連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十七話

「えへへ……えへへ……」
「……何を笑いながら皿洗いしてるのかしらね」
「……さーちゃんがそれを言うのはどうかと思うけど」

 僕が朝食の皿洗いをしていると、ソファーに座っている2人の会話が聞こえてくる。
 でも僕は気にせず、にぱ〜っと笑いながらお皿を洗う。
 昨日の沙羅の言葉が嬉しくて今でもニヤけちゃうよ〜……。

 お皿を拭いて水切り籠にいれ、スキップして沙羅の所に向かう。
 当然瀬羅もいて、沙羅はぼんやりテレビを見ており、瀬羅は僕が来るとにこりと笑った。

「ふっふっふーっ。沙羅〜?」
「なによ?」

 僕が呼ぶと、沙羅が僕の方を向く。
 いつも見ているはずの沙羅の顔がそこにある。
 なのに、恥ずかしくなって直視できなかった。

 昨日の彼女の言葉が脳内で反芻される。
 …………。
 ……ううぅ。

「沙羅。僕、沙羅が大好きだよっ」
「はぁ? いきなりなによ?」
「な、生告白見ちゃった……」

 僕の言葉に沙羅はしれっと返し、瀬羅は苦笑する。
 生告白ってなんですかにゃ?

「瀬羅も好きだけど、沙羅は特別好き!!!」
「……ほんと、なんなのよ。恥ずかしいからやめなさい」
「ラブラブいいなぁ。私も彼氏欲しいなぁ……」
『姉さん(瀬羅)は簡単に彼女に出さない(わ)よっ!!』
「えっ!!?」

 ここぞとばかりに被る
 僕と沙羅だった。







「えーっと……瑞揶くんにお願いがありまして……」
「にゃー?」

 洗い物もお洗濯も終わり、リビングでごろごろしていると瀬羅が話を持ちかけてきた。
 縁側前の窓際で寝転がる僕を、瀬羅がそっと見下ろしている。

「なにーっ?」

 ぼけーっと聞くと、もじもじして両手を合わせながら口を開く。

「あの……私の学歴とかって……」
「あるよーっ。見る?」
「あっ、いやっ……それもそうなんだけど、えっとね……」
「……むー?」

 しどろもどろになる瀬羅に、僕は首を傾げる。
 起き上がって話を聞くことに。

「まぁまぁ、座って」
「うん……」

 ぽんぽんと目の前の床を叩き、瀬羅を座らせる。

「それで、どうしたの?」
「……。私、これからどうしようかなって」
「…………。そっか、どうしよう?」

 僕が尋ね返すと、瀬羅ちゃんは苦笑した。

 よくよく考えれば、魔人の義務教育期間は50年と長い。
 とはいっても、魔人の中年期は350歳で、それまでは今の見た目と変わらないだろうから大人と区別がつかないし、外に出る分には問題ないと思われる。
 かといって家にいるだけと言うのは暇だろう。

「瀬羅は、どうしたいの?」
「それがちょっと悩んでて……。したいことがなくて、困ってたの」
「……そっかぁ」

 僕たちはうんうんうなって首をひねる。
 って、僕が瀬羅のしたいこと考えても仕方ないけど。

「とりあえず、高校行く? 学年は違うからすぐ卒業しちゃうかもだけど、勉強して、いろんな人と話して、それから決めるの」
「……高校かぁ。でも、私はまたブラシィエットに行くからなぁ……」
「……え?」

 聞き捨てならない言葉があった。
 また、ブラシイエットに行く?

「あっ、瑞揶くんには言ってなかったね。2月からかなぁ……今度は3ヶ月行くの」
「えっ……でも、そんなこと繰り返してたら瀬羅は……」
「うん。ブラシィエットに引き込まれるね」
「…………」

 悲しさのせいか、体が重くなるのを感じる。
 嫌だ。
 瀬羅は自由になったはずなのに、国に縛られるなんて――。

「……瑞揶くん、そんなに暗い顔しないで? これは私が決めたことなの」
「……えっ」

 瀬羅の言葉に驚いた。
 どうして自分から、辛い道を選ぶの――。
 瀬羅は正当な姫じゃないから王家に入ったとしても地位は相当低いはずだ。
 いろんな人に暴言を吐かれるかもしれない。

「なんで……」
「私のやることだと思ったの。あの国はずっと私のことを思ってくれていた。だから私はあそこにいなきゃって思うの」
「……でも、辛くない?」
「辛くないよ。だから、そんなにしょげたりしないで」

 ぽんぽんと瀬羅に肩を叩かれる。
 ……僕が励まされるのはおかしいよ。

「それに、私がいない方がいいでしょ? 夜は私を気遣っていろいろできないもんね?」
「……今のは聴かなかった事にしてあげる」
「えっ……うん」

 なんでー?というふうに首を傾げる瀬羅。
 こうしていると、心配した自分が馬鹿らしく思える。

「でもね、瑞揶くん」
「うん?」
「貴方からもらったこの名前、一生忘れないから」
「――――」

 時が止まったようだった。
 微笑みながら告げる彼女の言葉には愛が篭っていて、しかしそのさまはとても儚い。

 名前を忘れないって、それは名前をこれから変えようってことだろう。
 当然だ、彼女の家名はブラシィエットに戻るのだから。
 ただ、このあと5ヶ月の間は、その名が残り続ける。

「瀬羅!! ずっと僕たちは家族だからねっ!!」
「……うんっ。ありがとう」
「ちょっと沙羅呼んでくる!」
「えっ?」

 瀬羅の呼び止めも待たずに僕はリビングを抜けて2階にいる沙羅を呼んだ。
 急いで呼ぶと沙羅も鬼気迫る様子になり、2人でリビングに向かう。

「瀬羅、連れて来ましたっ!」
「えっ?あっ、うん」
「どうしたのよっ!?」

 引きつった笑みを見せる瀬羅、声を荒げる沙羅。
 僕は2人の手を持ち、天井に掲げた。

「3人は、ずっと家族なのですっ!!」
「……あん?」

 僕の言葉に、沙羅が疑問符を返す。
 なに?そんなこと?と言いたげな顔でため息を吐き、沙羅も瀬羅の手を掴んだ。

「私たちは家族よ。ずっとね、ずっとよ」

 多少投げやりながらも、沙羅も僕の言ったことと同じ意味の言葉を口にした。
 これでっ、3人はずっと家族だよーっ!

「……さーちゃん、瑞揶くんっ」
「姉さん、血が繋がってようとなかろうと、どれだけ遠くにいようと、私たちは家族よ」
「そうだよっ。僕なんて血も繋がってないし……」
「あら、大丈夫よ瑞揶。義弟になるし……」
「あっ、そっか。沙羅と結婚すれば義弟だよっ! お義姉さんになるよ〜っ」
「……ふふふっ」

 瀬羅は微笑んだ。
 ポロポロと涙を流して、笑っていた。

「……ありがとう、2人とも。私たちっ、ずっと家族だからねっ」

 そうしてはにかんで笑い、瀬羅は僕たちを抱きしめた。
 少し苦しいぐらいの抱擁。
 ただ1人の姉の抱擁に、僕と沙羅は微笑むのだった――。







 あっという間に夜がやってきた。
 寒いからと窓を閉め、暖房を入れる。
 みんながリビングに集まってくれるから電気代も安心なのですっ。

「にしても、土曜日ってほんとやることないわよね〜」

 ソファーに座って悪態つく沙羅が愚痴を零す。
 もう瀬羅が居て普通のような感じだ。

「確かに暇だけど、穏やかでいいよね?」

 僕はリビングから微笑んで返す。
 休日はこうして趣味で料理できるし、好きなもの作れるしね。
 しかし、沙羅はそうもいかないみたいで、疲れたようにため息を吐いていた。

「暇ならお姉ちゃんが相手してあげようかっ?」
「わっ、と……びっくりした。気配消して後ろから来ないでよ」

 ソファーをまたいで瀬羅が後ろから沙羅を抱きしめていた。
 気配って消せるの?
 何か凄そうだなぁーっ。

「じゃあアレね、姉さんの勝負下着とか教えてもらおうかしら」
「……勝負する人が居ないんだけど」
「じゃあ今から夜の街に行って作ってくる? もちろん私と瑞揶で納得できる男じゃないとダメだけど」
「見つかりそうにないよ……」

 迷うことなく諦める瀬羅。
 暇だ退屈だと沙羅がまたぶーぶー言って、姉さんが困ったように僕に顔を向けて助けを求めてきた。
 僕は火を止め、苦笑しながら2人の元に行き、沙羅の正面に立つ。

「沙羅……」
「む、なによ瑞揶?」
「えいっ」

 勢いづいて、僕は沙羅を抱きしめた。
 前からは僕、後ろからは姉さんに抱きつかれて、沙羅はちょっと苦しそうだ。
 しかし、僕と目が合うと顔を真っ赤にして視線を逸らす。
 ……可愛い。

「沙羅。これなら飽きない……かな?」
「……一生このままでもいいくらいだわ」
「あははっ。それはなにより」

 どうやら満足したらしく、僕も嬉しいからこれでいい。
 瀬羅が僕を羨ましそうに見ていたけど、恋人の方が抱き疲れて虜になるのは仕方ないだろう。
 緩やかに過ぎていく土曜日は、こうして静かに過ぎ行くのだった。

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