天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

よって今、お前の敗北は確定した

 五メートルはあろうかという丸い鋼鉄の扉、その前にペトロは立っていた。廊下は広く、ペトロは奥にある扉を守るように立ち塞がっている。

「また会ったな」

 声をかけるが返事はない。俺をただまっすぐと睨みつけるだけ。

 隙がない。集中力が今までとは段違いだ。

 こいつは母さんが足止めしていたはずだが、どうやら振り切り空間転移でやってきたみたいだな。

「イレギュラー、宮司みやじ神愛かみあ

 ペトロが一層俺を睨む。相変わらずの気迫が全身に叩き付けられる。

「認識を改めよう。お前は、はじめから全力で潰さなくてはならない存在だった」

 ペトロは剣を抜く。山のような静けさと尊大さをその身に宿して、俺に語り掛ける。

「その判断を誤った。そのためにここまでの事態を引き起こしてしまった」

 ペトロは落ち着いていた。怒りも後悔もない。ただ純粋な戦意を感じる。無色の気迫が服を焦がすほどの熱量を発散する。

「ゆえに、私も全力を出そう」

「ん?」

 言葉の後、ペトロのオーラが噴出された。やつを中心にして風が巻き起こる。

 来る。直感で思う、信仰者が『あれ』を出す時特有の気配が。

 それは事実となってペトロの口から紡がれた。

「信仰を持つ者、覚悟を示す者たちよ。私は汝らの祝福を願う者。その思いが報われることを切に願う者」

 神託物しんたくぶつの詠唱。

「汝、信仰する者たちよ。汝がどれほど強大であろうとも、その血一滴でさえ傷つく必要がどこにあろうか。必要なものは犠牲ではなく汝の真価。ならば応え報いよう」

 神が認めた信仰者に送られる奇跡の具現。だが、ペトロから感じる気配はそれを踏まえても強い。
 肌で感じる。これは、加豪かごうやヨハネ先生を超えている。

「出でよ神託物しんたくぶつ

 ゴルゴダ共和国聖騎士第一位、最高の名誉を持つ聖騎士が己の信仰、その真価を発揮する。

至高の知恵持つ座天羽シークレット・スローンズ!」

 ペトロの背後、上空で光が結集した。

 現れたのは白衣を身に纏った老年の男性だった。鎧は付けていない。武器も持っていない。持っているのは一冊の本だけだ。

 辞書を思わせる分厚い本にはいくつもの宝石が付けられるほどの豪華さで、ペトロと同じ厳つい表情は賢者かなにかを思わせる。

 その存在感は圧倒的だった。発揮される威圧感。背中の羽を折り畳んでいるものの見た目以上に大きく見える。

「最初は手を抜いて悪かったな。周囲への被害を危惧きぐして抑えてしまったが、もはや躊躇うことはしない」

 ヨハネの神託物しんたくぶつは一回だけ見たことがある。その時は引き分けだったが、それでも力の強さを見せつけられた。

「では、終わりとしよう」

 ペトロは剣先を俺へと向ける。さらには新たな力まで言ってきた。

「未知を照らす第二の力セカンド・セフィラー・コクマ

 神託物の足元から光が溢れ始めた。同時に本が勢いよくめくられていく。ページから神聖な空気が風のように流れ出していた。そのことに俺も身構える。

「いったいなにをするつもりだ?」

「すべての知識は地上のすべてを見渡し、未来を見通す」

 そこでペトロが喋った。未来を見通す? 俺がなにをするか事前に分かるということだろうか。
 だがそんなもの関係ない。

 俺の攻撃が読まれようと強化の属性で防げないほど強くなればいい。躱されるなら躱せないほど速く、防がれるなら防げないほど力を上げてやる。

 だが、ペトロが見通した未来はさらに先をいっていた。

「よって今、お前の敗北は確定した」

「なに?」

 ペトロの言い方は嘘を言っているようには聞こえない。きっとこの男は敵にでも嘘は吐かないだろう。真っすぐとした性格をしていると戦ってきて分かる。

 そんな男が言う勝利宣言。だが信じられるわけがない。

「俺が負けるってどういう意味だよ」

「そのままだ。お前は負ける。それを『知った』」

「知った?」

 ペトロは表情を変えず続ける。

「私の神託物、至高の知恵持つ座天羽シークレット・スローンズが持つ力は知識。その知識には未来の出来事も含まれている。そこにはお前の敗北が記されていたのだ。よってお前はどう足掻いてもこの場で負ける。そう決まっているからだ!」

 ペトロの声が飛ぶ。俺に敗北の未来を告げながら。

 未知を照らす第二の力セカンド・セフィラー・コクマ。未来の出来事ですら知ることのできる至高の知識。

 そこに俺の敗北があるのなら戦う以前の問題だ。結果がすでに決まっているのならそれはもう勝負じゃない、ただの予定調和だ。

「そして、お前の倒し方もな」

 ペトロは俺に向けていた剣を振り下ろした。

「オラクルが操れる次元は空間だけではない。信仰心を高めれば、さらに時間までも操れる」

「時間?」

 それはミルフィアも言っていた。オラクルは次元を操れる。そして次元にはいくつものレベルがある。空間が三次元。そして時間は、

「四次元か」

「そうだ」

 背後の天羽てんはが淡く発光する。それに連動してペトロも薄い光を発していた。

「如何に力が強く、音のように早く動けても、時間には敵わない」

 ミルフィアに教えられたことを思い出す。

 次元の優位性。次元が上の相手にはそれだけ勝ち辛く、もしくは絶対に勝てない。

 ペトロが言った通りどれだけ力が強く早く動けても、時間が止まってしまい動けなくなってしまったら意味がない。こちらは動けず相手は動ける。そんな中一方的に攻撃を受け敗北だ。

 ペトロは、四次元である時間まで操れるのか?

「これがオラクルとしてのさらなる段階、お前たち悪なる敵を倒す力と知れ!」

 ペトロが纏っていた光が炸裂する。巻き起こる力が次元を操る。

「時よ、止まれ――」

 ペトロが時間に命ずる。

 歯車のように回り進んでいく時間の流れ。その歯車が動きを止めていく。

 瞬間、あらゆるものが停止した。

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