連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十四話

「一緒に登校できるって、素敵ね」
「……そうだね」

 準備を済ませて2人で玄関に立つ。
 こうやって並んで登校するのは久し振りで、2人の関係も変わってしまったからか、どこかこそばゆい。

「……。朝から雨とは、なんだかね……」
「あはは……。僕は雨、好きだよ?」

 玄関を出ると、サァァアと水の線が降りしきっていた。
 雨、ここ最近降らなかったからね……。
 今日になって降った、かぁ。

「……ねぇ沙羅、相合傘とか……する?」
「瑞揶が良いならするわ。つーかするに決まってんでしょ、早くしなさい」
「う、うん……」

 僕が水色の傘をさし、僕が入ると横から沙羅も入ってくる。
 近い……って、いつも抱きついてるから、それに比べたら恥ずかしさは少ないけど……。

「……ドキドキするわね」
「……そうだね」

 こんなオープンに恋人らしい事をするのは初めてだ。
 沙羅に言われると自覚してしまい、顔に熱が昇る。

「……行こっか」
「ええ……」

 僕たちは雨の中に一歩を踏み出した。

 肩がぶつかって歩けず、沙羅が傘をさすのに数分とかからなかった――。







 沙羅がまったく遠慮する様子がない。
 僕たちは学校に着いて、手を繋いで1組まで行ったんだ。
 一度は席に荷物を置くも、沙羅はすぐに僕の膝の上に座ってきて抱きしめるように要求してきた。
 半ば無理やり抱きつくようになり、もう8時15分になろうとしている。
 クラスメイト達がポツポツとやって来て、とっても気恥ずかしいんだけど……。
 みんな、「うわっ」て目でこっち見て、それからチラ見してくるし。

「……うわっ」

 そして隣のクラスから来た環奈もうわって言った。
 ……僕も今世では全力で愛すとは思ったものの、恥ずかしい……。

「あらっ、環奈じゃない。なによ?」
「いや、靴下濡れたから瑞揶に乾かしてもらおうと……でも、えっ、うわっ、オープン過ぎるんだけど。2人の空間とかは見られない所で作ってよ」
「嫌よ。人生がもったいないわ。ていうかもう学校来なくたっていいのよ。ねぇ?」
「沙羅、それは道徳的に問題があると思うけど……」

 僕が恐る恐る言うと、沙羅は抱きつく僕の腕をつねってきた。
 ……もう超能力で、僕に対してだけは力を弱くしたはずなのに、痛い。

「まぁウチからすればどっちでもいいや。瑞揶、靴下乾かして。上履きも」
「……なんで平然と頼むかなぁ」

 でも願えばいいだけだから環奈の靴下も上履きも乾かす。
 この体勢のままでもいいしね。
 乾いたのがわかったのか、環奈はトントンとつま先で床に叩く。

「おおっ、乾いてる。ありがとね」
「どういたしまして」
「用が済んだらさっさと行きなさい」
「……これから寒い季節になるってのに、熱過ぎだわ」

 呆れたように言い残し、環奈は去って行った。
 ……僕も恥ずかしくてほっぺが熱いですよぅ。

「ねぇ沙羅、そろそろ……」
「ん? そろそろなに?」
「……。いや、なんでもない……」

 膝の上に乗った彼女を離したくもないし、このままで居ることに。
 そして、聖兎くんもやってきた。

「…………」

 なんだこれは、という驚きの目で僕らを見てくる。
 僕の後ろの席なんだから、驚きも多いよね……。

「……おい、瑞揶。なんだこれは?」
「……えーと、これはですね……」
「私達、恋人なのよ」
「……。……ということです」
「…………」

 驚きのあまり、聖兎くんは大口開けた。
 しかし何を叫ぶでもなく、その口は一度閉じる。
 また開くと、幾つかの質問が同時に飛び出る。

「マジかよ……。お前ら、血の繋がりとか大丈夫なのか? 親はいないんだっけ? 同じ家に若い男女が住んでてそれはどうなんだ?」
「全部問題ないわ。私と瑞揶は血縁関係にないし、親は今更どっちでもいいし、瑞揶は常識を守るからやましいことなんてないわよ」

 沙羅がキッパリと全て答える。
 ……そういえばお義父さんには報告してないなぁ。
 ……まぁ、いいかぁ。

「……まぁ、好きなもの同士ならそれで良いと思うし、2人ともおめでとう」
「あはは……ありがと」
「どうもっ。ふふふっ、瑞揶は私の物で、瑞揶は私の物。……はぁ。もうずっとこのままでいれたらいいのに」
「……そうだね。ずっと一緒だったら、嬉しいよね」
「……おかしいな。雨が降ってて寒いぐらいだったのに、暑くなってきた。ちょっと俺、退散するな?」

 妙に速い足取りで聖兎くんは去って行った。
 それとは入れ違いで、瑛彦が入室する。

「うわっ!?」

 そして僕達を見て、みんなと似たような反応をする。
 ……なんだかなぁ〜。

「あら、瑛彦じゃない。ふふっ、どう?」
「どう、じゃねぇぜ沙羅っち。クラスで何してんだよ」
「なによ、ただ抱きつかれてるだけじゃない」
「……2人ともやめて。凄い恥ずかしいんだけど」

 おおっぴらに、僕の事も含めて話されると凄く恥ずかしい。
 止めると沙羅は口を噤んで僕の胸にもたれ掛かり、瑛彦は床にカバンを置く。

「……で、どうしたんだこれは? 瑞揶が沙羅っちを離さねぇの?」
「沙羅が僕に要求して来たんだよーっ。教室で僕から抱きつくなんて、恥ずかしくてしないもんっ」
「瑞揶は家だと猫みたいに甘えてくるのに、学校だと恐縮するのよね。ま、その分私から甘えるけど」
「むむぅ……」

 嫌じゃない分逆らえない。
 けどお互い顔が真っ赤で、さらに愛しくなる。
 沙羅を抱きしめる力を強めると、また瑛彦は「うわっ」と言った。
 みんながみんな、うわって言う。
 なんだかなぁ……世間に認めてもらうには、まだ時間がかかりそうだ。







 昨日は行けなかったけど、今日は部活に出る。
 メンバーの中でバイト組は今日居ないけど、ナエトくんは本を読み、瑛彦は1人でギターを弾いている。
 そして、レリと沙羅は、僕にしがみついていた。

「瑞揶はあたしのもんだ! 沙羅、その手を離せ!」
「何言ってんのかしらね? 瑞揶は私のよ? 瑞揶だってそう言ってるのだから、ねぇ?」
「うん……」

 沙羅の言葉に僕は頷く。
 もう僕と沙羅は互いを想い合う仲になった。
 レリには悪いけど、僕につきまとうのはやめて欲しい。
 しかし、レリは離れなかった。

「それはあたしが離れる理由にはならないって言わなかったっけ? ねぇ? 別にいいじゃん。女の子に抱きつかれて嬉しくないわけじゃないでしょ?」

 彼女は笑う、嗤う。
 口元を三日月状に歪ませ、狂愛をかんじさせる笑みだ。
 レリの抱きしめる力が強くなる。
 怖い――ねじり曲がった彼女の想いが怖い。

「――レリ、僕は嫌だと言ってるんだ! 離してよっ!」
「キャッ!?」

 僕は、レリを突き飛ばしていた。
 腕から落ちて倒れる彼女は、普通の可愛げな少女に映った。

「あっ……」

 突き飛ばしてから気付く。
 突き飛ばす、それはあからさまな拒絶の証だ。
 こんな事をされて、傷つかない方がおかしい。

 しかし――それでも彼女は笑っていた。
 ひるんだ様子などどこにもない。
 狂愛だ――。
 彼女の愛には、狂気を含んでいる。
 倒してしまったというのに、僕は彼女に声を掛けることができなかった。

 気付けば、部屋にいる全員の視線がこちらに向いている。
 瑛彦はギターから手を離し、ナエトくんは本を片手に横目でこちらの様子を伺っている。

 音のしない静かな場だった。
 少し前まではみんなでまったりほのぼのとして楽しい部活だった。
 それなのに、どうしてこんなに殺伐としてしまうの――?

「――レリ」

 僕が顔を伏せようとして、沙羅もが僕から離れた。
 僕とレリの間に割って入り、水色の髪をした少女に語りかける。
 レリは小首を傾げ、短く言葉を返した。

「なに?」
「これ以上瑞揶に近付くなら、私は容赦しないわ。瑞揶が嫌がってる姿を見たくない。アンタも好きならそうなんじゃないの? 瑞揶を嫌がらせて、アンタはそれでいいの?」
「別に?あたしがよければいいし」
「……そう」

 ポツリと呟いて、沙羅は右足を上げた。
 そして――レリの胸を蹴り上げた。

「アッ!!?」

 短い悲鳴とともに、レリの体が吹っ飛ぶ。
 ガシャガシャと机を散らかし、向こうの壁に叩きつけられた。
 ドンッと彼女の体が落ち、少女は胸を押さえて呻き声をあげる。

「――沙羅っ!!」

 声を発したのは僕だった。
 怒声に近かったかもしれない呼び声。
 しかし、沙羅は振り返ってくれなかった。
 ずっと彼女は、レリから視線を離さない。

「……うっ……あっ……!」

 先ほどまでの笑みは掻き消え、苦しげな表情を出すレリ。
 蠢く彼女に沙羅は歩み寄り、声を掛けた。

「迷惑ってね、こういう事よ。苦しいの。これで少しは身の振る舞い方がわかったかしら?」
「こッ……の……!!」
「……どうやら聞く耳もないようね。忠告のつもりで優しく言ったけど、聞かないならいいわ。今度から瑞揶を困らせるたびにアンタの四肢のどこかを動かなくするから」

 じゃね、と言って沙羅は踵を返した。
 肩を揺らして歩き、僕の下まで戻ってきて僕の手を掴む。

「ちょっと来なさい」
「……うん」

 そして僕は、彼女に従うがままに視聴覚室を後にした。
 最後に見えたのは、瑛彦に介抱されるレリの姿だった――。

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