連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

閑話2:霧代の想い

 それはまだ、私たちが世界を超える前のこと――。

 私たちの関係は、音楽室の中だけだった。

 けど、学校のない週末に、何回かデートをしたんだよね――。










(わぁ〜……きゅ、休日に会うなんて、どきどきする……)

 よく晴れた空の下、地下鉄の入り口で私は両手を擦り合わせて彼を待っていた。
 この駅は辺りで一番有名な駅で、地下鉄の入り口では人の出入りも多い。
 行って返ってでごった煮する駅から、1人の少年が私に声をかけてくる。

「霧代っ、おまたせっ」

 そういって私の前に立ったのは、ちょっと息の荒い瑞揶くんだった。
 丸っこく黒髪が彼の頭を覆い、優しげな瞳は今開かれて私を見つめている。
 白と水色のパーカーにジーンズで全体的に青っぽい印象を抱かせる。
 みずと名にある彼らしい格好とも言えた。
 見た目を言うよりも、私は別のことを口にする。

「瑞揶くん、普通男の子は約束より早く待ってるものじゃない?」
「め、面目ないです……だって、霧代と一緒に歩くから何着ていけばいいのか凄く迷ったんだよぅ。結局、自分に似合うの着てきちゃったけど……」

 弁解とも言えぬ弁解をして彼は自分の服の袖口を見たり手を振ったりした。
 シュンとした姿の彼は可愛くて、私はクスリと笑う。

「別に、そんなに怒ってないから凹まないで。今日会えただけでも嬉しいから」
「ちょ、ちょっとは怒ってるんだね……。ごめんね、ごめんね?」
「だーかーらーっ、怒ってないってばーっ」

 瑞揶くんの鼻を突っついて対抗するも、さらに謝りだしてしまう。
 むむぅ、どうしよう。

「瑞揶くん。あんまり気にするようだと、この場で抱きついちゃうよ?」
「ごめんねごめ……えっ?」

 一気に顔を真っ赤にさせる瑞揶くん。
 ふふっ、可愛いなぁ……。

「こんな大勢の前で抱きついちゃって、いいのかなぁ〜? 誰かに見られたらどうしよう〜?」
「きっ、霧代ーっ!」
「ふふっ、ちょっとからかっただけだよ。ごめんねっ?」
「いや、いいけど……次そんな事言ったら、僕から抱きつくからね?」
「ふふっ、はーいっ」

 抱きつかれたいなとも思ったけど、学校の放課後なら、いくらでもその機会はある。
 だから、この場は抑えるとしよう――。

 それから漸く私たちは歩き出し、今日の目的地に目指した。
 今日の目的地、そこは巨大ショッピングモールだった。
 ビル全体に窓ガラスが張られたような姿をしている6階建ての建造物の前に着き、足を止める。
 隣の瑞揶くんが、何か不味いのを我慢したような顔をしていたため、彼に尋ねてみる。

「どうしたの?」
「……霧代、なんでショッピングモールなんだっけ?」
「なんでって……お買い物デート?」
「そうだけどっ、ならデパートじゃなくてもいいような……。ほら、デパートなんて、友達とでも行けるでしょ?」
「……んー?」

 彼の言いたいことがよくわからない。
 私がわかってないと判断したのか、瑞揶くんは諦めたようにため息を吐き、頬を赤らませながら言う。

「……もっと、恋人じゃないと行けない所に行かなくて良いの?」
「…………」

 ……ふむ。

「瑞揶くん、さすがに私たちじゃ年齢的に入れないよ……」
「き、霧代!?一体どこを想像してるのっ!!」
「どこって、ラブh――」
「ちっ、違うからっ!動物園とか遊園地で良いんだよーっ!」
「……そうだよね」

 本当なら私の言おうとした場所でも良いんだけれど、彼がそんなこと言うわけないもんね……。
 ……私、魅力ないかなぁ。
 自信なくすかも……。

「で、なんでなの?」

 結局質問には答えてなかったから再度問われる。
 理由、ね……。

「瑞揶くん。私たちは毎日のように会うけど、お互いのことをあまり知らないでしょ? だから、これを機にいろいろと知れたらな、って思ったの。……嫌だった?」

 今度は私が尋ねる。
 瑞揶くんは不安そうな顔から陽気な笑みを見せ、答えた。

「ううん、嬉しいよ。僕も霧代のこといっぱい知りたい。僕も自分のことを教える。だから、霧代のことも、僕に教えてねっ」
「うんっ……!」

 私ははにかんで返した。
 愛する人のことをたくさん知りたい――。
 だから私たちは、足を並ばせてデパートの中に入った。






 こんな風に、デートしたこともあったよね――。

 貴方はいつも私の買うものを見てたっけ――。

 前世で、私は貴方といられて本当に幸せだったよ――。

 だけど――。


 貴方は転生して変わった。

 貴方の無邪気な笑顔はごく僅かになってしまった。



 ――ビチャッ

「グッ……ッ、アアッ……!!」

「…………」

 ――ザシュッ

「ううっ……! は、アッ……!!」

「……やめて」

 ――ブチブチッ

「うがああああああぁぁ!!!!」

「やめて、よぅ……」


 何度も止めた。

 貴方が自分で自分を傷つけるのを、止めたかった。

 死んでる私の声は貴方に届かなくて

 とても辛かったよ――。


 愛してるって言いたかったよ――。

 許してるって言いたかったよ――。

 ここにいるって、言いたかったよ――。


 その念願がようやく叶って――私は貴方に会えた。

 言葉が通じ合えた。

 嬉しい――ありがとう、瑞揶くん――。




 貴方と会えて、幸せでした――。

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