天下界の無信仰者(イレギュラー)
対面
「宮司さん……」
俺を見つめ、ヨハネ先生は驚いていた。いつも笑顔を絶やさない男が意外そうに見つめてくる。だが、反対に俺は怒り心頭だった。
「言っておくがなぁ、俺は今ブチギレてるぜ。なんだよこれはぁ!?」
目の前にはヨハネと武装をした巨大な女性がいる。そして周りには加豪や恵瑠、天和が倒れている。ここで何が行われていたのか一目瞭然だ。
「なんでこんなことをしてるんだ!?」
「神愛、逃げてぇ!」
そこで背後から加豪の声が聞こえてきた。振り向くとうつ伏せの加豪が顔を上げている。
加豪。ずっと学校に来ておらず姿を隠していた。もしかしたら加豪が事件の犯人かもしれないと思ったことがないと言えば嘘になる。
だけど、こうして出会って俺が思ったのは、怒りなんかではなく久しぶりに出会えた喜びだった。今も、加豪が犯人とは思えない。
そんな気の抜けた俺に、加豪が訴えた。
「早く逃げて! ヨハネ先生が、事件の犯人だったのよ!」
「え?」
その言葉に、頭を殴られたようだった。
ちょっと待て。ヨハネ先生が事件の犯人? 加豪の言葉に怒りも忘れる。否定しようとして、だけど出来なかった。そうだ、そもそもこの状況で何故その可能性を思わなかったんだ?
それは確信があったからだ。あれほど人に優しくて、俺にも接してくれたヨハネ先生が殺すはずがないって。
俺はヨハネ先生を見つめる。違うよな? 口にはせず視線だけを送る。
そんな俺に、ヨハネ先生は苦い表情を浮かべた。
「宮司さん。出来れば、あなたには知られたくなかった」
「嘘だろ……」
胸の中で、なにかが砕けていく。本人から肯定される。最悪の事態だった。それでも信じられない。いや、信じたくない!
「うそだろ? なあ!?」
返事はない。答えは無言。言外に伝えられる意味が、俺の抵抗を易々と打ち砕く。
「なんで……、なんでだよ! なんでよりにもよってあんたなんだよ!?」
信じられなかった。考えたこともなかった。
誰よりも初めに温かく接してくれた人。無信仰者の俺にも平等で、恩師という存在があるならそれはあんただ。黄金律を教えてくれたのもあんただった。
なのに、殺そうとしてきたのもあんただって!?
「なんで、だよ……!」
怒りの目で睨み付ける。だけど心は悲しくて、両手は悔しくて拳を作っていた。どうして? 元から無信仰者を敵視していた人間ならまだしも、どうして!?
そこで、質問したのは恵瑠だった。
「分かりません! どうして先生が? ヨハネ先生は慈愛連立の信者じゃないですか? それが神愛君を殺そうとするなんて!」
「その疑問、主張、ええ、よく分かります」
微笑みを保っているがヨハネの声は寂しそうだった。己の矛盾を自覚しているのか弁解すらしない。
「狂わなければ分からない。いえ、もとより仕組みが狂っているのですよ」
「……どういうことだよ?」
「あなたには、説明しなければなりませんね……」
ヨハネ先生の様子はおかしい。冷静そうに見えるが実は狂信化しているのかもしれない。その男が語る『狂っている』とは一体どういうことなのか。なによりどうして俺を殺そうとした? 俺たちは黙り込み、ヨハネの言葉を待った。
しかし、続いて出てきたのは、まったく予想外のものだった。
「宮司さん、あなたは『輪廻界』をご存じですか?」
「輪廻界?」
言葉の意味でなら知っている。しかしそれはあくまで知識という話であって、俺は輪廻界を体験したことがなかった。何故ここでそんな話題が出てくるのか分からない。
答えようとするが、その前にヨハネは小さく首を振った。
「いえ、知らないでしょう。しかし我々、あなたを除くすべての人は知っています。輪廻界。それは始まりの地。まだ生まれる前、魂の時に誰しもが寄る場所なのです」
人々が生きている天下界。神々がいる天上界。その中間にある世界が輪廻界だと聞いている。
人は天下界に生まれる前、輪廻界で魂として誕生の準備を整える。それから晴れて人として生まれる。俺という例外はいるが、全ての人はそうした経緯があるらしい。
「そこには名もなき案内人というのがいましてね。その時の私たちは魂ですから、当然目もなければ耳もない。そのため印象は人それぞれで、ある者は男だとか、またある者は女性だとか。他にも老人、若者、子供と様々ですが、まあ、そうした存在がいるのです。そこで案内人は神理を説明してくれます。これは親や環境に左右されず、神理を自ら選べる配慮である、と言ってね。なるほど親切。ですが、騙されてはいけない」
「騙される?」
俺を見つめ、ヨハネ先生は驚いていた。いつも笑顔を絶やさない男が意外そうに見つめてくる。だが、反対に俺は怒り心頭だった。
「言っておくがなぁ、俺は今ブチギレてるぜ。なんだよこれはぁ!?」
目の前にはヨハネと武装をした巨大な女性がいる。そして周りには加豪や恵瑠、天和が倒れている。ここで何が行われていたのか一目瞭然だ。
「なんでこんなことをしてるんだ!?」
「神愛、逃げてぇ!」
そこで背後から加豪の声が聞こえてきた。振り向くとうつ伏せの加豪が顔を上げている。
加豪。ずっと学校に来ておらず姿を隠していた。もしかしたら加豪が事件の犯人かもしれないと思ったことがないと言えば嘘になる。
だけど、こうして出会って俺が思ったのは、怒りなんかではなく久しぶりに出会えた喜びだった。今も、加豪が犯人とは思えない。
そんな気の抜けた俺に、加豪が訴えた。
「早く逃げて! ヨハネ先生が、事件の犯人だったのよ!」
「え?」
その言葉に、頭を殴られたようだった。
ちょっと待て。ヨハネ先生が事件の犯人? 加豪の言葉に怒りも忘れる。否定しようとして、だけど出来なかった。そうだ、そもそもこの状況で何故その可能性を思わなかったんだ?
それは確信があったからだ。あれほど人に優しくて、俺にも接してくれたヨハネ先生が殺すはずがないって。
俺はヨハネ先生を見つめる。違うよな? 口にはせず視線だけを送る。
そんな俺に、ヨハネ先生は苦い表情を浮かべた。
「宮司さん。出来れば、あなたには知られたくなかった」
「嘘だろ……」
胸の中で、なにかが砕けていく。本人から肯定される。最悪の事態だった。それでも信じられない。いや、信じたくない!
「うそだろ? なあ!?」
返事はない。答えは無言。言外に伝えられる意味が、俺の抵抗を易々と打ち砕く。
「なんで……、なんでだよ! なんでよりにもよってあんたなんだよ!?」
信じられなかった。考えたこともなかった。
誰よりも初めに温かく接してくれた人。無信仰者の俺にも平等で、恩師という存在があるならそれはあんただ。黄金律を教えてくれたのもあんただった。
なのに、殺そうとしてきたのもあんただって!?
「なんで、だよ……!」
怒りの目で睨み付ける。だけど心は悲しくて、両手は悔しくて拳を作っていた。どうして? 元から無信仰者を敵視していた人間ならまだしも、どうして!?
そこで、質問したのは恵瑠だった。
「分かりません! どうして先生が? ヨハネ先生は慈愛連立の信者じゃないですか? それが神愛君を殺そうとするなんて!」
「その疑問、主張、ええ、よく分かります」
微笑みを保っているがヨハネの声は寂しそうだった。己の矛盾を自覚しているのか弁解すらしない。
「狂わなければ分からない。いえ、もとより仕組みが狂っているのですよ」
「……どういうことだよ?」
「あなたには、説明しなければなりませんね……」
ヨハネ先生の様子はおかしい。冷静そうに見えるが実は狂信化しているのかもしれない。その男が語る『狂っている』とは一体どういうことなのか。なによりどうして俺を殺そうとした? 俺たちは黙り込み、ヨハネの言葉を待った。
しかし、続いて出てきたのは、まったく予想外のものだった。
「宮司さん、あなたは『輪廻界』をご存じですか?」
「輪廻界?」
言葉の意味でなら知っている。しかしそれはあくまで知識という話であって、俺は輪廻界を体験したことがなかった。何故ここでそんな話題が出てくるのか分からない。
答えようとするが、その前にヨハネは小さく首を振った。
「いえ、知らないでしょう。しかし我々、あなたを除くすべての人は知っています。輪廻界。それは始まりの地。まだ生まれる前、魂の時に誰しもが寄る場所なのです」
人々が生きている天下界。神々がいる天上界。その中間にある世界が輪廻界だと聞いている。
人は天下界に生まれる前、輪廻界で魂として誕生の準備を整える。それから晴れて人として生まれる。俺という例外はいるが、全ての人はそうした経緯があるらしい。
「そこには名もなき案内人というのがいましてね。その時の私たちは魂ですから、当然目もなければ耳もない。そのため印象は人それぞれで、ある者は男だとか、またある者は女性だとか。他にも老人、若者、子供と様々ですが、まあ、そうした存在がいるのです。そこで案内人は神理を説明してくれます。これは親や環境に左右されず、神理を自ら選べる配慮である、と言ってね。なるほど親切。ですが、騙されてはいけない」
「騙される?」
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