天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

だいじょう・・いや、なんでもない

 母さんが裏庭にいる? ハッ、だからなんだってんだ。行けってことか? 行くわけないだろ。なんで行かなくちゃならないんだ。

「…………」

 そう思いながら、俺は裏庭に来ていた。

 家の角からそっと裏庭を覗いてみる。家と塀に挟まれここは日陰になっている。まだ暗い。そこには花壇があり、その前に母さんは立っていた。

「…………」

 花壇の花を見下ろしている。その顔は元気がなく、寂しそうだった。

 そりゃそうか。いつもそうだし、今日に限ってなにが楽しくて笑うっていうんだ。

 でも。

「…………」

 その表情は真剣というか、なにやら考え込んでいるように見える。落ち込んでいる? 横顔だけじゃ分からない。

 俺は声を掛けようか迷っていた。でもなんて? なんて言えばいい?

 分からない。

 俺はなにも言わずここから立ち去ろうとした。

 その時だった。歩き出そうとした母さんがつまづいた。体が前に倒れる。

「あ」

 俺は急いで駆け寄り、母さんを受け止めた。

「あ」

「あ」

 目が合う。抱き締める形で見つめ合うため顔が近い。

 お互いに固まっていた。なんて言えばいいか分からなくて。それでこのままじゃあれなので、俺は母さんを立たせた。それで俺は顔を逸らしてしまう。母さんも気まずそうに顔を逸らした。

 俺はそっと母さんを見る。

「だいじょう…………、いや、なんでもない」

 大丈夫か聞こうとしたが、駄目だった。最後まで言えない。会話が怖いんだ。また怒鳴られそうで。

 俺がうじうじしていると、母さんも俺のことを見てきた。

神愛かみあ……」

「分かってる。すぐ出て行くよ」

 俺はそう言い残し玄関へと向かった。

 母さんは、なにも言わなかった。

 居間へと入ると加豪かごうが起きていた。戻ってきた俺に声をかける。

「おはよ」

「おお。悪いな、こんなとこで寝かしちまって」

「いいわよそんなこと」

 加豪かごうはソファから下りると俺に近づいてきた。その目は真剣で、心配そうだった。

神愛かみあ、大丈夫?」

 加豪かごうの大きな瞳が俺を覗きこんでくる。

 俺は小さく笑って加豪かごうの肩を叩いた。そして横を通り過ぎていく。

 その時の加豪かごうの顔は、悲しそうだった。

 すると二階から思いっきり扉を開ける音が響いた。そのまま勢いよく走る音がして階段にミルフィアが現れると、俺を見つけスッと力を抜いて手すりにもたれかかった。

「主、よかった」

「おはようミルフィア、どうしたんだよ。朝っぱらから騒々しいぜ」

「すみません主、おはようございます」

「おはよミルフィア」

「はい、加豪かごうもおはようございます」

 ミルフィアは加豪かごうにもあいさつをするがすぐに俺を見てきた。

「主、起きたのなら私も起こしてくださればいいのに。その、心配しました」

 起きて隣に俺がいないことに嫌な予感でもしたんだろう。さっきの物音もかなり焦っていたように聞こえる。

「まったく、どいつもこいつも心配性なんだよ」

 俺はミルフィアと加豪かごうに言う。なんでもないことのように普段通りに話す。

 だけど、ふと気持ちが沈んでしまう。

「いつものことなんだって」

 いつものこと。そう、いつものことなんだ。俺が生まれた時から。昨日のことは俺にとって日常なんだ。

 ずっと変わらない。それをどう思ったところで、今更どうしようもないんだ。

「だから気にすんな。な?」

宮司みやじ君はそれでいいの?」

「うをお! ビックリした!」

 俺の真横にはいつの間に起きたのか天和てんほが立っていた。全然気づかなかった。

「だからお前は気配消して近づくんじゃねえよ、アサシンプロかてめえは」

宮司みやじ君はそれでいいの?」

 天和てんほは俺を無視して同じ質問をしてきた。無表情ながらもまっすぐした目が俺を見てくる。そこには天和てんほの芯みたいなのを感じた。

「俺は……」

 天和てんほの質問に言いよどむ。

 俺はどうしたいのか。

 このままでいいのか。

 俺が望んでいることとは、なんなのか。

 俺は知らず俯いていた顔を上げた。

「俺は関係ないさ」

 そう言いながら天和てんほの横を通り過ぎていった。

「メシにしようぜ、俺もなんか手伝うからさ」

 台所で手を洗う。俺が動き始めたことに他のみなも朝食に取り掛かった。

 朝食は完成し俺たち四人と親父の五人で食べた。母さんは家に戻るとすぐに自室に籠った。

「もう行くのかい?」

 朝食の片付けを終え俺たちは家を出ることにした。玄関前に並び、そんな俺たちに親父が声をかける。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品