのない声で聞いてきた。

「二人であなたを相手にしていればその間宮殿が攻撃を受けるでしょう。あれほどの砲撃、いつまでも耐えられない」

「そりゃそうだ。だがなぁ、それを承知で二人がかりの方が良かったと思うぜ。俺たちを単独で撃破? 理想だが、ちーと難しいだろ」

 ヨハネの答えを認めつつもサリエルは否定する。それは自分たち天羽てんはの方が力が勝っているという自信だ。

 ないのだ、自分たちが負けるという危機感、不安の一切が。

「なぜ、あなたたちはこのようなことを?」

 聞かざるを得ない。正規軍の大勢を洗脳し、宮殿を攻撃し、天羽てんは再臨を目指す。

 二千年前と同じように。

 これほどのことをしてまで、なぜそれを目指すのか。

「どうしてねえ」

 ヨハネの真剣な質問に、しかし、いや、やはりというべきか。サリエルは気の抜けたままだった。

「知ってると思うが今回のことは全部うちの長が勝手にやってることでなあ、ぶっちゃけ俺はあいつの目的なんてどうでもいいんだよ。天羽(てんは)再臨? 世界平和? 知るかんなもん、それで俺になんの得があるんだよ」

「…………」

 サリエルの返答にヨハネは顔には出さなかったが内心驚いていた。

 この男が慈愛を重んじているようには見えないが、それでも天羽てんはのはずだ。それが天羽てんは再臨などどうでもいいと口にした。なおさら分からない。

 この男は、なんのために戦っているのか。

「俺には個人的な理由ってやつがあってね。ほかの連中とはまた違うってわけさ」

「一枚岩ではないということですかね」

「基本単独行動好きが多いんだよ」

 サリエルは仲間を思い出しているのか愚痴をこぼす。表情はどこか嫌そうだった。

「さて」

 が、その表情が変わる。

 同時に雰囲気も。

 肌を刺すほどの戦意、殺気。一瞬にして世界が変わったかのような空気感の変調。

 サリエルから笑みが消えていた。サングラス越しに見える瞳がヨハネを冷たく捉えていた。

「じゃあ、おしゃべりはここまでとしようか。お前もその方がいいだろう?」

 声からも油断が消えている。凄みのある、まるで猛獣を前にしたかのような迫力があった。

「かつて魔術大戦で功績を挙げながらも引退した聖騎士ヨハネ・ブルスト。ヤコブの弟。やるか? それとも逃げるなら追わねえが?」

 その中で、サリエルはふっと小さく笑った。

 ヨハネはサリエルの視線を受け止めていた。サリエルからの脅迫的な視線、それに晒されながらヨハネは答えた。

「それはそれで魅力的な提案ですね」

 そこに恐怖はなかった。そこに不安はなかった。

 なぜなら覚悟はすでに出来ている。相手が誰であろうとも、大切な者を今度こそは守るという決意が胸にあるから。

「私が見逃せば、あなたは負けを免れるのですから」

 ヨハネは、皮肉った笑みでサリエルに返してやった。

「ハッハッハッハッ! いいねえ、よくほざいた人間! 褒美にボコボコにしてやるよ!」

 ヨハネの答えを気に入りサリエルが笑う。口が裂けるほどの笑みを浮かべ、目には禍々しいほどの戦意で漲っていた。

 しかし、サリエルは薄いとはいえサングラスをかけている。その目をヨハネは直視していない。

 まだ、その目の脅威を知らない。

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