天下界の無信仰者(イレギュラー)
辛い食卓
全員が出揃ったことで親父がみなへ声をかける。料理もあることだしあとは食べるだけだ。
「それじゃあ冷めちゃうし、そろそろ食べ始めようか」
親父の言葉を合図にそれぞれがスプーンを持ち上げる。それで食べ始めようとした時、母さんは一人だけ手を合わせ目を瞑っていた。
最近ではしなくなっているという慈愛連立の食事前のお祈りだ。それでみなも食べるのを躊躇っている。
「私のことは気にしないで。好きに食べていいわよ」
食事の音がしないから分かったんだろう、母さんは祈ったままだったがみなへと声をかける。
だが、加豪はそうはしなかった。
「いえ、ここは倣います」
「優しいのね」
加豪は母さんと同じように手を合わせ目を閉じる。天和も目を閉じた。親父も嬉しそうにお祈りをする。
ミルフィアが俺を見てきた。するかどうかを問いかけてくる。
「……ち」
嫌だったが仕方がない、俺も目を閉じてお祈りをすることにした。
「もういいわ」
祈りの時間は終わり母さんから声がかけられる。
「ごめんなさいね。昔からの習慣なの」
母さんは加豪たちに小さく謝るとスプーンを手に取った。
「さあ、食べましょう」
食事が始まる。湯気の上がるカレーをスプーンで持ち上げみんな口へと運んでいった。
「うん! これはおいしいね」
ミルフィアたちの作ったカレーに親父がおいしいおいしいとベタ褒めしている。ホッとしたようで加豪も笑顔でカレーを食べていた。天和は黙々と食べている。
それで、母さんがカレーを口にした。
「おいしいわね」
カレーを食べた時、母さんは微笑んだ。
元気はまだないけれど、母さんはどこか楽しそうだった。こんな風に大勢で食事をしたことなんてなかった。
それがうれしいのだろうか。知らない母さんの一面を見つめるごとになぜか引け目を感じてしまう。
俺がカレーを食べながらそんなことを考えていると隣に座っているミルフィアが振り向いてきた。
「主、どうですか?」
「あ? ああ、おいしいよ」
何気なく返事をしてあとはひっそりとカレーを食べていく。食卓に目を向ければ母さんと対面に座っている加豪でカレーについて話していた。
笑ってる……。
加豪と話している母さんの顔は自然な笑顔だった。まるで娘と談笑する母親のように。料理という共通の話題に話が続いていく。
こんな母さんは、見たことがない。
『主には友人がいます。この気に家族との溝が縮まればいいなと』
ミルフィアの言葉が思い出される。友人を連れてきた今なら変わるんじゃないかと。事実母さんは笑っている。俺の前では見せない笑顔を浮かべている。
何年も見たことなかったのに。
母さんは笑ってる。
俺はどう受け止めればいいのか分からず、黙々とカレーを食べていた。
「おいしいわね」
母さんの声が聞こえてくる。
「それ、神愛にも手伝ってもらったんです」
「え?」
加豪の言葉が聞こえ顔を上げてみる。見れば母さんが食べていたのはオニオンスープだった。手伝ったといっても皮を剥いてスライスにしただけだけど。
でも。
俺が手伝った料理を食べて、母さんがおいしいと言ってくれた。
もしかしたら、褒められたりするのだろうか?
すると母さんはせき込み、オニオンスープの入ったカップを、俺に投げつけてきた。
「余計なことしないで!」
カップが額に直撃する。割れた破片が地面に落ちて、俺はスープでびしょ濡れだった。
この場が一瞬で凍りづく。
「アグネス! なにをするんだ?」
「主、大丈夫ですか!?」
「…………」
親父が母さんを取り押さえる。隣ではミルフィアが急いで声をかけてきた。
俺は茫然自失としてしまって、額の痛みとか、母親にカップをぶつけられたとか、ぜんぜん頭が回らなくて。
ただ、床に落ちてる食器の欠片を片付けないと思い、椅子から下りるとしゃがんで拾おうと手を伸ばした。
「あなたはなにもしないで!」
その手が、止まった。
「どうして余計なことをするの!?」
叫び声に、金縛りにあったように体が動かない。
「落ち着くんだ」
親父が必死に母さんを宥めている。ミルフィアも俺の隣にしゃがみ込んだ。
「加豪、タオルを持ってきてください!」
「え、ええ! ……ってどこよ!?」
ミルフィアは加豪へ大声をかけてからすぐに俺に振り向くと肩を小さく揺らしてきた。
「主? 主?」
その間、俺はずっと割れた破片を見つめていた。
はは、やっぱりな。笑っちまう。
昔から、ここはなにも変わっていない。そんなの分かっていたはずなのに。
俺は立ち上がった。
「大丈夫だって、大げさなんだよ」
「でも」
心配そうに俺を見上げてくる。
「まったく、心配し過ぎだって。俺は服が濡れたから、ちょっと自分の部屋に行ってくるわ。悪いけど片付け頼むな」
俺は階段を昇り一人二階へと消えていった。
「それじゃあ冷めちゃうし、そろそろ食べ始めようか」
親父の言葉を合図にそれぞれがスプーンを持ち上げる。それで食べ始めようとした時、母さんは一人だけ手を合わせ目を瞑っていた。
最近ではしなくなっているという慈愛連立の食事前のお祈りだ。それでみなも食べるのを躊躇っている。
「私のことは気にしないで。好きに食べていいわよ」
食事の音がしないから分かったんだろう、母さんは祈ったままだったがみなへと声をかける。
だが、加豪はそうはしなかった。
「いえ、ここは倣います」
「優しいのね」
加豪は母さんと同じように手を合わせ目を閉じる。天和も目を閉じた。親父も嬉しそうにお祈りをする。
ミルフィアが俺を見てきた。するかどうかを問いかけてくる。
「……ち」
嫌だったが仕方がない、俺も目を閉じてお祈りをすることにした。
「もういいわ」
祈りの時間は終わり母さんから声がかけられる。
「ごめんなさいね。昔からの習慣なの」
母さんは加豪たちに小さく謝るとスプーンを手に取った。
「さあ、食べましょう」
食事が始まる。湯気の上がるカレーをスプーンで持ち上げみんな口へと運んでいった。
「うん! これはおいしいね」
ミルフィアたちの作ったカレーに親父がおいしいおいしいとベタ褒めしている。ホッとしたようで加豪も笑顔でカレーを食べていた。天和は黙々と食べている。
それで、母さんがカレーを口にした。
「おいしいわね」
カレーを食べた時、母さんは微笑んだ。
元気はまだないけれど、母さんはどこか楽しそうだった。こんな風に大勢で食事をしたことなんてなかった。
それがうれしいのだろうか。知らない母さんの一面を見つめるごとになぜか引け目を感じてしまう。
俺がカレーを食べながらそんなことを考えていると隣に座っているミルフィアが振り向いてきた。
「主、どうですか?」
「あ? ああ、おいしいよ」
何気なく返事をしてあとはひっそりとカレーを食べていく。食卓に目を向ければ母さんと対面に座っている加豪でカレーについて話していた。
笑ってる……。
加豪と話している母さんの顔は自然な笑顔だった。まるで娘と談笑する母親のように。料理という共通の話題に話が続いていく。
こんな母さんは、見たことがない。
『主には友人がいます。この気に家族との溝が縮まればいいなと』
ミルフィアの言葉が思い出される。友人を連れてきた今なら変わるんじゃないかと。事実母さんは笑っている。俺の前では見せない笑顔を浮かべている。
何年も見たことなかったのに。
母さんは笑ってる。
俺はどう受け止めればいいのか分からず、黙々とカレーを食べていた。
「おいしいわね」
母さんの声が聞こえてくる。
「それ、神愛にも手伝ってもらったんです」
「え?」
加豪の言葉が聞こえ顔を上げてみる。見れば母さんが食べていたのはオニオンスープだった。手伝ったといっても皮を剥いてスライスにしただけだけど。
でも。
俺が手伝った料理を食べて、母さんがおいしいと言ってくれた。
もしかしたら、褒められたりするのだろうか?
すると母さんはせき込み、オニオンスープの入ったカップを、俺に投げつけてきた。
「余計なことしないで!」
カップが額に直撃する。割れた破片が地面に落ちて、俺はスープでびしょ濡れだった。
この場が一瞬で凍りづく。
「アグネス! なにをするんだ?」
「主、大丈夫ですか!?」
「…………」
親父が母さんを取り押さえる。隣ではミルフィアが急いで声をかけてきた。
俺は茫然自失としてしまって、額の痛みとか、母親にカップをぶつけられたとか、ぜんぜん頭が回らなくて。
ただ、床に落ちてる食器の欠片を片付けないと思い、椅子から下りるとしゃがんで拾おうと手を伸ばした。
「あなたはなにもしないで!」
その手が、止まった。
「どうして余計なことをするの!?」
叫び声に、金縛りにあったように体が動かない。
「落ち着くんだ」
親父が必死に母さんを宥めている。ミルフィアも俺の隣にしゃがみ込んだ。
「加豪、タオルを持ってきてください!」
「え、ええ! ……ってどこよ!?」
ミルフィアは加豪へ大声をかけてからすぐに俺に振り向くと肩を小さく揺らしてきた。
「主? 主?」
その間、俺はずっと割れた破片を見つめていた。
はは、やっぱりな。笑っちまう。
昔から、ここはなにも変わっていない。そんなの分かっていたはずなのに。
俺は立ち上がった。
「大丈夫だって、大げさなんだよ」
「でも」
心配そうに俺を見上げてくる。
「まったく、心配し過ぎだって。俺は服が濡れたから、ちょっと自分の部屋に行ってくるわ。悪いけど片付け頼むな」
俺は階段を昇り一人二階へと消えていった。
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コメント
ノベルバユーザー190240
この母親くそだな