連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第八話

 アキューの降参宣言を聞いて、僕は刀を消した。
 恋愛は悪いものなんかじゃない、再びそう気付いたのだろう。

 僕と君は体が同じでも、心は違うし、恋した人も、生きた年月も違う。
 だからといって、恋がいいものだという事実は、絶対変わらないから。

「……虚無、戻るぞ」
「…………」

 疲れたような顔をしながら白い少女に指示をするアキュー。
 僕は後ろを振り返ると、点に見えるほど遠くにいる虚無と沙羅がいた。
 虚無は目を伏し、口を開くこともない。
 沙羅は僕の方と白の少女を交互に見て、どう判断したのか、こっちの方にふわりと飛び始めた。

 だが、沙羅の手を虚無の白い手が掴み、動きが止まる。

「……なによ?」
「自由……貴方が、戦わないなら……私がやる」

 沙羅の言葉を無視し、虚無は諦観したかのように眉をひそめた。
 そして、沙羅の手を引っ張ってたぐり寄せる。

「キャッ!?」

 無音の世界に沙羅の驚く声が響く。
 急なことで体制を崩すも、沙羅は虚無に抱きかかえられた。
 何をするつもりだ……?

「……響川、瑞揶。……この子、殺されたく……ないよね?」

 遠くにいるにもかかわらず、少女のか細い声が耳に届く。
 脅しにしては、少々声に張りが足りない。
 僕は冷たく言葉を返した、

「……それで?」
「……貴方、私に殺されて……そしたら……この子は、殺さない」
「…………」

 ブゥンという電子レンジが起動している音のようなものが僕の右隣で起こる。
 右を向けば、目を見開く沙羅の姿があった。
 転移させただけ、たったそれだけのこと。

「僕に人質を取れるわけないでしょ?」
「…………」

 人質を奪われたというのに、虚無は表情を変えることなく悄然としていた。
 背景にある崩壊してないビル群と寂しげな彼女の対比は虚しさを強調させる。
 こんな少女が……僕を殺せると?

「……悲しい」
「……え?」

 思わず聞き返した。
 遠く向こうにいる少女の呟きはとても儚く、哀れな姿で呟かれたから。
 何がそんなに悲しい?
 僕を殺せないこと、そんなことで悲しまれても困る。

「……悲しいなぁ」
「……何が言いたいのさ?」
「……また無くすのは……悲しい――」

 彼女の言葉が途切れる刹那――彼女の背景が一瞬で灰色に変わった。
 ビル群の背景は跡形もなく消え、アキューの生み出したこの空間、虚無から先の向こうは一切のものが消えた――。

 無言のままに白い少女が両手を広げる。
 手の先からは灰色の靄が広がり、徐々に世界を侵食していく。

 彼女は虚無の律司神、あらゆるものを無に帰すことのできる神。
 だが、【悠由覧乱】が通じるなら、あるいは――。

「やめておけ、少年」

 飛び出そうかと思った矢先、アキューからの声がかかって踏み止まる。
 腕組みをしてゆらゆら浮かぶ彼は虚無を見据え、こう言った。

「君の【悠由覧乱】で虚無に対抗するのは難しい。逃げろ」
「…………」

 明確な助言だった。
 先ほどまで斬り合っていたにもかかわらず、自由の名を冠する少年は適切な判断でアドバイスをくれた。
 なんで――そんなことはどうてもいい。
 虚無は、アキューと違って話も通じそうにない。
 彼女の虚空を見つめる瞳を見たら、話すこともないのがわかるから。

「沙羅、“逃げるよ”」
「ええ……」

 沙羅の手を取り、虚無に背を向けた。
 沙羅には高速に耐えれる体を能力で与え、【確立結果】で逃げる事を決定付ける。

「……逃がさない」

 振り向けば、無表情のままの虚無が足をググッと曲げて飛び出そうとしている。
 どれほどの速さかはわからない、だが僕らは逃げる――。

 ヒュンと、空気を切り裂く音が遅れて耳に届く。
 僕と沙羅が一体となって次元を掛ける音だった。

 バキンッ!!

 その一瞬遅れた先に、金属の折れる音が響いた。

「……?」

 また振り返れば、一瞬のうちにビーズよりも小さく映ってしまった自由の姿がある。
 彼の手に持つ刀は折れて破片が舞い、彼の前方には彼女の身よりも大きな白銀の大剣を持つ、虚無の姿があった。

「……自由、邪魔。……どいて」
「そうはいかないんだ。セイを捕まえるにしても、瑞揶を殺すのは嫌になった。ここは引いてくれ、虚無」
「…………世界にとって……それは、よくない……この場で……殺す」
「なら僕を倒すんだなぁ!!!」
「……わかった。倒す……」

 アキューが刀の柄を投げ捨て、両手に刀を生み出して虚無を斬りつける。
 虚無はなんでもないように大剣で受け止め、2つの刃を薙ぎ払った。

「ふぅっ――」
「やはり消えない……代わりに破壊……か……」

 刹那、アキューの生み出した双剣が割れる。
 白い刃は脆く崩れ去り、静かに散った。

(瑞揶、よく聞け)

 突如、僕の脳内に声が反響した。
 アキューの凛々しい声、これはテレパシーだろうか。
 脳に伝わる声に集中し、沙羅は止まる僕の顔を見据える。

(そのまま左に突き進め。そこに自由の第1世界がある。人はいないからつまらんが、隠れる場所はたくさんあってな、隠れるにはもってこいだ。そこで隠れていろ。君では僕の作った次元からは出れない、そこで待っているといい)
(……わかった)
(僕も彼女には勝てるかわからないし、どれほど戦うかもわからない。連絡がなければヤプタレアに帰っても構わん。ただ、最低3日は第1世界にいろ。いいな?)
(……うん。ありがとう、アキュー)
(気にするな。僕は自由にしては、いかんせん、礼儀がありすぎるものでな!)

 遥か遠くで、刀と剣がぶつかり合い、刀が砕ける。
 即座に次の刀が握られ、また県劇が繰り広げられていた。

(――君は、恋の良さを思い出させてくれた。それなのに、君が死ぬのは我慢ならなくてね。さぁ、行け)
(……うん)

「沙羅、行くよ。捕まってて」
「……わかったわ」

 沙羅が僕の胴体にしがみ付きアキューの生み出した夜の世界を超えて、僕らは飛んだ。
 光よりも速く、次の世界へと。

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