連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十三話

 僕と沙羅は1階奥の部屋に入った。
 僕にとっては見慣れた部屋。
 でも、沙羅にとっては目新しい部屋だ。

 基本的には今の僕の部屋と変わらない。
 ベッドじゃないけど布団が敷かれていて、その上にはぬいぐるみがいくつも整列している。
 机の上には音楽のノート、それからペンが置いてあって、あとはキチンと本が立てられている。
 窓に付いたカーテンは水色で、部屋の色合いは緑と水色ばかりだった。

 これが僕の前世の部屋。
 広さは今の僕の部屋より幾分か狭く、縦長な部屋だけど――ここに来るとなんだか落ち着くんだ――。

「……この場所は、こうなっていたのね」

 ポツリと沙羅が呟く。
 首を回してきょろきょろ辺りを観察するさまは微笑ましいし、自分の部屋をじっくり見られるというのはこそばゆい。

「ここは前世の僕の部屋なんだ。沙羅……あんまり観察しないでよ」
「なによ。入ろうって誘ってきたのは瑞揶のくせに」
「そっ、それはそうだけど……」

 だからって遠慮がなさ過ぎる。
 電気も点けてないのに、沙羅はずかずか部屋に入って押入れや机の引き出しなんかを開けた。
 まるで何かを探しているようだけど……いや、いいや……。

「……沙羅、そっちに座って」
「ん? わかったわ」

 彼女に言いつけ、僕と彼女は布団の上に腰を下ろす。
 その位置から僕は無造作に転がっている自分の携帯を手に取り、開いた。
 今ではスマホが急増してるけど、これはガラケーだ。

「どれどれ……」

 僕の肩に両腕を乗せ、沙羅は携帯の画面を覗き込んできた。
 映っている壁紙は霧代の笑っている写真で、沙羅は眉をしかめる。
 けれど僕は笑って返した。

「僕と霧代はね、一緒に居られたのは、出会って3ヶ月ぐらいでしかないんだ」
「……え?」
「実はね、沙羅の方が一緒にいる期間は多いんだよ?」

 これは事実だ。
 沙羅と霧代なら、沙羅の方が圧倒的に一緒にいる期間が多い。

「それでもね、僕の中では一番幸せな時間だった。愛されることは凄く嬉しいんだって、知れたから……」
「……それを聞かせて、私をどうしたいの?」
「あはは……。まぁ聞いてよ」

 ちょっと怒った風な彼女を制し、僕は話を続けた。

「僕は、愛がとっても深いんだなって自分で思ったの。3ヶ月……それだけしか愛した期間はないのに、僕は10年もこの世界でうじうじしてた。……もううじうじしたりしないけど――」

 すぐ隣にある、沙羅の顔を覗きこむ。
 僅かに頬を赤くさせた少女の顔に、僕は笑いかけた。

「沙羅は、僕の重い愛を受け取れますか――?」

 たった1つの問いを、恋人となる少女に投げかけた。

「えっ……うっ……」

 沙羅は僕に寄り添ったまま、視線を伏せる。
 彼女の顔は見る見る赤くなり、肩に置いていた手を離し、抱きついてきた。
 暗い室内に映る好きな人の顔は、とても可愛らしかった――。

「……バカ。アンタこそ、私の愛を取りこぼしたら、許さないんだから」
「あはっ……相変わらず負けず嫌いだなぁ、沙羅は」
「…………」
「…………」

 何も言われず、僕も黙った。
 暗い室内、感じるのは彼女の体温と感触だけ。
 どんな音も響かない2人だけの世界。
 耳ではこんなに静かに感じるのに、胸の動悸だけは煩い。
 そこで、改まって僕は感じることができた。
 この想いを、彼女に伝えよう――

「――好きだよ、沙羅」

 紛れもない、僕の心からの言葉だ。
 しっかりと、戸惑いもなく言えただろう。
 すると、ぴたっとくっついた少女から、すすり泣く声が聞こえた。
 ぽつぽつと涙を流し、潤んだ瞳で、彼女は僕の顔を覗きこむ。

「嬉しいっ……。私もっ、私も好きよ……瑞揶っ……」

 途切れ途切れの言葉を紡ぎ、彼女は想いを口にした。
 嬉しさのあまりか、いつも以上の力で抱きついてくる。
 で、でも……

「い、痛い! ちょっと沙羅、本気出さないでっ」
「えっ……? ……あっ」

 何事か気付いたのか、沙羅は僕から体を離した。
 魔人の彼女が普通に抱きついてきたら僕はひとたまりもなくて、僕は布団の上に倒れこむ。
 ろ、肋骨が折れるかと思った……。
 まだズキズキと骨が痛むよぅ……。

「……瑞揶の能力で、私が抱きつく力を変えてもらう必要があるわね」
「そっ、そうだね……」

 じゃないとこの先、何回こうして死にかけることやら。
 それに、強く抱きしめないと、沙羅も満足しないだろう。

「……ふふっ」

 ニコニコとはにかんで沙羅が笑う。
 ……何かおかしかったかなぁ?

「なんで笑ってるの〜っ?」
「だって……本当にこれからは恋人で居られるんだって……。そう思うと、嬉しくて……」
「……。……そうだね」

 これから先、僕達はずっと一緒だ。
 お互いに愛は深いから、この先に何があろうと大丈夫。

 今日から始めよう。
 1歩1歩、新しく踏み出すことを――。
 愛する人に並んで、明日へと――。







 朝起きて、伸びをする。
 いつもの習慣が体に染み付いてるせいか、僕は普段通り5時半に起きることができた。
 立ち上がろうとして、腰に当たった異物の感触に僕は振り返る。

 そこには、沙羅がすぅすぅと寝息を立てていた。
 普段の彼女なら寝相が凄くてベッドから落ちるだろうが、僕が堤防となってそれを防いだのだろう。
 沙羅は手足があちこちに向いていたけど、ベッドに落ちるということは無さそうだ。

「……クスッ。どこのアートなのさ……まったく」

 彼女の寝方が面白くてつい笑ってしまう。
 彼女の白い頬を撫で、今日も朝食を作らんと台所に向かった。

 沙羅がリビングに来たのは、それから30分後の事。
 今日は頭を打つようなこともなく、寝ぼけ目で目を擦りながら、寝間着姿で冷蔵庫を開ける。

「……瑞揶ーっ、コップ〜……」
「はいはいっ。それからおはよ、沙羅」
「……ぬー」

 ぼーっとしていて、コップを渡しても手に持ったぎゅうにゅうぱの中身を注ごうとしない。
 これは彼女、良く寝れなかったんだろうなぁと予想できる。

 昨日から、一緒に寝ないかと沙羅が誘って来た。
 今世では全力全開で愛したいからそれは構わなかった。
 しかし、16歳から昨今の性の乱れに触れたとあったなら僕たちのこれからにも大きな損害を及ぼすし、そこはちょっと、と沙羅に相談し、

「じゃあ抱き合うのとキスだけで」

 と、迷いなく了承してくれた。
 意外だなぁと思いつつ、抱きしめ合ってるだけでも嬉しいから、それでいいだろう。
 その結果、こんなに眠そうな沙羅が生まれるとなると……うーん。

「……可愛いから、いっか」
「……なによーっ」

 目を閉じたまま口を広げて怒ってくる。
 いつもの覇気がないと微笑ましいものだ。

「……沙羅、入れてあげようか?」
「……むにゅう」
「…………」

 これは大変そうだなぁ……。
 などと思いつつ、僕はコンロの火を止め、彼女の両手から持った物を取り上げてテーブルに置く。

「……瑞揶ーっ。私に……刃向かうのーっ?」
「……えぇ?」

 ボスッと僕に倒れこんでくる。
 体当たりのつもりなのか、まるで痛くなかった。
 刃向かうだなんて、大袈裟な……。

「……沙羅、寝ぼけ過ぎ。いつまで寝てるのっ」
「……にゃー」
「えっ……にゃー?」
「…………」

 ただ呟いただけのようだ。
 ねこみたいに甘えてきたのかと思ったのに、残念でならない。
 かといって、このまま起きてもらわないというのも困り者だ。
 だから僕は、沙羅の唇に優しくキスをした。

「……んんっ」
「……ん? ……んんんんっ!!?」

 唇同士を付けているだけ、それでも息が苦しくなってきたのか、彼女は刮目して僕から顔を離した。
 目の前で何て声を出すんだ……おかげでちょっと耳が変な感じがする。

「……お、おはよう、瑞揶」

 カアアッと真っ赤になる顔で彼女は改まって挨拶してくる。
 僕は2度目の挨拶にクスリと笑い、同じように挨拶を返す。

「おはよっ、沙羅。目覚めのキスはどうだった?」
「……物理的に胸が苦しいわ」
「物理的……空気は流体だよね。物理かなぁ」
「きっとそうよ。そんな事より、よくもやってくれたわね。お礼に何をしてやろうかしら」
「もう……そんなこと言ってるなら、ご飯の準備手伝ってっ」
「えー……あーでも……いや、うん、わかったわ。とりあえず顔洗ってくるから待ってなさい」
「……?」

 すごく言いどもって、結局了承し、沙羅は1度リビングから姿を消す。
 ……一体何だったのかな?

 沙羅が戻ってくると、エプロンまで付けて得意顔をしていた。
 僕が作業を再開しているのに、ズイズイと台所にやってきて僕にくっ付く。

「フフ、一緒に出来て嬉しいわ」
「……えっ」

 ドクンと、胸が大きく鼓動する。
 力が抜けて、箸を一本落とした。
 顔が熱くなるのを感じ、恥ずかしすぎてプシューっと音が出そうだ……。

「あっ、あの……」
「……なーに照れてんのよっ。恋人でしょ?」
「えっ、そっ、そうだけど……」
「霧代ともこんな感じだったんじゃないの?」
「…………」

 言えない。
 音楽室で2人で過ごしただけで、恋人らしいことは土日に何回かデートしただけなんて……。
 僕は霧代の家にも行ったことないし、霧代は僕の家に来たのは看病と最後の時だけ。
 こっこんな近くで、一緒に作業とか……その……。

 ――ものすごく照れる、というか……。

「……瑞揶、顔に出まくりよ」
「ええっ!?」

 げんなりした様子の沙羅に、僕は驚く。
 そ、そういえば、霧代とあった頃にも、こんなやり取りを……。
 僕、成長してないのかなぁ……。

「でも、へぇ……霧代とはなんにもしてないのね。キスすらしてなかったんだから、そっか」
「うっ……だ、だって……」
「それだけ大切に想われてたのね。やっぱりちょっと羨ましいわ」
「…………」

 目を伏せてスルスル野菜を切る沙羅。
 ……むー。

「僕がこれから沙羅を大切にするんだから、そんな顔しないのっ!」
「えっ!?」
「ん?」

 あからさまに驚き、僕から身を離す沙羅。
 目を見開いて僕を見ている。
 ……?

「なんで、そんなに驚いてるの?」
「だって……アンタ、そんな強い語調で喋ることって、普段ないじゃない。急だったから、びっくりしたのよ……」
「……そうかな?」
「そうよ……」

 でも、ちょっと嬉しかったかな――。

 ポツリと呟いて、沙羅は俯いてしまった。
 そんな風にされると、僕まで照れくさくなってしまう。

 そうこうして料理を作ると、7時を過ぎていた。
 手伝いが増えて早くなるはずが、空回りしてしまったらしい。
 でも、嫌な気持ちは全くなかった――。

 これから学校に行く。
 そしたら今度は、どんな事になるだろう――?

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