天下界の無信仰者(イレギュラー)
第四の神理
ミルフィアは頷いた後、身体が光の粒子となって散っていった。無数の欠片が空間を駆け巡る。この現象に驚きの声が上がる中、俺は当然のことのように受け止めていた。
そして、ミルフィアの光が俺の背後で結集していく。みるみると元のミルフィアが復元されていくが、身体は半透明で宙に浮いていた。俺を守護する聖霊のように、見守り威光を発している。
「いくぞミルフィア!」
片手を突き出す。同じようにミルフィアも前に出す。動作は連動しておりシンクロ率は百パーセント。
俺は己を世界に広げるようにして、神威(かむい)を宿した言葉を上げた。
「至高の信仰。それは神と出会うことである」
『おお、古き王よ。我らが主は舞い降りた。古の約束を果たすため』
それは屋上でミルフィアが歌った詩だった。俺の言葉にミルフィアが続く。二人で紡ぐ約束の歌が世界を変えていく。
「信じることはない。ただ感じよ、神はここにいる」
『我らは仰ぎ天を指す。己が全て、委ね救済をここに願おう』
俺にミルフィアの光が集まる。すると髪が変色し服装まで変形していった。髪はミルフィアと同じ金髪。学校の制服は純白の外套へと姿を変える。
この変化に当然三人も驚いた。目は驚愕に見開き口は唖然と閉じる。加えて、
「神は聖者と愚者の区別なく、愛し汝らを率いらん」
『天が輝き地が歌う。黄金の時は来たれり』
ミルフィアの言葉の後、俺たちを包むようにして黄金の炎が出現したのだ。一面に広がり壁を作る様は金塊のようであり、舞い上がる火の粉は金粉を思わせる。
「嘘!?」
「神愛(かみあ)君たちから炎が。でも、不思議と熱くない、むしろ」
「……温かい光ね」
三人は、現れた奇跡の御業に魅入っていた。それは万人に通じる至高の輝き。
「原初の創造が汝を導く。謳え、黄金の威光を!」
『おお、我が主。あなたがそれを望むなら!』
大気は歓喜にうねり、大地は喝采に震えた。四人はこの時、神を知る。
天下界に新たな理が誕生する。普遍の思想が世界を覆う。ここに、第四の神理(しんり)が顕現(けんげん)する――
「『王金調律・思想統一』」
第四の神理――王金調律。自分がされて嬉しいことは相手にもしてあげ、自分がされて嫌なことは相手にもしない思想。誰しもが相手を喜ばせ嫌な思いをさせないことで、苦しみはなくなり皆が幸せとなるでしょう。
それが第四の神理。王金調律。
目覚める神の息吹がこの場に充満する。空間すら震える様子はまるで胎動。生まれ出る鼓動に合わせて金色の炎が揺らめく。
さらには、左腕にまかれる腕章に変化が生じた。無印の生地に新たな信仰が刻まれたのだ。
それは第四の神理を表す印。富と権力の象徴、ダイヤを浮かべ、宿す色は王の証である黄金の輝き。
赤でも白でも緑でもない。王金調律の加護を受け、俺は新生していた。
「なにが、どうなっているのだ……?」
この場の誰しもが驚愕していた。狂信化しているヨハネですら目の前の事態に困惑している。
俺は金髪で白の外套を羽織り、黄金の炎を一帯に纏っているんだ。何より、無信仰者だった腕章に、見たこともないダイヤの印が輝いている。
「王金調律? 聞いたことがない。第四の神理? まさか、ある訳がない!」
俺が口にした新たな神理の名前を否定する。これが神理であるはずがないと。
そもそも、神理のでき方とは思想を神域にまで高めることで神になること。この一つしかなかった。しかし俺は黄金律を本当の意味で理解した瞬間に神理にしたのだ。順序がおかしい。
これではまるで、『思想がなかった神が、思想を得たことで神理になった』かのよう。
「あなたは、初めから神だったというのか?」
信じられないが可能性はある。ヨハネ先生は怖気ついた様子を見せるも、狂った信仰心が逃げることを封じていた。
「だが、相手がなんであれ私がやることは変わらない。平和のために、異物は世界から消えるがいい!」
ヨハネの号令と神託物の咆哮が合致する。彼女の一刀が狂気と共に襲いかかる。
だが、同時に俺も動いた。
神理とは人を導く真理。そのために自分ではなく他者へと強制するものであり本来とは真逆の現象が現れる。通常ならば自分がされて嬉しいことは人にもしてあげ、嫌なことは人にもしないというのが黄金律だが、神理になったことにより、自分がされて嬉しいことを『しろ』、自分が嫌がることは『するな』に変わる。
黄金の炎が俺を包み込む。『嬉しいことをしろ』を行なうために。黄金の炎は俺を覆い強化していった。強度が、硬度が、速度が、際限なく上昇していく。
目前にまで迫る羽を持つ者の一閃。直撃を前に、一瞬でヨハネ先生の側面に移動していた。瞬間移動すら思わせる高速度に、ヨハネは目でも追えていなかった。
「そこかッ」
俺を見つけ二撃目が振るわれる。即座に刺突が放たれるが、今度は満足に振るうことすら出来なかった。
「なに!?」
黄金の炎はツルのように神託物に巻き付き、鎖のように束縛していた。攻撃を妨害され動きが鈍る。
「遅すぎるぜ」
俺は余裕で回避し元の位置に戻る。
表情には高揚も憐憫もない。ただ黄金に輝く火柱が俺を称賛していた。
ここにきて、ヨハネ先生も黄金の炎の正体に気づいたのか顔を苦くする。
黄金の炎は王金調律の体現に他ならない。敵がいれば妨害し、存在するだけで俺を無限に強化していく。
俺はさらに黄金の炎を体育館中に広げた。ヨハネ先生だけでなく加豪たちも炎にさらされるが、黄金の炎に熱はなく、むしろ温かい。光に抱かれるように加豪たちからは安堵の表情が漏れていた。それだけでなく、起こった変化に加豪と恵瑠が反応した。
「腕の怪我が、治っていく?」
「すごい! 痛みが引いていきます!」
王金調律は他の神理とは違い二つの属性を持っている。嬉しいことをして、嫌なことはしない。強化と妨害。強化は治癒としても働き怪我を治していった。
それだけじゃない。俺は腕を天に翳し、攻勢に転じる。
「我が神造体、ミルフィアに命ずる」
ミルフィアは神託物(しんたくぶつ)じゃない。神託物とは神が信者に与えるもの。神が自分のために作ったものを、神託物とは呼ばない。
「はい、我が主」
俺からの呼びかけに幸福そうに返事を行ない、ミルフィアは腕を上げる。そして、神を補助するために作られた、神造体としての力を発揮する。
「異教徒に、我が理を布教せよ」
「我が主の、命ずるままに!」
神理を補助するための真理。ミルフィアが抱く絶対の信仰であり信念が力となって発現する。
思想統一。多神世界において俺しか崇めない、それ以外を認めない一神教的信仰。それがミルフィアの思想だった。そして思想を広める方法など古今東西、二つしか存在しない。
すなわち、『布教』か『弾圧』。
ミルフィアの指先から金色のベールが幾重にも重なり上空に広がっていく。波紋が伝わっていくようで宙が震えているようだ。
ミルフィアは布教を行ない金色の輪が広がる。それはヨハネ先生の頭上にも及び、瞬間、ヨハネ先生が苦悶(くもん)を浮かべた。さらには神託物、巨大な羽を持つ者が小さくなっていく。
「これは、まさか、私の信仰心が低下している!?」
信仰心が強くなればなるほど神託物は強くなる。反対に弱くなればその分弱くなる。ヨハネ先生は布教の影響で、『弱体化』していた。
神託物の彼女はヨハネ先生と変わらないほどの大きさまで縮まり、攻撃はおろか、妨害の炎で身動き一つ取れない状況にまで陥っていた。
まさに格好の的。勝負の趨勢は決し、神の一撃が幕を下ろす。
「ミルフィアに命ずる」
王金調律による強化と妨害の二重属性。思想統一による弱体化と弾圧による攻撃の二重属性。二つを合わせて今や四重属性。その最後の力を振り下ろす。
「我が理に反する愚者を、弾圧せよ!」
「我が主」
命令に、ミルフィアは一度深く瞼を閉じた。黄金に輝くこの時を胸に刻み込んでおくように。俺に命じられ全うする。幸福の一瞬を噛み締め味わい尽くすように。極まった至福の時間に身を震わせて、ミルフィアは瞼を開いた。
「はい。あなたがそれを望むなら!」
前に伸ばしたミルフィアの手に黄金の粒子が収束してく。球体を作り大きくなっていく。
頭上にはいくつもの金の輪が広がり、地面は黄金の炎が覆っている。すでに、この空間そのものが金で染め上っていた。この光景に見る者は言葉を失い神の偉大さを知るだろう。
天が輝き大地が歌う。黄金の時は来て、世界は神の威光を謳う。
俺は力強く、拳をヨハネに突き出した。
「いけぇええ!」
狂気に捉われた信仰から解放するべく、黄金の輝きが異教徒を弾圧する。ミルフィアがかき集めた黄金は巨大な円形となっており、弾けるようにしてこの場を覆った。
炎熱の爆発。破壊の業火。建物や他の三人に被害はなく、俺の望むものだけを燃やし尽くす。
視界は黄金一色に染まり、俺は温かな光を全身に浴びていた。次第に音も熱もなくなっていき、自分が黄金と一つになっていく。世界と同化し、自分も黄金の一部になっていく錯覚を感じていた。
そうして、気が付けばいつしか視界から炎が退いていた。目の前には炎どころか黄金の欠片もなく、気絶しているヨハネ先生が倒れていた。神託物は消えたようでどこにも見当たらない。脅威は去り、勝負は終わった。
「終わった、んだよな……」
両手を見つめてみる。服装は元の制服に戻り髪も黒くなっていた。
終わった。ようやく追いついた実感に疲れもが襲い掛かる。
「主」
「え?」
声を掛けられ振り返る。そうか、そうだよな。俺が元に戻ったんだから、お前もそうなるよな。
俺の背後には、片足をつき胸に手を当てている、ミルフィアが頭を下げていた。表情は微笑んでいる、俺の命令を果たせた幸福を感じているように。
まったく嫌になる。お前を笑顔にしてやろうといろいろ頑張ってきたというのに、こんなことであっさり笑いやがって。
そう思っていると、ミルフィアはゆっくりと俺を見上げてきた。
「私はあなたの奴隷。ですので、いつでも命令してください」
殊勝な奴隷だ。でもなミルフィア。俺は諦めないぜ。
俺はミルフィアに近づくと、肩を掴み、跪くミルフィアを立ち上がらせた。そして、抱き締めたんだ。
「主!? いけません!」
「いいから!」
華奢な体を今一度抱き締める。小さい背中に腕を回し、顔を胸に押し当てる。こんなにも小さな体で、ずっと俺のために働いてくれたんだよな。
「ありがとうな、ミルフィア」
感謝は一言。学のない俺にはこれが精一杯だ。もしかしたら他に相応しい言葉があるかもしれないが、あいにく、今はこれしか言う言葉が思いつかない。
はじめは抵抗を見せていたミルフィアだが、次第に落ち着き大人しくなっていった。そして俺に合せるように、背中に腕を回してくれたんだ。
「我が主、私はあなたの傍にいます。ずっと、例え来世でも」
声調は温かく、穏やかで。これがきっと黄金律で築いた、彼女の喜びなんだろう。
「我が主、あなたに永遠の忠誠を」
こうして俺を襲った事件は幕を閉じた。三人の友人と、一人の奴隷に助けられて。
手にした黄金は、胸の中でいつまでも燃えていた。
そして、ミルフィアの光が俺の背後で結集していく。みるみると元のミルフィアが復元されていくが、身体は半透明で宙に浮いていた。俺を守護する聖霊のように、見守り威光を発している。
「いくぞミルフィア!」
片手を突き出す。同じようにミルフィアも前に出す。動作は連動しておりシンクロ率は百パーセント。
俺は己を世界に広げるようにして、神威(かむい)を宿した言葉を上げた。
「至高の信仰。それは神と出会うことである」
『おお、古き王よ。我らが主は舞い降りた。古の約束を果たすため』
それは屋上でミルフィアが歌った詩だった。俺の言葉にミルフィアが続く。二人で紡ぐ約束の歌が世界を変えていく。
「信じることはない。ただ感じよ、神はここにいる」
『我らは仰ぎ天を指す。己が全て、委ね救済をここに願おう』
俺にミルフィアの光が集まる。すると髪が変色し服装まで変形していった。髪はミルフィアと同じ金髪。学校の制服は純白の外套へと姿を変える。
この変化に当然三人も驚いた。目は驚愕に見開き口は唖然と閉じる。加えて、
「神は聖者と愚者の区別なく、愛し汝らを率いらん」
『天が輝き地が歌う。黄金の時は来たれり』
ミルフィアの言葉の後、俺たちを包むようにして黄金の炎が出現したのだ。一面に広がり壁を作る様は金塊のようであり、舞い上がる火の粉は金粉を思わせる。
「嘘!?」
「神愛(かみあ)君たちから炎が。でも、不思議と熱くない、むしろ」
「……温かい光ね」
三人は、現れた奇跡の御業に魅入っていた。それは万人に通じる至高の輝き。
「原初の創造が汝を導く。謳え、黄金の威光を!」
『おお、我が主。あなたがそれを望むなら!』
大気は歓喜にうねり、大地は喝采に震えた。四人はこの時、神を知る。
天下界に新たな理が誕生する。普遍の思想が世界を覆う。ここに、第四の神理(しんり)が顕現(けんげん)する――
「『王金調律・思想統一』」
第四の神理――王金調律。自分がされて嬉しいことは相手にもしてあげ、自分がされて嫌なことは相手にもしない思想。誰しもが相手を喜ばせ嫌な思いをさせないことで、苦しみはなくなり皆が幸せとなるでしょう。
それが第四の神理。王金調律。
目覚める神の息吹がこの場に充満する。空間すら震える様子はまるで胎動。生まれ出る鼓動に合わせて金色の炎が揺らめく。
さらには、左腕にまかれる腕章に変化が生じた。無印の生地に新たな信仰が刻まれたのだ。
それは第四の神理を表す印。富と権力の象徴、ダイヤを浮かべ、宿す色は王の証である黄金の輝き。
赤でも白でも緑でもない。王金調律の加護を受け、俺は新生していた。
「なにが、どうなっているのだ……?」
この場の誰しもが驚愕していた。狂信化しているヨハネですら目の前の事態に困惑している。
俺は金髪で白の外套を羽織り、黄金の炎を一帯に纏っているんだ。何より、無信仰者だった腕章に、見たこともないダイヤの印が輝いている。
「王金調律? 聞いたことがない。第四の神理? まさか、ある訳がない!」
俺が口にした新たな神理の名前を否定する。これが神理であるはずがないと。
そもそも、神理のでき方とは思想を神域にまで高めることで神になること。この一つしかなかった。しかし俺は黄金律を本当の意味で理解した瞬間に神理にしたのだ。順序がおかしい。
これではまるで、『思想がなかった神が、思想を得たことで神理になった』かのよう。
「あなたは、初めから神だったというのか?」
信じられないが可能性はある。ヨハネ先生は怖気ついた様子を見せるも、狂った信仰心が逃げることを封じていた。
「だが、相手がなんであれ私がやることは変わらない。平和のために、異物は世界から消えるがいい!」
ヨハネの号令と神託物の咆哮が合致する。彼女の一刀が狂気と共に襲いかかる。
だが、同時に俺も動いた。
神理とは人を導く真理。そのために自分ではなく他者へと強制するものであり本来とは真逆の現象が現れる。通常ならば自分がされて嬉しいことは人にもしてあげ、嫌なことは人にもしないというのが黄金律だが、神理になったことにより、自分がされて嬉しいことを『しろ』、自分が嫌がることは『するな』に変わる。
黄金の炎が俺を包み込む。『嬉しいことをしろ』を行なうために。黄金の炎は俺を覆い強化していった。強度が、硬度が、速度が、際限なく上昇していく。
目前にまで迫る羽を持つ者の一閃。直撃を前に、一瞬でヨハネ先生の側面に移動していた。瞬間移動すら思わせる高速度に、ヨハネは目でも追えていなかった。
「そこかッ」
俺を見つけ二撃目が振るわれる。即座に刺突が放たれるが、今度は満足に振るうことすら出来なかった。
「なに!?」
黄金の炎はツルのように神託物に巻き付き、鎖のように束縛していた。攻撃を妨害され動きが鈍る。
「遅すぎるぜ」
俺は余裕で回避し元の位置に戻る。
表情には高揚も憐憫もない。ただ黄金に輝く火柱が俺を称賛していた。
ここにきて、ヨハネ先生も黄金の炎の正体に気づいたのか顔を苦くする。
黄金の炎は王金調律の体現に他ならない。敵がいれば妨害し、存在するだけで俺を無限に強化していく。
俺はさらに黄金の炎を体育館中に広げた。ヨハネ先生だけでなく加豪たちも炎にさらされるが、黄金の炎に熱はなく、むしろ温かい。光に抱かれるように加豪たちからは安堵の表情が漏れていた。それだけでなく、起こった変化に加豪と恵瑠が反応した。
「腕の怪我が、治っていく?」
「すごい! 痛みが引いていきます!」
王金調律は他の神理とは違い二つの属性を持っている。嬉しいことをして、嫌なことはしない。強化と妨害。強化は治癒としても働き怪我を治していった。
それだけじゃない。俺は腕を天に翳し、攻勢に転じる。
「我が神造体、ミルフィアに命ずる」
ミルフィアは神託物(しんたくぶつ)じゃない。神託物とは神が信者に与えるもの。神が自分のために作ったものを、神託物とは呼ばない。
「はい、我が主」
俺からの呼びかけに幸福そうに返事を行ない、ミルフィアは腕を上げる。そして、神を補助するために作られた、神造体としての力を発揮する。
「異教徒に、我が理を布教せよ」
「我が主の、命ずるままに!」
神理を補助するための真理。ミルフィアが抱く絶対の信仰であり信念が力となって発現する。
思想統一。多神世界において俺しか崇めない、それ以外を認めない一神教的信仰。それがミルフィアの思想だった。そして思想を広める方法など古今東西、二つしか存在しない。
すなわち、『布教』か『弾圧』。
ミルフィアの指先から金色のベールが幾重にも重なり上空に広がっていく。波紋が伝わっていくようで宙が震えているようだ。
ミルフィアは布教を行ない金色の輪が広がる。それはヨハネ先生の頭上にも及び、瞬間、ヨハネ先生が苦悶(くもん)を浮かべた。さらには神託物、巨大な羽を持つ者が小さくなっていく。
「これは、まさか、私の信仰心が低下している!?」
信仰心が強くなればなるほど神託物は強くなる。反対に弱くなればその分弱くなる。ヨハネ先生は布教の影響で、『弱体化』していた。
神託物の彼女はヨハネ先生と変わらないほどの大きさまで縮まり、攻撃はおろか、妨害の炎で身動き一つ取れない状況にまで陥っていた。
まさに格好の的。勝負の趨勢は決し、神の一撃が幕を下ろす。
「ミルフィアに命ずる」
王金調律による強化と妨害の二重属性。思想統一による弱体化と弾圧による攻撃の二重属性。二つを合わせて今や四重属性。その最後の力を振り下ろす。
「我が理に反する愚者を、弾圧せよ!」
「我が主」
命令に、ミルフィアは一度深く瞼を閉じた。黄金に輝くこの時を胸に刻み込んでおくように。俺に命じられ全うする。幸福の一瞬を噛み締め味わい尽くすように。極まった至福の時間に身を震わせて、ミルフィアは瞼を開いた。
「はい。あなたがそれを望むなら!」
前に伸ばしたミルフィアの手に黄金の粒子が収束してく。球体を作り大きくなっていく。
頭上にはいくつもの金の輪が広がり、地面は黄金の炎が覆っている。すでに、この空間そのものが金で染め上っていた。この光景に見る者は言葉を失い神の偉大さを知るだろう。
天が輝き大地が歌う。黄金の時は来て、世界は神の威光を謳う。
俺は力強く、拳をヨハネに突き出した。
「いけぇええ!」
狂気に捉われた信仰から解放するべく、黄金の輝きが異教徒を弾圧する。ミルフィアがかき集めた黄金は巨大な円形となっており、弾けるようにしてこの場を覆った。
炎熱の爆発。破壊の業火。建物や他の三人に被害はなく、俺の望むものだけを燃やし尽くす。
視界は黄金一色に染まり、俺は温かな光を全身に浴びていた。次第に音も熱もなくなっていき、自分が黄金と一つになっていく。世界と同化し、自分も黄金の一部になっていく錯覚を感じていた。
そうして、気が付けばいつしか視界から炎が退いていた。目の前には炎どころか黄金の欠片もなく、気絶しているヨハネ先生が倒れていた。神託物は消えたようでどこにも見当たらない。脅威は去り、勝負は終わった。
「終わった、んだよな……」
両手を見つめてみる。服装は元の制服に戻り髪も黒くなっていた。
終わった。ようやく追いついた実感に疲れもが襲い掛かる。
「主」
「え?」
声を掛けられ振り返る。そうか、そうだよな。俺が元に戻ったんだから、お前もそうなるよな。
俺の背後には、片足をつき胸に手を当てている、ミルフィアが頭を下げていた。表情は微笑んでいる、俺の命令を果たせた幸福を感じているように。
まったく嫌になる。お前を笑顔にしてやろうといろいろ頑張ってきたというのに、こんなことであっさり笑いやがって。
そう思っていると、ミルフィアはゆっくりと俺を見上げてきた。
「私はあなたの奴隷。ですので、いつでも命令してください」
殊勝な奴隷だ。でもなミルフィア。俺は諦めないぜ。
俺はミルフィアに近づくと、肩を掴み、跪くミルフィアを立ち上がらせた。そして、抱き締めたんだ。
「主!? いけません!」
「いいから!」
華奢な体を今一度抱き締める。小さい背中に腕を回し、顔を胸に押し当てる。こんなにも小さな体で、ずっと俺のために働いてくれたんだよな。
「ありがとうな、ミルフィア」
感謝は一言。学のない俺にはこれが精一杯だ。もしかしたら他に相応しい言葉があるかもしれないが、あいにく、今はこれしか言う言葉が思いつかない。
はじめは抵抗を見せていたミルフィアだが、次第に落ち着き大人しくなっていった。そして俺に合せるように、背中に腕を回してくれたんだ。
「我が主、私はあなたの傍にいます。ずっと、例え来世でも」
声調は温かく、穏やかで。これがきっと黄金律で築いた、彼女の喜びなんだろう。
「我が主、あなたに永遠の忠誠を」
こうして俺を襲った事件は幕を閉じた。三人の友人と、一人の奴隷に助けられて。
手にした黄金は、胸の中でいつまでも燃えていた。
コメント