軍隊の王様

井上数樹

王様、西の国に出掛ける。

 あるところに、一人の王様がいました。

 年若く、とても元気でたくましい男の人で、国中の兵隊はみんな王様にあこがれていました。王様も、自分を慕ってくれる兵隊たちが好きだったので、食べ物は兵隊たちと同じものを食べ、寝る時はいつもシーツ一枚きりで眠りました。ましてや戦いともなれば負け無し。そんな王様は、いつしか軍隊の王様と呼ばれるようになっていました。

 さて、そんな王様の耳にある日、遥か西の王国を治めている女王様の噂が届いてきました。

 なんでも、女王様はこの世界の美しい言葉を尽くしても足りないほどきれいな方で、そのうえ知らないものは何一つないほど賢いというのです。同い年ということもあって、王様は居ても立っても居られなくなりました。


「そんな人がいるのなら、ぜひとも私の妃になってほしい」


 王様はそう叫ぶやいなや、ひらりと馬に乗って走って行ってしまいました。

 ところがそれを兵隊たちも見ていたものですから、めいめい馬に乗って王様についていってしまいました。その数は一万人にもおよび、馬の足音が雷のように、どどどどどっ、と響き渡りました。それを見ていた人々はびっくり仰天してしまいました。

 さて、西の王国までやってきた軍隊の王様は、城壁に向かって大声で名乗りをあげました。


「私は東の野原の国の王です。西の国を治める女王様を妃に迎えたく思い、参上しました。どうかお姿をお見せください」


 ところが、城壁まで見に来ていた女王様は、家々の屋根までびりびりと震わせる王様の大声に驚いてしまいました。そして、都を取り囲む一万人の軍隊を見て、すっかり恐ろしくなってしまいました。もし王様を怒らせて、あの軍隊をけしかけられたら、ひとたまりもありません。

 そこで、賢い女王様はこんなことを考えました。


「東の王様。はるばるわたくしを訪ねていただき、感謝の言葉もありません。けれどもわたくしは、わたくしの三つの願いを叶えてくれる方と結婚することに決めております」


「ぜひ、あなたの願いをお聞かせください。きっと叶えてみせましょう」


 軍隊の王様は自信満々で返事をしました。

 さて、女王様の一つ目のお願いは、こういうものでした。


「わたくしの寝室に、薔薇を挿した花瓶があります。その花瓶を砕いてみせてください。
 ただし、あなたは城壁の内側に入ってはなりません」


 実のところ、女王様は無礼な求婚者が来るたびに、この問題を出して追い払っているのでした。今度の王様も、頭をひねった挙句に帰ってくれると思ったのです。自分を好きになってくれるのは少し、ほんの少しだけ嬉しかったけれど、女王様はまだ結婚するつもりはありませんでした。

 ところが、軍隊の王様は一味違いました。


「たしかに、うけたまわりました」


 軍隊の王様は自信満々で答えました。そして、一週間だけ時間を貰うと、したくをするために国に帰っていきました。

 さて、女王様は「これでひとあんしん」と思い、いつも通りの暮らしに戻りました。実のところ、あんな王様のために割く時間は無いくらい、女王様は忙しかったのです。先だって、大きな洪水があり、つつみの崩れてしまった村があったのです。女王様の一週間は、それをどうやって直すか考えるために使われました。

 約束の日の朝も、女王様はベッドの中でそのことばかり考えていました。東の国の王様のことなんて、ちっとも憶えていません。ですから、地面を震わせる大きな雷のような音が聞こえてきた時、薔薇の花瓶と一緒に床におっこちてしまいました。

 王国の誰かが神様のお怒りを買ったのか、と女王様は思いました。ひっくり返ったのは女王様だけではなくて、お城の召使いに大臣、兵士、果ては勇猛で鳴らした将軍さえも机の下に飛び込んだほどです。ましてや、町の人々は恐ろしくてたまりませんでした。

 頭の上に枕を乗せたまま、女王様ははっと気が付きました。今日が約束の一週間目です。寝間着姿もそのままに、女王様は大慌てで城壁に向かいました。

 果たしてそこには、火山のように大きな大砲とたくさんの砲兵を連れた王様が、せっせと火薬を詰め込んでいるところでした。

 女王様はカンカンになって怒りました。空砲だという言い訳も、お怒りに油を注ぐだけです。なにしろ王様が持ち出した大砲のおかげで、聖堂のステンドグラスが割れるわ、馬車馬が気絶するわ、大騒ぎとなったからです。

 しかし王様は、確かに女王様の出したお願いを解決しました。軍隊の王様の行いは確かに大迷惑でしたが、大勢の国民も、王様が問題を解決したことを認めたのです。こうなると、女王様も渋々認めるしかありませんでした。


「では、私と結婚してくださいますか?」


 城壁の真下に立った王様は、火薬の煤のついた顔に笑顔を浮かべて言いました。

 心のなかではカンカンに怒っていた女王様ですが、ピンと一つ閃きました。女王様は身を乗り出してこう言いました。


「王様にはとても驚かされました。けれど、わたくしの願い事は一つではありません。あと二つ叶えてくださらなければ、結婚はできません」


「しょうちしておりますとも。どうぞ、なんなりとお申し付けください」


 さて、女王様の二つ目のお願いは、こういうものでした。


「都の北にある堤防がくずれてしまって、おおぜいの村人がこまっています。どうか、王様のお力で皆を助けてくださいませんか?」


「お安いごようです。一週間で直してみせましょう」


 王様は軍隊をひきつれて、意気揚々と出かけて行ってしまいました。それを見た女王様は、しめしめと笑顔を浮かべました。これで、自分の国のお金を使わないですんだからです。

 ところがこの様子を見ていた大臣たちは、女王様があまりに簡単なお願いを出したのを見て驚いていました。王様の一万人の軍隊があれば、堤防を直すくらい簡単なことです。ひょっとしたら、張り切って三日で終わらせてしまうかもしれません。

 ですが、女王様は少しもあわててはいませんでした。女王様はチェスの名人でもあったので、次に何が起きて、そのさらに次には何が起きるのか、すっかりお見通しだったのです。

 はたして、王様は三日で堤防の仕事を終わらせてしまいました。一万人の軍隊の先頭に立って、泥まみれの汗まみれになりながら、泥水をくみ出し丸太を運び、土や石が詰まった袋を堤防の穴に投げ込みました。兵隊たちも、自分たちに先立って働く王様に負けじと懸命に働きました。

 最初は王様と軍隊に怯えていた北の村人たちも、太陽のように活発な王様の姿と働きぶりに心を打たれて、すっかり王様のことが好きになってしまいました。

 さて、一仕事を終わらせた王様は、意気揚々と女王様のもとに戻りました。女王様は王様の働きぶりに感激してお礼を言いましたが、城壁から下りてくることはありませんでした。

 困ったのは大臣たちです。思った通り、軍隊の王様はあっさりと仕事をこなしてしまいました。女王様のお願いはあと一つしか残っていません。もしそれが叶えられてしまったら、あの粗野な王様が自分たちの国をおさめることになるのです。

 しかし、女王様はこれっぽっちもあわてていません。なぜなら、三つ目のお願いは、軍隊の王様には絶対に叶えられないと思っていたからです。

 城壁の上から、女王様は言いました。


「軍隊の王様、残すお願いも一つとなりました。わたくしの最後の願い事を聴いてくださいますか?」


「ぜひ、お聞かせください。なんでも叶えてさしあげましょう」


 さて、女王様の最後のお願いは、こういうものでした。


「明日の朝、わたくしと詩比うたくらべをしてくださいな。王様が勝てば、わたくしはあなたと結婚します。けれど、あなたの詩がわたくしよりも劣っていたなら、結婚することはできません」


 今まで女王様の願い事を簡単にかなえてきた王様ですが、こればかりは困り果ててしまいました。

 なにしろ、王様は詩というものにまったく興味がなく、知っている言葉も「進め!」とか「撃て!」といった味気ないものばかりだったからです。それに、いかんせん男ばかりのところで過ごしてきたものですから、女の人の心を動かすような詩など作れるはずがありません。

 いっぽう女王様は、詩に関しては負けなしでした。以前図書館の国の王子様が求婚に来た時も、最後はこの詩比べで追い払ってしまったほどです。

 女王様は水晶のように透き通った声を持っていましたが、世界中のありとあらゆる言葉も知っていました。その二つが合わさるとあまりに美しい詩ができあがるので、聴いた人はみんな涙を流して倒れてしまうのです。

 そういうわけで、女王様は詩に関して絶対に負けないという自信を持っていました。十万冊の本を読んできたという図書館の国の王子様を破ったのですから、ましてや、本など全然読まないような軍隊の王様に勝ち目などありません。


「それでは、明日の朝を楽しみに待っておりますわ」

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