連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第十七話
ルビーの宝石の中にいるような赤い城内。
静寂に帰るこの場所で、僕の声が静寂を破る。
「今日を持って、僕は沙羅を連れて異世界に旅立ちます。人間界とも天界とも違う、全く別の世界。そのため、沙羅を貰っていくけど……構いませんね?」
にこやかに笑って告げる。
どのみち死刑になりそうな沙羅を連れ出す事に文句を言われる事は無いだろう。
「……魔界に不利益がないと言うのなら、好きにせよ」
「あはは、よかった……。対価を払えとか言われたら、この城壊して修繕費を対価にしようと思ったもん」
「…………」
デタラメを口にしたものの、魔王さんは鋭く睨んできた。
とりあえず、沙羅の件はこれで終わり。
次は――
「この場で1つの命を創生します。少し待ってね」
「…………?」
「沙羅、離れて」
「……まさか。…………」
僕が何をするのかおおよそ察したのか、沙羅は顔を顰めていた。
少し寂しそうにも見えるその顔で僕に尋ねてくる。
「……いいの?」
それは生き返らせることに対する言葉だろう。
沙羅はレリを目の敵にしているし、蘇生させるのは不本意だろう。
けど――
「僕はみんなに幸せになってほしい。レリにもナエトくんにも、例外なく……」
「……そう。なら止めないわ」
「ごめんね、沙羅」
「別にいいのよ。やるならやりなさい」
僕の腕から手を離し、沙羅は数歩後ろに下がった。
……さて。
「……やるかな」
一呼吸。
それから僕は、両手を前にかざした。
2つの手の間に金色の光が収束する。
それはやがて人の形を成して輝いた。
蘇生をすることはできない――しかし、レリの魂を新しい体に憑依させることはできる。
だから、ここに――
「“Search”」
レリの魂を世界から探す。
これは失敗しないために一度探していた。
人間界の空に浮遊していた彼女の魂を見つけ、
「“insertion”」
作り出した体に挿入する――。
あとは体の定着と生命活動の開始を行う。
「……これは」
ナエトくんの驚愕の声が聞こえた。
もう目鼻立ちはレリと同様なのだろう。
目前の新しい体に制服を着せ、心臓の鼓動を開始。
創造の終了とともに、レリの体から光が見えた。
少女の瞼が開く。
ゆっくりと開いた彼女の瞳は驚愕で丸くなり、キョロキョロと辺りを見渡し出す。
「えっ、えっ? ここどこ?」
「レリ!!!」
「おうっ?」
レリが振り返る刹那、彼女はナエトに抱きつかれた。
何が起きてるのかわからないのか、レリは困惑している。
「えーと、ナエト? なにこの空気、よくわかんないんだけど……」
「レリ……もう一度会えて……よかった……!」
「はぁ? え、なにそれ、どゆこと?」
レリが首を回して顔を僕らの方に向ける。
ナエトくんは泣いてるようだし、説明しろということだろう。
「レリは死んでたんだよ。僕が生き返らせた……と言っていいかな」
「えっ……ああ、そうなんだ」
納得したように呟き、レリは改まってナエトくんを抱きしめた。
それは慈しみにあふれた抱擁に見えて、儚げながらも美しい。
絞り出されたようにレリが小さな声で、ナエトくんをあやすように語りかける。
「……ナエト。心配させて悪かったね」
「ああっ……貴様は……まったく!」
「よしよし、いろいろあったけど、あたしはここにいるよ。あんがとね……心配してくれて」
「バカ女が……心配かけさせやがって」
「うんうん……もうどっか行ったりしないからさ……」
抱き合う2人を僕と沙羅は優しい眼差しで見守った。
事情を知らない人々も沈黙している。
その沈黙が視線の集中である事に気付いたのか、レリはナエトの肩を持って身を引き、僕らの方に振り返る。
「……ごめんね、瑞揶。いろいろ迷惑かけたわ」
「最終的にこうなったんだから、気にしなくていいよ。レリの体は天使のものじゃなく、魔人のものとして作ったから神様からの干渉はないはず……だよ?」
「みたいだね。体が軽いや……」
ひょいっとナエトの体を持ち上げてみせるレリ。
ナエトくんは驚きながらも彼女の手を離し、カーペットの上に降り立った。
魔人の体だから当然力が強く、人を持ち上げるのに苦はないだろう。
寿命もナエトくんとほぼ同じになったはずだから、大切にしてあげてほしい……。
「僕からも言わせてくれ。瑞揶、いろいろと済まなかった」
「いいんだよ……。終わったことは、ね?」
「ちょっと、私に謝罪はないの?」
「……貴様にも迷惑を掛けたな」
頭は下げなかったけど、ナエトくんは沙羅にも申し訳ない気持ちを表明した。
沙羅としては満足しないのか頰が引きつってて、気持ちを落ち着かせるために僕は彼女に抱きついた。
「む……まぁ、いいわ。妥協してあげる」
それだけ言うと、沙羅は気が抜けたように「はぁぁぁ……」と漏らしながら僕の胸に顔をうずめる。
……可愛いですにゃー。
「ということで、僕らはこの世界を出て行きます。時間を取らせた分の弁償とかよくわからないけど、とりあえず純金の塊でも置いていくね」
余計なものかもしれないけど、僕の背丈ほどある金塊を僕の隣に生み出す。
迷惑料は払わないとね……。
……さて、この2人ともお別れだ。
「じゃあね、レリ、ナエトくん。僕らは行くよ」
「待て、瑞揶。もう二度と会えないのか!?」
「……じゃあね」
「もう会うことはないわ。じゃあね魔界の皆さん」
「! 待て、まだ僕らは何も返せていない――!」
僕と沙羅は静かに見つめ合う。
沙羅がクスリと笑い、つられて僕も笑った。
「行こう……」
「……そうね」
僕が誘うように言うと、沙羅が優しく笑って肯定し、僕たち2人は転移を果たした――。
◇
「……アキュー」
「なんだい?」
「……何故……早く駆除に……行かないの?」
「観察も楽しみの一つさ。自分と同じ体を持つ男を見ているのは面白いだろう?」
「…………」
虚無は答えず、目を伏せるだけだった。
薄暗い鳳凰天蓋の間にて、僕と虚無は双眼鏡を持ち、瑞揶の様子を観察していた。
こうやって観察もしていられないから自分の分身を召喚しなくてはならなかったが、こちらはもうすぐ終盤らしく、僕らの出番ももうすぐだ。
「……私を……何日も拘束するなんて…………今の自由は、嫌な人……」
「拘束とか言って……周りのものを無に返さないでくれよ? 世界のバックアップは幾つか取ってあるとはいえ、再生が億劫なんだ」
「……知らない」
「やれやれ……」
呆れて肩を竦める。
それはともかく、こちらも準備を整える時かな……。
「瑞揶が【確立結果】に気付いているのが厄介だ」
「自由の力にも……気付いてる、でしょ?」
「そうだな……。アレを使われると僕とは対等になる。だからこそ君を呼んだが……実際は五分に近いだろう? 僕たちの力は、さ……」
「……消滅させる。……私ができるのは、それだけ……」
「…………」
白い髪をなびかせ、瞼を閉じて俯く虚無。
儚い少女だ。
彼女は無にすることしかできない。
そして無が悲しい。
だが悲しいということがわからない。
まさに“虚無”を概念化したような存在……。
「……魂まで消滅させるなよ?」
「……ヘマは……しない」
「……だといいがな」
普段は“管理律司神”の力をも無力化してしまう彼女ではあるが、こういう目的あるときは管理の力の下に入る。
虚無の力自体は衰えないだろうし、無自覚で消せない程度の規制が入るだけだ。
だが、この先どうなるか……。
「神にも未来がわからないとは、なんだかなぁ……」
「未来は……未来律司神だけ……わかる」
「時系統が羨ましいよ。まったく、律司神というのは神のくせに不便だ……」
クツクツと笑ってみせるも、虚無は反応しなかった。
…………。
……寝たらしい。
「無防備にされるというのも、どうだかなぁ……」
やれやれとまた肩を竦めるも、反応が無く寂しいものだ。
ともかく、あと半日もしないうちに時は来る。
強いだろうか、僕のクローンは。
……楽しみだ――。
静寂に帰るこの場所で、僕の声が静寂を破る。
「今日を持って、僕は沙羅を連れて異世界に旅立ちます。人間界とも天界とも違う、全く別の世界。そのため、沙羅を貰っていくけど……構いませんね?」
にこやかに笑って告げる。
どのみち死刑になりそうな沙羅を連れ出す事に文句を言われる事は無いだろう。
「……魔界に不利益がないと言うのなら、好きにせよ」
「あはは、よかった……。対価を払えとか言われたら、この城壊して修繕費を対価にしようと思ったもん」
「…………」
デタラメを口にしたものの、魔王さんは鋭く睨んできた。
とりあえず、沙羅の件はこれで終わり。
次は――
「この場で1つの命を創生します。少し待ってね」
「…………?」
「沙羅、離れて」
「……まさか。…………」
僕が何をするのかおおよそ察したのか、沙羅は顔を顰めていた。
少し寂しそうにも見えるその顔で僕に尋ねてくる。
「……いいの?」
それは生き返らせることに対する言葉だろう。
沙羅はレリを目の敵にしているし、蘇生させるのは不本意だろう。
けど――
「僕はみんなに幸せになってほしい。レリにもナエトくんにも、例外なく……」
「……そう。なら止めないわ」
「ごめんね、沙羅」
「別にいいのよ。やるならやりなさい」
僕の腕から手を離し、沙羅は数歩後ろに下がった。
……さて。
「……やるかな」
一呼吸。
それから僕は、両手を前にかざした。
2つの手の間に金色の光が収束する。
それはやがて人の形を成して輝いた。
蘇生をすることはできない――しかし、レリの魂を新しい体に憑依させることはできる。
だから、ここに――
「“Search”」
レリの魂を世界から探す。
これは失敗しないために一度探していた。
人間界の空に浮遊していた彼女の魂を見つけ、
「“insertion”」
作り出した体に挿入する――。
あとは体の定着と生命活動の開始を行う。
「……これは」
ナエトくんの驚愕の声が聞こえた。
もう目鼻立ちはレリと同様なのだろう。
目前の新しい体に制服を着せ、心臓の鼓動を開始。
創造の終了とともに、レリの体から光が見えた。
少女の瞼が開く。
ゆっくりと開いた彼女の瞳は驚愕で丸くなり、キョロキョロと辺りを見渡し出す。
「えっ、えっ? ここどこ?」
「レリ!!!」
「おうっ?」
レリが振り返る刹那、彼女はナエトに抱きつかれた。
何が起きてるのかわからないのか、レリは困惑している。
「えーと、ナエト? なにこの空気、よくわかんないんだけど……」
「レリ……もう一度会えて……よかった……!」
「はぁ? え、なにそれ、どゆこと?」
レリが首を回して顔を僕らの方に向ける。
ナエトくんは泣いてるようだし、説明しろということだろう。
「レリは死んでたんだよ。僕が生き返らせた……と言っていいかな」
「えっ……ああ、そうなんだ」
納得したように呟き、レリは改まってナエトくんを抱きしめた。
それは慈しみにあふれた抱擁に見えて、儚げながらも美しい。
絞り出されたようにレリが小さな声で、ナエトくんをあやすように語りかける。
「……ナエト。心配させて悪かったね」
「ああっ……貴様は……まったく!」
「よしよし、いろいろあったけど、あたしはここにいるよ。あんがとね……心配してくれて」
「バカ女が……心配かけさせやがって」
「うんうん……もうどっか行ったりしないからさ……」
抱き合う2人を僕と沙羅は優しい眼差しで見守った。
事情を知らない人々も沈黙している。
その沈黙が視線の集中である事に気付いたのか、レリはナエトの肩を持って身を引き、僕らの方に振り返る。
「……ごめんね、瑞揶。いろいろ迷惑かけたわ」
「最終的にこうなったんだから、気にしなくていいよ。レリの体は天使のものじゃなく、魔人のものとして作ったから神様からの干渉はないはず……だよ?」
「みたいだね。体が軽いや……」
ひょいっとナエトの体を持ち上げてみせるレリ。
ナエトくんは驚きながらも彼女の手を離し、カーペットの上に降り立った。
魔人の体だから当然力が強く、人を持ち上げるのに苦はないだろう。
寿命もナエトくんとほぼ同じになったはずだから、大切にしてあげてほしい……。
「僕からも言わせてくれ。瑞揶、いろいろと済まなかった」
「いいんだよ……。終わったことは、ね?」
「ちょっと、私に謝罪はないの?」
「……貴様にも迷惑を掛けたな」
頭は下げなかったけど、ナエトくんは沙羅にも申し訳ない気持ちを表明した。
沙羅としては満足しないのか頰が引きつってて、気持ちを落ち着かせるために僕は彼女に抱きついた。
「む……まぁ、いいわ。妥協してあげる」
それだけ言うと、沙羅は気が抜けたように「はぁぁぁ……」と漏らしながら僕の胸に顔をうずめる。
……可愛いですにゃー。
「ということで、僕らはこの世界を出て行きます。時間を取らせた分の弁償とかよくわからないけど、とりあえず純金の塊でも置いていくね」
余計なものかもしれないけど、僕の背丈ほどある金塊を僕の隣に生み出す。
迷惑料は払わないとね……。
……さて、この2人ともお別れだ。
「じゃあね、レリ、ナエトくん。僕らは行くよ」
「待て、瑞揶。もう二度と会えないのか!?」
「……じゃあね」
「もう会うことはないわ。じゃあね魔界の皆さん」
「! 待て、まだ僕らは何も返せていない――!」
僕と沙羅は静かに見つめ合う。
沙羅がクスリと笑い、つられて僕も笑った。
「行こう……」
「……そうね」
僕が誘うように言うと、沙羅が優しく笑って肯定し、僕たち2人は転移を果たした――。
◇
「……アキュー」
「なんだい?」
「……何故……早く駆除に……行かないの?」
「観察も楽しみの一つさ。自分と同じ体を持つ男を見ているのは面白いだろう?」
「…………」
虚無は答えず、目を伏せるだけだった。
薄暗い鳳凰天蓋の間にて、僕と虚無は双眼鏡を持ち、瑞揶の様子を観察していた。
こうやって観察もしていられないから自分の分身を召喚しなくてはならなかったが、こちらはもうすぐ終盤らしく、僕らの出番ももうすぐだ。
「……私を……何日も拘束するなんて…………今の自由は、嫌な人……」
「拘束とか言って……周りのものを無に返さないでくれよ? 世界のバックアップは幾つか取ってあるとはいえ、再生が億劫なんだ」
「……知らない」
「やれやれ……」
呆れて肩を竦める。
それはともかく、こちらも準備を整える時かな……。
「瑞揶が【確立結果】に気付いているのが厄介だ」
「自由の力にも……気付いてる、でしょ?」
「そうだな……。アレを使われると僕とは対等になる。だからこそ君を呼んだが……実際は五分に近いだろう? 僕たちの力は、さ……」
「……消滅させる。……私ができるのは、それだけ……」
「…………」
白い髪をなびかせ、瞼を閉じて俯く虚無。
儚い少女だ。
彼女は無にすることしかできない。
そして無が悲しい。
だが悲しいということがわからない。
まさに“虚無”を概念化したような存在……。
「……魂まで消滅させるなよ?」
「……ヘマは……しない」
「……だといいがな」
普段は“管理律司神”の力をも無力化してしまう彼女ではあるが、こういう目的あるときは管理の力の下に入る。
虚無の力自体は衰えないだろうし、無自覚で消せない程度の規制が入るだけだ。
だが、この先どうなるか……。
「神にも未来がわからないとは、なんだかなぁ……」
「未来は……未来律司神だけ……わかる」
「時系統が羨ましいよ。まったく、律司神というのは神のくせに不便だ……」
クツクツと笑ってみせるも、虚無は反応しなかった。
…………。
……寝たらしい。
「無防備にされるというのも、どうだかなぁ……」
やれやれとまた肩を竦めるも、反応が無く寂しいものだ。
ともかく、あと半日もしないうちに時は来る。
強いだろうか、僕のクローンは。
……楽しみだ――。
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