天下界の無信仰者(イレギュラー)
分からないんだ
希望が芽生える。鬱屈していた表情が晴れるが、そんな俺にヤコブが釘を刺す。
「本当だった時のことを考えてみろ、無限の天羽(てんは)が天から舞い降り攻撃してくるんだぞ!? たった一人と大勢の人々、比べるまでもないわ」
「それは……」
言われてしまい視線が下がる。恵瑠が生き返る。それは予想外のところから湧いた希望だった。恵瑠とまた会えるという可能性に心が引き寄せられる。
でも、それはヘブンズ・ゲートの鍵を揃えるということでもある。もしその扉が開けば天羽たちが押し寄せ二千年前の再現だ。それがなれば多くの人や街が犠牲になる。
友人を取るか?
世界を選ぶか?
これは俺だけの問題じゃない。
俺は――
「とりあえず、遺体の捜索もそうだが負傷した者の手当。町の整備だ。いつエノク様が動けるようになるか分からん。出来る限りのことはしよう」
考え込んでいたペテロが方針を打ち出す。恵瑠の遺体が行方不明というのは不安だが居場所が分からない。すぐにどうこう出来ない。それに俺とメタトロンが戦った影響もあるしな。
「そうだな。で、こやつらは?」
ヤコブが俺たちを見渡す。今回の事件、その襲撃犯一行を鋭い目つきで見下ろしてきた。
「牢に連れていけ。正式な判断は保留とする。私は遺体の居場所と兵の編成に当たる」
ペテロはそう言うと部下を連れ部屋を出て行こうとした。
「待ってくれ! その恵瑠の捜索に俺も入れてくれ」
俺を横切ろうとしたところで声をかける。恵瑠の遺体は見つかっていない。どこにあるのかも分かっていない。
俺はどうしたいのか、その答えはまだはっきりしていない。でも、俺が恵瑠を探さないといけないとそう思うんだ。
「ならん」
けれど、俺の願いはペテロに拒まれた。
「お前は彼女の友人だ、復活に加担する危険性がある。大人しくしていろ」
そのままペテロは去っていった。俺は後ろ姿を見ることしか出来なかった。
「ほれ、お前たちもいくぞ」
ヤコブに先導され俺たちも部屋を出る。騎士たちに周囲を囲まれ廊下を歩いていく。
なんとも言えない気持ちだった。さっきまでは落ち込んでいたのに、今は妙に胸が騒ぐ。
恵瑠が生き返るかもしれない。
その可能性がどうしようもなく期待感を煽るんだ。またやり直せるかもしれないって。
でも、それは危険なことだ。ヘブンズ・ゲートが開けば天羽が襲ってくるかもしれない。二千年前にあったという天羽の侵攻が再現されるんだ。
世界なんてはっきり言って知ったことじゃないさ。でも、だからといってじゃあそこまで我がままになれるかというと、そうじゃない。大勢の人間が犠牲になるっていうのはやっぱりまずい。
でも、このままじゃ恵瑠は……。
「主?」
いつの間にか俯きながら歩いていた俺にミルフィアが声をかけてきた。振り向けば隣を歩いており心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫ですか? 深刻そうな顔をしていました」
「まあ、な」
目を逸らし、ミルフィアの心配に力なく答える。
「恵瑠のことですか?」
「…………」
ミルフィアの質問にすぐに答えられなかった。恵瑠のことで周りに迷惑かけたくない。でも、沈黙は肯定の証だ。それはミルフィアも察したらしく顔を暗くしていた。
そりゃまあ、隠せないわな。この状況なら誰だって察しがつく。それにミルフィアは一番の理解者だ。分からないはずがない。
「分からないんだ」
俺は、静かにつぶやいていた。
「俺が、どうしたいのか。どうすればいいのか。分からないんだ」
「主……」
頭の中がめちゃくちゃだ。恵瑠を救えるなら救いたい。それは分かっているのに。だけど、ヘブンズ・ゲートとか、天羽(てんは)の侵攻とか、二千年前の惨劇の再現とか、そうしたことが後ろ髪を引っ張ってくるんだ。
一体、どうすればいいのか……。
「主」
そこで、ミルフィアの声が聞こえてきた。振り向くと、彼女は真剣な顔で俺を見つめていた。
「主、これだけは覚えておいてください」
青い瞳が迷う俺を真っ直ぐと見つめ、はっきりとした口調で言う。
「主は一人ではありません。あなたがどのような選択をしようとも」
その後に、小さく微笑んだのだ。
「私は、主と共に。主のお傍にいますから」
「ミルフィア……」
混乱して不安になっていた俺だったが、ミルフィアの言葉に少し軽くなった気がした。俺も小さく笑ってミルフィアにお礼を言う。
「ありがとな」
ミルフィアは小さく顔を横に振った。俺のことを気遣ってくれて、なのに謙虚なこいつに自然と笑みが浮かぶ。
どうすればいいのか、どうするべきなのか。それはまだ分からない。だけど気持ちは軽くなっていた。ミルフィアのおかげで作り笑いくらいなら出来る。どこか前向きにやれる気がした。
その後俺たちは男と女で分けられ、必然的に俺は独房に入れられた。いくつもの牢屋が並んでいるが、それには扉がなかった。
 というよりも正面に壁すらない。中はベッドとトイレしかない灰色の部屋だった。
「さっさと入れ」
ヤコブに背中を押され部屋へと入る。ヤコブはそばのボタンを押すと、部屋の正面に赤いレーザーのような壁が現れた。さらに壁や天井、床にも赤い光で覆われる。
「この独房は特別性でな、この赤い光は空間を固定する働きがある、オラクルの空間転移でも抜け出せないってわけだ。それと激しい振動は起こすなよ、すぐに駆け付けるからな」
オラクルにも対応した牢屋ってわけか。じゃないとやつらを捕まえても脱獄常習犯になるからな。
ヤコブはそう言うと部下を引き連れここから消えていった。
「はあ」
俺はベッドに横になる。一人きりになったことでどこか緊張が解れる。そういえば今日が始まってからずっと戦ってばかりだったからな。気は張ってたし疲労もある。
俺は久しぶりの休みに体を落ち着けるが、すぐに意識を険しいものにしていた。
「恵瑠……」
俺は牢屋の中、一人そのことを考えていた。
「本当だった時のことを考えてみろ、無限の天羽(てんは)が天から舞い降り攻撃してくるんだぞ!? たった一人と大勢の人々、比べるまでもないわ」
「それは……」
言われてしまい視線が下がる。恵瑠が生き返る。それは予想外のところから湧いた希望だった。恵瑠とまた会えるという可能性に心が引き寄せられる。
でも、それはヘブンズ・ゲートの鍵を揃えるということでもある。もしその扉が開けば天羽たちが押し寄せ二千年前の再現だ。それがなれば多くの人や街が犠牲になる。
友人を取るか?
世界を選ぶか?
これは俺だけの問題じゃない。
俺は――
「とりあえず、遺体の捜索もそうだが負傷した者の手当。町の整備だ。いつエノク様が動けるようになるか分からん。出来る限りのことはしよう」
考え込んでいたペテロが方針を打ち出す。恵瑠の遺体が行方不明というのは不安だが居場所が分からない。すぐにどうこう出来ない。それに俺とメタトロンが戦った影響もあるしな。
「そうだな。で、こやつらは?」
ヤコブが俺たちを見渡す。今回の事件、その襲撃犯一行を鋭い目つきで見下ろしてきた。
「牢に連れていけ。正式な判断は保留とする。私は遺体の居場所と兵の編成に当たる」
ペテロはそう言うと部下を連れ部屋を出て行こうとした。
「待ってくれ! その恵瑠の捜索に俺も入れてくれ」
俺を横切ろうとしたところで声をかける。恵瑠の遺体は見つかっていない。どこにあるのかも分かっていない。
俺はどうしたいのか、その答えはまだはっきりしていない。でも、俺が恵瑠を探さないといけないとそう思うんだ。
「ならん」
けれど、俺の願いはペテロに拒まれた。
「お前は彼女の友人だ、復活に加担する危険性がある。大人しくしていろ」
そのままペテロは去っていった。俺は後ろ姿を見ることしか出来なかった。
「ほれ、お前たちもいくぞ」
ヤコブに先導され俺たちも部屋を出る。騎士たちに周囲を囲まれ廊下を歩いていく。
なんとも言えない気持ちだった。さっきまでは落ち込んでいたのに、今は妙に胸が騒ぐ。
恵瑠が生き返るかもしれない。
その可能性がどうしようもなく期待感を煽るんだ。またやり直せるかもしれないって。
でも、それは危険なことだ。ヘブンズ・ゲートが開けば天羽が襲ってくるかもしれない。二千年前にあったという天羽の侵攻が再現されるんだ。
世界なんてはっきり言って知ったことじゃないさ。でも、だからといってじゃあそこまで我がままになれるかというと、そうじゃない。大勢の人間が犠牲になるっていうのはやっぱりまずい。
でも、このままじゃ恵瑠は……。
「主?」
いつの間にか俯きながら歩いていた俺にミルフィアが声をかけてきた。振り向けば隣を歩いており心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫ですか? 深刻そうな顔をしていました」
「まあ、な」
目を逸らし、ミルフィアの心配に力なく答える。
「恵瑠のことですか?」
「…………」
ミルフィアの質問にすぐに答えられなかった。恵瑠のことで周りに迷惑かけたくない。でも、沈黙は肯定の証だ。それはミルフィアも察したらしく顔を暗くしていた。
そりゃまあ、隠せないわな。この状況なら誰だって察しがつく。それにミルフィアは一番の理解者だ。分からないはずがない。
「分からないんだ」
俺は、静かにつぶやいていた。
「俺が、どうしたいのか。どうすればいいのか。分からないんだ」
「主……」
頭の中がめちゃくちゃだ。恵瑠を救えるなら救いたい。それは分かっているのに。だけど、ヘブンズ・ゲートとか、天羽(てんは)の侵攻とか、二千年前の惨劇の再現とか、そうしたことが後ろ髪を引っ張ってくるんだ。
一体、どうすればいいのか……。
「主」
そこで、ミルフィアの声が聞こえてきた。振り向くと、彼女は真剣な顔で俺を見つめていた。
「主、これだけは覚えておいてください」
青い瞳が迷う俺を真っ直ぐと見つめ、はっきりとした口調で言う。
「主は一人ではありません。あなたがどのような選択をしようとも」
その後に、小さく微笑んだのだ。
「私は、主と共に。主のお傍にいますから」
「ミルフィア……」
混乱して不安になっていた俺だったが、ミルフィアの言葉に少し軽くなった気がした。俺も小さく笑ってミルフィアにお礼を言う。
「ありがとな」
ミルフィアは小さく顔を横に振った。俺のことを気遣ってくれて、なのに謙虚なこいつに自然と笑みが浮かぶ。
どうすればいいのか、どうするべきなのか。それはまだ分からない。だけど気持ちは軽くなっていた。ミルフィアのおかげで作り笑いくらいなら出来る。どこか前向きにやれる気がした。
その後俺たちは男と女で分けられ、必然的に俺は独房に入れられた。いくつもの牢屋が並んでいるが、それには扉がなかった。
 というよりも正面に壁すらない。中はベッドとトイレしかない灰色の部屋だった。
「さっさと入れ」
ヤコブに背中を押され部屋へと入る。ヤコブはそばのボタンを押すと、部屋の正面に赤いレーザーのような壁が現れた。さらに壁や天井、床にも赤い光で覆われる。
「この独房は特別性でな、この赤い光は空間を固定する働きがある、オラクルの空間転移でも抜け出せないってわけだ。それと激しい振動は起こすなよ、すぐに駆け付けるからな」
オラクルにも対応した牢屋ってわけか。じゃないとやつらを捕まえても脱獄常習犯になるからな。
ヤコブはそう言うと部下を引き連れここから消えていった。
「はあ」
俺はベッドに横になる。一人きりになったことでどこか緊張が解れる。そういえば今日が始まってからずっと戦ってばかりだったからな。気は張ってたし疲労もある。
俺は久しぶりの休みに体を落ち着けるが、すぐに意識を険しいものにしていた。
「恵瑠……」
俺は牢屋の中、一人そのことを考えていた。
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