天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

誕生日2

 加豪かごう恵瑠えるがきょろきょろしているが、ほぼ初対面で話題がない。結局ジュースをちびちび口につけて誤魔化しているだけの超虚しい空気になっている。

 やばい! 考えるんだ俺。すぐに、なんでもいいからすぐに話を出すんだ!

「そ、それでぇ……」

 するとミルフィアを除いた三人がバッと見つめてきた。

 こっち見んな! くそ、どうする。とっさに話題なんて出せねえぞ?

 それで俺は躊躇いながらも、一人に顔を向けてみた。

「その…………、恵瑠える、お前から話はないのか?」

「ボクぅうう!?」

 突然の無茶ブリに、恵瑠えるは顔に指を差して驚いていた。

「ボクですか!?」

「いや、ほらさ、恵瑠(える)さんってあれでしょ? 慈愛連立じあいれんりつでしょ? こうした場を和ませる話の一つや二つあるのかなあ~って。なくてもなんとかしてくれるかなあ~って。いや、きっとしてくれるよ、だって慈愛連立じあいれんりつだもんなあ~て、うん」

神愛かみあ、あんた……」

 うるせえ加豪かごう。そんな目で俺を見るな。

「あの、えっとぉ~……」

 恵瑠えるがテンパっている。キョロキョロと視線を動かし変な汗が大量に吹き出していた。

 これはまずいな。

 それが分かったのか加豪かごうが俺に振り向いた。

「ねえ神愛かみあ、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだよ」

 ナイス話の切り替え。それで恵瑠えるがふーと息を吐いている。

 それはそれで良かったのだが、次の質問がまずかった。

「あんたとミルフィアってどういう関係なの?」

「ああ、俺とミルフィアか。俺とミルフィアは…………あ」

 しまった! こいつとの関係を説明してなかった!

「いや、その~」

「どうしたのよ? 早く教えなさいよ」

 加豪かごうが急かしてくる。それで他の二人も俺を見てきた。

「いや、なんでもないって。ただの幼馴染っていうか」

「いえ、違います主」

 ミルフィアてめえ!

「え、ミルフィアどういうこと?」

「私は主の――」

「止めろぉおおおお!」

「奴隷です」

 瞬間、世界が静止した・

「「ええええええ!」」

 加豪かごうと恵瑠(える)が大声で驚く。天和てんほだけが「ふふ」と小さく笑っていた。

「え、ミルフィアそれ本気で言ってるの?」

「はい。私は生まれた時から主の奴隷です」

「ちげえよ!」

「サイテー、神愛かみあ、私帰るわ」

「ちょっと待ってくれ!」

 立ち上がろうとする加豪かごうをなんとかとどめるが、まるで汚物を見るような目で見られた!

「違うんだ、まずはみんな俺の話を聞いてくれ!」

懺悔ざんげですか?」

「ちげええ! 黙ってろ恵瑠える!」

 とりあえずみんなを座らせ俺だけが立ち上がる。

「いいから待て! 違う、ミルフィアはこう言ってるが俺にそんな気なんてない。本当は友達になりたいって思ってるくらいだ。だけどこいつは奴隷奴隷うるさくて友達になってくれないし友達もいない。だから友達を作って欲しいって、こうして誕生会を開いたんだよ」

「で、本当は?」

「黙れ天和てんほ!」

神愛かみあ、本当でしょうね?」

「本当だ。頼む、信じてくれ……。俺をこれ以上みじめな気持ちにしないでくれ……」

 俺はゆっくりと座り込む。はあ、なんてこったい。

「大丈夫ですよ神愛かみあ君!」

 その時だった。恵瑠えるが明るい声で、俺を励ましてくれたのだ。

 お、お前ってやつは。ありがとうな恵瑠える

「ボクもイヤス様に作られた奴隷みたいな存在ですけど、生まれてきて良かったって思ってますもん!」

「…………」

 なに言ってんだこいつ。

「みんな、こいつは透明人間だから気にしないでくれ」

「やったー! ボク透明人間だ!」

 ちげえよ。

 心の中でツッコむが恵瑠(える)は元気よく立ち上がった。

「よーし、それじゃいたずらしちゃおうかな~。まずは加豪かごうさんにしよーと! くっくっくっ、きっと加豪かごうさん驚くぞ~」

 ニコニコ笑いながら恵瑠える加豪かごうの背後に歩いていく。

 しかし、加豪かごうが振り返った。

恵瑠える、あんた見えてるわよ?」

「え……」

 恵瑠えるの笑顔が退いていき、二人はそのまま見つめ合った。

 そして恵瑠えるは俯き、自分の席に座ると体育座りで顔を埋めた。

「そ、それで話を戻すんだけどさ」

 切り返しと加豪かごうが再び聞いてくる。ただし、今度の質問は俺ではなくミルフィアだった。

「どうしてミルフィアは神愛(かみあ)の奴隷なの? すごく気になるんだけど」

「あー……、聞いても無駄だと思うぞ?」

「どういう意味よ?」

「すぐに分かるさ」

 疑問に思うのはよく分かる。しかし無理だ、俺がどれだけ試したと思ってる。

 当然、ミルフィアの答えはいつもと同じだった。

宮司みやじ神愛かみあが王であり、私がその奴隷だからです」

「……えっとー」

「な?」

 こんなの会話じゃない。理解出来たらテレパシーだ。

「どうして奴隷にこだわるの? 神愛かみあは望んでないようだし、別の関係でもいいんじゃない?」

「それが私の役目であり、同時に、私が決めたことなのです」

 ミルフィアの声は落ち着いている。冗談で言っているようには聞こえない。加豪かごうは眉頭を近づけ難しい顔をしていたが、俺は両手を上げて見せてやった。

「まあ、二人の関係はいいや。じゃあミルフィアのこと教えてよ。好きな食べ物とか、歌とか」

「私の好きなもの、ですか?」

 ミルフィアに投げ掛けられた質問に俺の方が驚いた。今更気づいた。そういえば俺、ミルフィアのそういうのを聞いたことがなかった。

「そうよ、なにがある?」

 会話らしい会話に加豪かごうの声も柔らかい。ミルフィアは思案しあんする仕草を見せた後、すぐに口を開いた。

「好きな食べ物というのは特にありません。ですが好きな歌でしたら、一つあります」

 マジか? 意外だった。ミルフィアとそうしたものってなかなか結び付きがなくて。てか俺知らないんだけど? ずっと一緒にいたのに。くそ、不甲斐ないッ!

「ねえ、どんな歌よ? 曲名は?」

「申し訳ありません、名前はないのです」

「名前がない? うーん、どんな歌なんだろう」

「よければ歌いましょうか?」

 マジで!?

「ちょっと待て、ミルフィア、いいのか?」

「はい。主が反対するのでしたら止めますが」

「いや、そんなんじゃない。お前がいいならいいんだが」

 マジか。ミルフィア歌うの? てか歌えたの!? そして聴けるの!?

 自然と皆の視線がミルフィアに集まる。ミルフィアは瞳を静かに閉じると、頭上に広がる青空に向けて、彼女が好きという曲を歌い出した。

「おお、古き王よ。我らが主は舞い降りた。古の約束を果たすため」

 それは歌というよりも詩のようだった。けれどミルフィアの美声に載って紡がれる言葉は耳に心地よく、青空に溶けていく。

「我らは仰ぎ天を指す。己が全て、委ね救済を願おう

 天が輝き地が歌う。黄金の時は来たれり

 おお、我が主。あなたがそれを望むなら」

 ミルフィアの澄んだ歌声には意識を惹きつける魅力があって、つい入り込んでいた。

「なあミルフィア、今のは?」

 隣ではミルフィアが顔を上げたまま目を瞑っている。まぶたをゆっくりと開き、柔和(にゅうわ)な眼差しが向けられる。

「はるか昔に結んだ、約束の歌です」

「約束?」

 浮かぶ疑問に、ミルフィアは微笑んだ。

「はい。いつの日か古の王が帰還して、新たな世界をつくる歌です」

 そういうとミルフィアは再び目を閉じ、片手を胸に当てていた。

「この歌を歌うと思い出します。主の傍にこうしていること。その意義と喜びを。一緒にいる、それだけでどれだけ素敵なことか」

 微笑の中、ミルフィアの瞳は閉じている。そっと開いた双眸そうぼうからは、安心に似た幸福が宿っていた。

「主。私は主の奴隷ですが、それでも幸せです。あなたの傍にいられるという喜び。それが主には、失礼ですが分からないでしょう。ですがそれでもいいのです。ただ、私の気持ちは変わりません」

 片手を胸に当てるのは忠誠の証。ミルフィアの言葉にどれだけの思いが詰まっているのか、彼女の言う通り、俺には分からない。だけど。

「こうしてあなたと共にいられること。私は、それがとても嬉しいんです」

 彼女が本当にそう言っていることは、俺にも分かった。

「お、おお。うん。まあ、お前が幸せでなによりだよ」

「はい」

 しかしそんなことを真顔で、しかも他の人がいる中で言われると困ると言うか、照れる。俺は視線を逸らし、そんな様子を加豪かごうが「フフ」と笑っていた。

 まったく。でも嬉しいから、まあいいか。

 それで俺は視線を中央に戻すが、そこで恵瑠えるが顔を埋めているのに気付いた。こいつ、まだ落ち込んでたのか。

「おい恵瑠える不貞腐ふてくされれてないでそろそろ起きろ。悪かったよ透明人間とか言って」

 俺は身を乗り出し恵瑠(える)の体を揺らそうとする。手を伸ばすが、そこで信じられないものが聞こえてきた。

「ぐぅー……」

「寝てんのか!」

 思わずツッコむ。いつからだ、まさか顔をうずめてすぐ寝てたのか。

「あれ、ボク……。あ! 早く一等の宝くじ交換しないと!」

「安心しろ、それは夢だ」

「ボクが悪の怪獣を倒すのも?」

「それも夢だ」

「実はボクたちがライトノベルのキャラクターだというのも?」

「すべて夢だ」

「嘘だぁあああああ!」

 恵瑠(える)の悲鳴が屋上に響く。なんともこいつらしい反応に自然と笑みが零れる。

「ふふ」

 その時だった。ふと隣を見れば、ミルフィアが笑ったのだ。

「ミルフィア、お前」

「なんでしょうか、主?」

 俺が名前を呼んだことでミルフィアは表情を整えて振り返る。そこにはさっきまでの笑みはなかったが、明るい表情にちゃんと余韻(よいん)が残っていた。

「……いや、なんでもない」

 そう言って俺は内心微笑んでいた。

 やって良かった。まるで黄金に輝く昼下がり。太陽と青空。そして目の前にいる三人。

 そして、隣にいるミルフィア。彼女の笑顔がもっと増えるようにと、俺はみんなの輪の中で思っていた。

コメント

  • 椎名ななせ

    「実は僕がアニメのキャラっていうのも?」
    だったら、こいつちゃんとアニメ化まで視野入れてやがると尊敬するとこだった。

    3
  • エルス・ギルバート

    「実は僕がライトノベルのキャラクターって言うのも?」
    ...この世界の仕組みに気づいてやがる

    10
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