連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二話

「……あり得ないんだけど」

 ベッドの上で、沙羅は不満気にそう呟いた。
 今の彼女は安静にしとかなきゃいけない。
 お腹を貫かれてその傷は包帯でぐるぐる巻きにされただけだ。
 大部分は僕が能力で治し、血も足したんだけどね。

 だけど、それじゃダメ。
 せっかくの機会だから、僕は沙羅を完全に直さなかった。

「えーっ? 何があり得ないの、沙羅〜?」
「……だから、なんで私が看病されなきゃいけないのよっ。しかも回復魔法使えなくさせられたし」
「えーっ、だって……ねぇ、瀬羅?」
「ねぇ、瑞揶くん?」
「…………はぁ」

 僕と瀬羅がニヤニヤ笑って顔を合わせると、沙羅はため息を吐いた。

 アレだけ緊張感のあった夜は今では深夜になり、こんな感じになっている。
 家に帰ると瀬羅ちゃんが血相変えて沙羅を抱きしめ、

「誰がやったの? タダでは殺さない……ズタズタにしてやる……」

 光の無い目と冷たい声でそう言っていた。
 僕がなだめて事なきを得たけど、今では沙羅に看病できるまたとない機会を一緒に楽しんでいる。

「沙羅、お粥だよねっ! お粥作るよっ!」
「もう深夜じゃない……。もう寝るからアンタ達も寝なさい。特に瑞揶、朝食作ってなかったら怒るからね?」
「大丈夫だよーっ。今日は目覚まし時計使って寝るもんっ」
「なんなら、学校もない居候の私が作るよ?」
「……瑞揶のご飯が食べたいわ」

 沙羅の言葉に瀬羅ちゃんが両手を床について落ち込む。
 わーいっ、頑張って明日も作るぞ〜っ。

「……あと、それからっ」

 沙羅が続けて口を開く。
 目をキョロキョロさせてもじもじしながら、しおらしい声でポツリと呟いた。

「……心配してくれて、ありがと……」

 頬を染めながら、少し俯いて発せられた沙羅の言葉。
 僕と瀬羅は今までに見ない彼女の姿に口を開けて驚いた。

「……わっ、私は寝るからっ! ほら、2人とも行きなさい!!」
「……ずきゅーん」
「……ずきゅーん」
「……あん?」

 心を奪われた音を口に出してアピールする。
 僕と姉さんは一体となって沙羅に迫った。

「ねぇ、さーちゃん! なにかして欲しいことはない!?」
「僕たち、なんでもするよっ!!」
「だぁあ、かぁあ、らぁあ!!! 寝るっつってんでしょうがぁぁあああ!!!」

 深夜にもかかわらず、本気で叫ぶ沙羅。
 この調子なら明日は大丈夫そうだなと、僕は笑うのだった。







 レリとナエトくんが学校に来ていない。
 その事が告げられたのは、環奈の口からだった。

「……来てないの?」
「来てないよ。ついにナエトが無理やり駆け落ちでもしたんかね?」
「いやいや……」

 僕は多分、顔が引きつってるだろう。
 いくらナエトくんでも、駆け落ちなんてしないはずだ。
 それに、僕はレリが叫びながら消えたのを知っている。
 ナエトくんはきっと、彼女を探しているんだろう。

「……にしても、ここは少し寂しいね」
「今日は沙羅っちがいねぇしな。代わりに理優と環奈っちが居るし、いいけど」

 瑛彦がそう言ってパクッとたまご焼きを食べる。
 今日は生憎の雨で、1組に集まってお昼を食べていた。

 瑛彦の言うように沙羅は今日お休み。
 昨日の傷を治してない、というのも瀬羅が看病するという名目のためである。
 代わりに、他の部活の女子が集まっていた。
 環奈は兎も角、理優と会うのは久しぶりな気がする。

「理優、たまご焼き欲しい?」
「えっ? 欲しい〜っ」

 なんとなくたまご焼きを理優に欲しいか聞く。
 瑛彦のお弁当も僕が作ってるから、僕のお弁当の中身と一緒なのだ。

「1個、3にゃーです。買いますにゃー?」
「にゃーにゃーにゃー♪」
「毎度ありですにゃ〜っ」
「……ここだけ異様にほのぼのしてるんだけど」
「瑞っちが人の彼女を餌付けしてるんだが、俺はどうすりゃいいんだ」

 瑛彦もにゃーになれば良いのです。

「……瑞揶って、誰に対してもそんな性格なんだな」

 引きつった笑みをして僕を見るのは聖兎くんだった。
 彼も部活のメンバーに入ったようで、居ても誰も不思議に思っていない。

「聖兎くんは何を演奏するのー?」
「まだ決めてないな……。カスタネットとかならできるんだが……」
「……これはにゃーですね」

 僕はちらりと瑛彦を見る。
 瑛彦は僕の言いたいことが分かったのか、頷いて返した。
 楽器、教えてあげてくださいっ。

「というかさ、今更だけど、ウチもなんか楽器使った方がいいかね?」
「別に演奏は強制じゃないんじゃね?」
「そこは沙羅に相談だね〜っ」

 環奈の問いに瑛彦と僕が答えるも、結論は沙羅に出してもらうことに。
 環奈はうたがうまいから必要無いとも思うけどね?

「部活も楽しそうでいいですにゃー」
「瑞揶も戻って来りゃいいのに。今ならレリも居ないじゃん」
「……いやぁ、もう暫く考えるよ」

 今はまだ戻るべきじゃない。
 レリもナエトくんも帰ってくるだろう。
 それまでは待ちたいのですにゃー。

 みんなで仲良くしていける確率は6%と、愛ちゃんに言われた。
 低い、とてつもなく低い。
 だけど、この6%になってくれたらな――。

 それに、僕の能力の使う所はどこなのか不明瞭で、どうしたらいいのかわからないよ――。

 それでも、沙羅だけは必ず守る。
 もう刺されたりなんかさせない。
 沙羅には超能力を使って、彼女の身になにかあれば、あるいはなにか起きそうになれば僕が感知するようにした。
 外傷を負わせるものの一切の拒絶も行った。
 だから、もう――。







「クソッ……1人で探してもラチがあかないな」

 名も知らぬ山岳の1番高い場所で、僕は呟いた。
 赤々と葉を彩る山を見て回ったが、レリの姿は見えない。
 どこに行ったのかわからないのに、探すことなど難儀に他ならないだろう。

「……一度戻るか。体も休めないと……」

 足がもつれる。
 誰も来ないだろう山の山頂は見晴らしがいいが、寝てもいない体では酔いそうになる。
 戻る体力があるかは定かではないが、ホテルや宿泊施設があればそこに泊まろう。

《ピリリリリッ、ピリリリリッ――》
「……ああ、そういえば携帯が――」

 スラックスのポケットからスマートフォンを取り出す。
 画面に表示されているのは家にいるメイドのもの。
 他にも何度か携帯が鳴っていたが、全部コイツか?
 いや、僕は曲がりなりにも王子、拉致などの可能性も考えて僕の居場所をGPSなどで把握しようとするはずだ。
 飛び回って高速移動していたから拉致の可能性などないと判断できるはずだが、な。

 兎にも角にも、電話に出るべきだ。
 僕は通話に応じ、耳に電話を当てる。

「もしもし?」
《あっ、繋がりました! 坊っちゃま、何をしてるんですかっ!》
「友人を探していただけだ。部活の仲間が急に飛んで行ってな。追い掛けたが見失った」
《はい? ……うーん、同級生1人のために配下が動いてくれるとも限りませんし、こちらはどうにもできませんね》
「……役立たずめ」
《そう仰らないでください。そんな事より、早く帰ってきてくださいな。貴方は魔界統治者の息子なのですから、心配しますよ》
「……1日どこかで宿泊する。そしたら戻るから心配無用だ」
《拉致られたりしないでくださいませ》
「僕の顔を識別できる人間など、そうそういないだろ……」

 はぁっとため息を吐いて電話を切る。
 捜索の手伝いもしてくれないとは、僕の権威などその程度なのかと自分に呆れてしまう。

「5番目だし、仕方ないか。……とにかく、どこか休める所を――」

 山を見下ろして、下ろうとした時だった。

 ドサッ

 そんな無機質な音を立てて、ソレは落ちてきた――。

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く