連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第十二話

 お昼休み、僕は神下くんに校内を案内した。
 お昼を食べる前に、彼から僕に案内を頼んできたんだ。
 沙羅がむ〜っと唸ってたけど、あははと笑うしかなかった。

「いやぁしかし、やっぱ都会の学校は広いな。人も多いし、楽しくなりそうだ」

 一通り見て回って教室に戻り、神下くんが感慨深げに呟く。
 楽しそうなのは何よりだけど……

「……ここ、そんなに都会でもないよ?」
「そうか?俺からすれば都会だ。天界から来たんだけど、あそこはスッカスカだからな。建物も点々としてるし……密集地のこの町は新鮮だぞ?」
「あはは……そっか」

 天界から来た――。
 あそこは人間が住むには気圧がとても薄いから、十中八九彼は人間では無いのだろう。
 種族を聞くのは、野暮なのかな?

「なぁ、瑞揶。今日暇だったら、町を案内してくれないか? あぁ、もちろんタダでしてくれとは言わん。何か奢るからさっ」
「……うーん。今日、かぁ」
「ん? 忙しいのか?」
「いや、ちょっとね……」

 多分、今日を終えたら暫く沙羅と一緒に帰ることはないだろう。
 それが寂しくて、今日は一緒に帰りたい……。

「まぁ無理にとは言わないけど……近々頼むよ」
「うん。明後日にでも、かな。行こうねっ」
「おう」

 ニコリと笑顔を返してくれる神下くん。
 話しやすいし、しっかりした人だなぁ……。

「まぁ弁当でも食おうぜ」
「そうだね……」

 そして、遅れながらにお弁当を食べる。
 それから2人で雑談しながらぱくぱく食べて、すると沙羅と瑛彦が教室に入ってきた。
 みんなと屋上で食べてたんだろう。

「おおっす瑞っち、そしてイケメン」
「ん? ああ、お前は確か瑛彦だったな。授業でも騒いでたから覚えてるぞ」
「そうそう、俺は瑛彦。よろしくなー」

 瑛彦と神下くんが握手する。
 がっしりとしていて、男らしい握手だ。
 いいなぁ、いいなぁ。

「みーずーやーっ」
「むぐっ?」

 名前を呼ばれると同時に、沙羅が背中から抱きついてきた。
 頭にあご乗せられて、少し痛い。

「沙羅〜、痛い〜っ」
「ふっふっふ、なんだか瑞揶より大きくなった気分だわ」

 得意げなようで、彼女は僕から離れる様子はなかった。
 僕たちの様子を見て、神下くんが神妙な顔をする。

「……瑞揶、その子はなんなんだ?」
「私は瑞揶の家族よ。よろしく、転校生」
「ああ、よろしく。それと、転校生じゃなくて神下だ。もしくは、聖兎って呼んでくれよ」
「じゃあ、聖兎ね。私と瑞揶はこんな感じだから、気にしないで」
「むーっ、沙羅のあごが頭に刺さるーっ」

 僕がじたばたしても、沙羅にがっしりと抑えられて動けない。
 いつもこんな感じだけど、だけど〜っ。

「……なんだか、瑞揶も大変そうだな。俺は家族とかいないからさ、気楽だぜ?」
「えっ」
「おうっ?」
「にゃーです……?」

 神下くんの言葉に、三者三様驚きを示す。
 家族がいない、の?

「……そんな驚くなよ。天界にいる天使の大半はそうだぜ? というか、自由律司神が生み出してるから、親っていうと、アイツになるのかもなぁ」
「あっ、天使って神様も作れるんだねっ」
「そりゃあ神様だからな。作れるんだろう」

 うんうんと神下くんは頷く。
 天使って、人間や魔人が結婚したとしてもこの世界では普通に生まれてくる。
 だから親が居ないのには驚いちゃったけど、違う理由ならいいんだ……。

「でも神下くんって凄いね? 神様から生まれたんだ〜」
「そうなるけど……別にすごくないぞ? 身体能力的には人間と変わらないし、魔法は魔人のトップレベルと変わらない。神様から生まれたと言っても、大した奴じゃないんだ」
「そうにゃのですか? そうにゃのですか?」
「……お前はなんだかねこっぽいな」
「にゃーですからぁ〜」
「……意味がわかんねぇよ」

 神下くんの呟きに、瑛彦と沙羅も頷く。
 沙羅が頷くと、あごが刺さって痛いです……。
 それよりも、にゃーですはにゃーですだよ?

「瑞揶はねこっぽい声出すけど、うさぎの方が好きなのよね」
「本当はキリンさんを召喚したいんだけど、さすがに大きいからね。ハムスターも召喚したいよーっ」
「……お前たち、楽しそうだな。家族ってのも悪くなさそうだ」

 どこか納得して笑う神下くんに、僕も沙羅も笑顔を返すのだった。
 こうして昼休みの時間は、緩やかに過ぎ去った――。







 午後の授業もつつがなく終了。
 放課後になって、僕は神下くんに声をかけられた。
 帰り支度はもう終わってて僕も彼も学生カバンを持っている。

「瑞揶、ちょっと話があるんだが……」
「うん? なにかな?」
「少しな。ここじゃ言いにくいから、出てくれないか?」
「うん……別にいいけど、沙羅に一言伝えてから行くね?部活遅れるから、って」
「ああ、部活入ってるのか。悪いな」
「いいよいいよ。気にしないでね〜っ」

 そういうわけで、僕はまだクラスにいる沙羅のもとにとてとて歩いて向かった。
 沙羅は僕に気付くと、得意げに笑う。

「あらあら瑞揶、どうしたの?」
「あのね、少し神下くんと話して行くから、少し部活に行くの遅くなるね」
「……そう」

 しかし、彼女の表情は一気に暗くなった。
 な、なんなのさーっ!?
 やっぱり、寂しいのかな?

「ごめんね? 帰ったらいっぱいぎゅーっしてあげるから、ね?」
「……えっ? い、言ったわね!? 約束よ!」
「う、うん……」
「ふふん♪ それならよろしい。私は先に行ってるわ。じゃ」
「うん、また後でね……」

 挨拶して、彼女はスキップして去っていった。
 沙羅、前はあんなに単純な子じゃなかったのになぁ……。

 僕は神下くんの元に戻り、それから彼と一緒に1階の昇降口裏にあるスペースで座る。

「これはにゃーのおごりなのです」
「ハハッ、サンキュ」

 僕は構内の自販機で買ったジュースを神下くんに渡す。
 2人で1缶ずつブルタブを開けた。
 1口飲んで、一息。

「ふぅ……なんか、高校生らしくていいな、こういうの」
「そうです?」
「ああ、そうだよ」

 はにかんで答えてくれる。
 ならきっと、そうなんだろう。

「あはは……それで、話ってなにー?」
「それなんだが……」

 彼らしくなく言いよどむ。
 少し話すのが難しそうだけど、まだ転校初日ですからにゃー。

「僕にはなんでも言っていいよ? 大抵の事は、なんとかするから……」
「……とは言っても、本当にこれをお前に言っていいのかわからないんだ。お前に頼めと言われたんだが……」
「え? 誰に?」
「――自由律司神」
「――――」

 なんでもないように彼の口から出た名前は、とても偉い人のもので、僕は背筋が凍った。
 僕を監視していると言った、この世界の神様であり、僕のオリジナル――。

「……その人が、なんて言ったの?」
「ああ、それがな――」

 僕は生唾を飲む。
 自由律司神は、神下くんから僕に、何を言わせるのか――。





「家は作らないから、響川家に泊まれって」
「…………」




 ……えっ?


「ごめん、なに? もう一回言って?」
「だから、瑞揶の家に泊めてもらえって言われたんだ。ああ、別に、お前んちで悪さしようだなんて思ってない。俺もよくわからないけど……まぁ命令だからな」
「……そっかぁ。うーん……」

 突然の事に、さすがの僕も困った。
 いつもなら快く受け入れたものだけど、家には沙羅がいる。
 まだ僕はこの人を完全に信用したわけじゃないし、女の子の沙羅が居る手前、泊めるわけにはいかない。
 なにより――僕は数日家を出る。
 しばらくのんびりして、過去を埋葬し、そして沙羅に向かい合いたい。
 だとすると、沙羅と神下くんが2人きりになってしまう……。

 耐え難い――。
 そんな状況に、してたまるか……。

「……神下くん、家が無いんだよね?」
「ああ、ない。あの神様さ、ほんとテキトーだよ。家がないってどういうことだか……」
「じゃあ僕が買ってあげる」
「……え?」

 僕の言葉に、神下くんは驚いた。
 それもそうだ、家を買うなんて簡単に言えたことじゃない。
 安くても数百万はするのだから。

「……いいのか? 俺、そんな金返せないぞ……」
「返さなくていい。僕はお金にあまり頓着しないから、気にしないでいい。ただ、うちに泊まるのだけは、絶対ダメッ」
「……そうか。でも、本当にいいんだな? 家だぞ、家。子供のおもちゃを買ってやるのとは、わけが違うぞ……」
「うん。それでも、僕は沙羅と誰かを……っ」
「……ははっ、さっきの家族か。お前にとって大切なんだな」
「……。……うん」

 彼の言葉を素直に肯定する。
 大切、とても大切だ。
 僕がこの世界で一番大切だと、思ってるんだから……。

「ま、俺が信用に置けないのはわかる。だから正直、野宿も考えたんだがな。金も無いし、やめたけど」
「……お金?」
「そうそう。手持ちがあまり無いからな。ここに来る前は、普通に高校生だったんだぞ? 他の命令受けて仕事してたけど、普通の学生だ」
「……そうなんだ」

 ならきっと、隣に座る彼は本当にただの15〜16歳の少年なのだろう。
 事情はわからないけど、天使って理由で自由律司神に拾い上げられたのだろうか。
 そしてここに来た――かな。

 もしそうなら、彼も不憫だ。
 でも人の良い彼の性格なら、この先もうまくやっていくだろう。

「……ごめんね。家族にはできないけど、許して……」
「いいっていいって、家を買ってもらえるってだけで、とてもありがたいんだ。いつか、この恩は返す。返さなくていいって言っても、な」
「あはは……気長に待つよ」

 天真爛漫な笑顔を向けてくる彼に、僕は苦笑して返した。
 明るい、優しい、言葉も頼もしい。
 とても良い人だ。

 自由律司神は、何故この人を僕のもとに送ったのだろう?
 なにか、意味があるのだろうか……?

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