連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第十一話
そこは天界にある鳳凰天凱の間。
薄暗くてだだっ広い空間に、3人の人影があった。
その全てが成年を超えた姿にあらず、若々しいもの。
うち1人――アキュー・ガズ・フリースト、【自由律司神】が口を開く。
「さて――君たちには地上に降りてもらう。やる事はわかっているな? 君たちの中の使命は書き換えた。それに従え」
『――御意』
2人の男女が声を重ねた。
1人はあちこち跳ねた金髪を持つ男性。
人の良さそうな笑顔と、サファイアのごとく瞳を有している。
白い布1枚で覆われた姿は聖職者にしか見えない。
もう1人は水色の長髪を持った少女。
うるさわしそうな口は閉じられ、今は無表情である。
か細き白き体には、こちらも白い布を一枚当てただけだ。
「……では聖兎、レリ。任せるぞ」
『ハッ』
自由律司神の声に、2人は声を重ねて返事を返した。
まるで魂の抜けたような、虚空の瞳のままに――。
◇
「正直に言ってさ、学校で毎日会うし、電話もできるよね?」
「……まぁそうね」
翌朝の朝食にて、僕は沙羅とそんなことを話していた。
泊まりに行くのは今日からで、昨日の夜に瑛彦から許可はもらっている。
だから、今日帰ってきたら荷物を持って、沙羅と別れて暮らす事になるだろう。
「……うぅ、沙羅は1人で生活できるかなぁ。心配だよぅ、心配だよぅ……」
「……できるわよ。家事全般できるわ。ただ、めんどくさいからお風呂はあまり入らなくなりそうね」
「ええっ!?」
「シャワーは浴びるから心配しなくていいわよ……」
私、臭う?と言って自分の腕を鼻に当てる沙羅。
髪の毛からいい匂いするし、汗とかが匂っても嫌いじゃないけどね……。
「僕は沙羅の匂い好きだよ〜っ?」
「……なんですってぇ?もう一回」
「……沙羅の匂い、好きだよ?」
「次は匂いを抜かして言いなさい」
「……にゃー?」
「照れてないで言いなさいよ、このこのっ」
「やーっ、まだ待ってなのーっ!」
えいえいと僕の頬を箸でつついてくる。
ダメなんですーっ、今言うと離れたくなくなって行けなくなっちゃうものーっ。
「アンタって変に強情よね。もっと欲望のままに生きれば良いのに」
「欲望……かぁ。僕は音を聴くのが好きだよ? 毎日沙羅の声聴いてるから、これでいいし……」
「ちょっ……もー、ほんとナチュラルにそんなこと言うんだから……」
「嫌だった?」
「……めちゃくちゃ嬉しいわよ」
「あははっ……そっか」
だったらよかったなぁと胸をなで下ろす。
そんな調子でゆるりと朝が過ぎ去って行った。
学校に着いてからも、僕と沙羅はのんびりとしていた。
とはいっても、彼女と僕の距離は以前よりも密着していて暖かいけども。
僕は席に座り、その上から沙羅が乗っかってきている。
羽のように軽いとは言わないけども、それなりに軽い彼女を乗せても苦にはならない。
斜め前には瑛彦が立っていて、寝ぼけ目で僕達を見ていた。
「ねみーっ……。ねみーよ瑞っち。膝枕してくれ」
「……それは理優に頼むべきなんじゃないかな?」
「クラス遠いって……。今は会わんでいいよ」
「そっか〜」
会いに行かないらしく、瑛彦は近くの机に突っ伏した。
疲れてそうですにゃー。
僕も疲れてますよーっ。
「……んっ」
沙羅が目を細め、僕に体を委ねてくる。
艶かしい声出さないで……。
「……うわぁ、沙羅っちが瑞っちに甘えてる。なんだこれ」
そして突っ伏した瑛彦が復活し、げんなりとした顔を僕らに向けた。
学校では僕がぎゅーってする以外にベタベタしないからね。
不自然に思われるのも仕方ない。
「僕の胸はあったかいのです〜っ」
「……このまま寝たいわ」
「これから授業だよーっ。寝ちゃダメーっ」
「サボりたいんだけど」
「ダメッ、起きてっ」
「……キスされないと起きないわ」
「えっ」
ドキッとした。
だけどそれよりも、瑛彦に今のが聞かれるのは……
「……えっ? 嘘だろ瑞っち。は? どうなってんだ?」
実際、彼は困惑して頭を抑えていた。
そうだよね、僕はいつも恋愛の話がダメだったのに、ここまで甘えられてるんだもの。
「瑛彦、後で話すからっ」
「お、おう……。なんかうん、もう席に戻るな、俺」
「あ、あはは……」
瑛彦が立ち上がるのに対し、から笑いを返す。
甘えられるのも良いんだけど、学校では従兄弟で通ってるから勘弁して欲しいなぁと思ったり。
でもどうしようもないから、誰にも見られないように小さな結界を貼って、1度しているからいいかと僕は沙羅の唇を奪った。
「っ――」
一瞬の口付けなのに、沙羅は驚いて目を丸くしていた。
すぐに真っ赤になる彼女はそっぽを向いて、ゆっくりと腰を上げる。
「……キスされたら、離れたくなくなるんだけど」
ツンとした様子で僕に訊いてくる。
赤面しているからか、そんな彼女も可愛く思えた。
「沙羅の出した条件でしょ? これからも一緒にいるし、たくさんキスもするからさ……行って」
「……むーっ。……じゃあ――」
沙羅は僕の両肩に手を置いて、唇を僕の唇に押し当ててきた。
これもまた一瞬の事で、彼女の唇はすぐに離れた。
「……お、お返しだからっ。じゃあっ」
「…………」
さらに顔を赤くさせて、彼女は去っていった。
意地っ張りだなぁと思いながら、僕は自分の唇に指を当てるのだった。
それは余韻を味わうかのように――。
◇
朝から過激な1幕を終え、ホームルームになった。
女性の数学教師が担当するうちの担任は開幕早々に笑顔で手を前に出し、こう告げた。
「今日は転校生を紹介します。男の子でカッコいいですよ? 女子は取り合いをしないように」
その一言で教室はざわついた。
先生がそれだけ言うっていうことは、よっぽどカッコいいんだにゃーと思いつつ、僕は机に突っ伏してのんびりと聞く。
「じゃあ神下くん、入ってきて」
「はいっ」
教室の前扉が開き、男の子が入ってきた。
夏服から覗く筋肉は細身なのにたくましく、歩き方もズッシリしている。
あちこち跳ねた金髪で、サファイアのような瞳を持っている。
ガッシリとしているのにその顔はにこにこしていてとても爽やかだ。
カッコいいですにゃー……僕もああなりたいーっ。
「自己紹介してください」
「はい。神下聖兎です。気軽に聖兎、って呼んでくれよなっ」
ニカっと彼は笑い、教室の一部から黄色い声が飛んだ。
その中で瑛彦が「クラス一のイケメンは俺だー!」と叫んでブーイングを買ってたりしたけど、僕は気にしなかった。
むしろ気になったのは――
「…………」
いや、気にするまでもなかった。
沙羅があの金髪の転校生を見ていると思いきや、彼女に目線を向けたら目が合ったから。
……ホームルームが始まってから、ずっと僕を見ていたのかな?
愛が激しすぎるよぅ……うぅっ……。
「席は瑞揶くんの後ろよ。神下くん、瑞揶くんは優しい子だから、いろいろよくしてくれるわ」
「そうですか……へぇ〜」
「にゃ、にゃ?」
先生に名指しで呼ばれ、神下くんが僕の顔を覗き込んでくる。
僕は期待されるほど優しくないからっ、お、お手柔らかに……。
「……瑞揶くんかぁ。よろしくっ。いろいろ教えてくれよな」
「う、うん。よろしくねっ」
「はい、じゃあ瑞揶くんの後ろに行って。そしたらHR始めるわよー」
ゆっくりと神下くんが僕の方に歩いて来て、後ろの席に腰を下ろした。
その時、ぞわりと背筋が凍てつくのを感じた。
人が良さそうな彼が腰を下ろしたのに、何故だろう――。
それから午前の授業は平常に過ぎ去り、冷たい気配は感じなくなっていた――。
薄暗くてだだっ広い空間に、3人の人影があった。
その全てが成年を超えた姿にあらず、若々しいもの。
うち1人――アキュー・ガズ・フリースト、【自由律司神】が口を開く。
「さて――君たちには地上に降りてもらう。やる事はわかっているな? 君たちの中の使命は書き換えた。それに従え」
『――御意』
2人の男女が声を重ねた。
1人はあちこち跳ねた金髪を持つ男性。
人の良さそうな笑顔と、サファイアのごとく瞳を有している。
白い布1枚で覆われた姿は聖職者にしか見えない。
もう1人は水色の長髪を持った少女。
うるさわしそうな口は閉じられ、今は無表情である。
か細き白き体には、こちらも白い布を一枚当てただけだ。
「……では聖兎、レリ。任せるぞ」
『ハッ』
自由律司神の声に、2人は声を重ねて返事を返した。
まるで魂の抜けたような、虚空の瞳のままに――。
◇
「正直に言ってさ、学校で毎日会うし、電話もできるよね?」
「……まぁそうね」
翌朝の朝食にて、僕は沙羅とそんなことを話していた。
泊まりに行くのは今日からで、昨日の夜に瑛彦から許可はもらっている。
だから、今日帰ってきたら荷物を持って、沙羅と別れて暮らす事になるだろう。
「……うぅ、沙羅は1人で生活できるかなぁ。心配だよぅ、心配だよぅ……」
「……できるわよ。家事全般できるわ。ただ、めんどくさいからお風呂はあまり入らなくなりそうね」
「ええっ!?」
「シャワーは浴びるから心配しなくていいわよ……」
私、臭う?と言って自分の腕を鼻に当てる沙羅。
髪の毛からいい匂いするし、汗とかが匂っても嫌いじゃないけどね……。
「僕は沙羅の匂い好きだよ〜っ?」
「……なんですってぇ?もう一回」
「……沙羅の匂い、好きだよ?」
「次は匂いを抜かして言いなさい」
「……にゃー?」
「照れてないで言いなさいよ、このこのっ」
「やーっ、まだ待ってなのーっ!」
えいえいと僕の頬を箸でつついてくる。
ダメなんですーっ、今言うと離れたくなくなって行けなくなっちゃうものーっ。
「アンタって変に強情よね。もっと欲望のままに生きれば良いのに」
「欲望……かぁ。僕は音を聴くのが好きだよ? 毎日沙羅の声聴いてるから、これでいいし……」
「ちょっ……もー、ほんとナチュラルにそんなこと言うんだから……」
「嫌だった?」
「……めちゃくちゃ嬉しいわよ」
「あははっ……そっか」
だったらよかったなぁと胸をなで下ろす。
そんな調子でゆるりと朝が過ぎ去って行った。
学校に着いてからも、僕と沙羅はのんびりとしていた。
とはいっても、彼女と僕の距離は以前よりも密着していて暖かいけども。
僕は席に座り、その上から沙羅が乗っかってきている。
羽のように軽いとは言わないけども、それなりに軽い彼女を乗せても苦にはならない。
斜め前には瑛彦が立っていて、寝ぼけ目で僕達を見ていた。
「ねみーっ……。ねみーよ瑞っち。膝枕してくれ」
「……それは理優に頼むべきなんじゃないかな?」
「クラス遠いって……。今は会わんでいいよ」
「そっか〜」
会いに行かないらしく、瑛彦は近くの机に突っ伏した。
疲れてそうですにゃー。
僕も疲れてますよーっ。
「……んっ」
沙羅が目を細め、僕に体を委ねてくる。
艶かしい声出さないで……。
「……うわぁ、沙羅っちが瑞っちに甘えてる。なんだこれ」
そして突っ伏した瑛彦が復活し、げんなりとした顔を僕らに向けた。
学校では僕がぎゅーってする以外にベタベタしないからね。
不自然に思われるのも仕方ない。
「僕の胸はあったかいのです〜っ」
「……このまま寝たいわ」
「これから授業だよーっ。寝ちゃダメーっ」
「サボりたいんだけど」
「ダメッ、起きてっ」
「……キスされないと起きないわ」
「えっ」
ドキッとした。
だけどそれよりも、瑛彦に今のが聞かれるのは……
「……えっ? 嘘だろ瑞っち。は? どうなってんだ?」
実際、彼は困惑して頭を抑えていた。
そうだよね、僕はいつも恋愛の話がダメだったのに、ここまで甘えられてるんだもの。
「瑛彦、後で話すからっ」
「お、おう……。なんかうん、もう席に戻るな、俺」
「あ、あはは……」
瑛彦が立ち上がるのに対し、から笑いを返す。
甘えられるのも良いんだけど、学校では従兄弟で通ってるから勘弁して欲しいなぁと思ったり。
でもどうしようもないから、誰にも見られないように小さな結界を貼って、1度しているからいいかと僕は沙羅の唇を奪った。
「っ――」
一瞬の口付けなのに、沙羅は驚いて目を丸くしていた。
すぐに真っ赤になる彼女はそっぽを向いて、ゆっくりと腰を上げる。
「……キスされたら、離れたくなくなるんだけど」
ツンとした様子で僕に訊いてくる。
赤面しているからか、そんな彼女も可愛く思えた。
「沙羅の出した条件でしょ? これからも一緒にいるし、たくさんキスもするからさ……行って」
「……むーっ。……じゃあ――」
沙羅は僕の両肩に手を置いて、唇を僕の唇に押し当ててきた。
これもまた一瞬の事で、彼女の唇はすぐに離れた。
「……お、お返しだからっ。じゃあっ」
「…………」
さらに顔を赤くさせて、彼女は去っていった。
意地っ張りだなぁと思いながら、僕は自分の唇に指を当てるのだった。
それは余韻を味わうかのように――。
◇
朝から過激な1幕を終え、ホームルームになった。
女性の数学教師が担当するうちの担任は開幕早々に笑顔で手を前に出し、こう告げた。
「今日は転校生を紹介します。男の子でカッコいいですよ? 女子は取り合いをしないように」
その一言で教室はざわついた。
先生がそれだけ言うっていうことは、よっぽどカッコいいんだにゃーと思いつつ、僕は机に突っ伏してのんびりと聞く。
「じゃあ神下くん、入ってきて」
「はいっ」
教室の前扉が開き、男の子が入ってきた。
夏服から覗く筋肉は細身なのにたくましく、歩き方もズッシリしている。
あちこち跳ねた金髪で、サファイアのような瞳を持っている。
ガッシリとしているのにその顔はにこにこしていてとても爽やかだ。
カッコいいですにゃー……僕もああなりたいーっ。
「自己紹介してください」
「はい。神下聖兎です。気軽に聖兎、って呼んでくれよなっ」
ニカっと彼は笑い、教室の一部から黄色い声が飛んだ。
その中で瑛彦が「クラス一のイケメンは俺だー!」と叫んでブーイングを買ってたりしたけど、僕は気にしなかった。
むしろ気になったのは――
「…………」
いや、気にするまでもなかった。
沙羅があの金髪の転校生を見ていると思いきや、彼女に目線を向けたら目が合ったから。
……ホームルームが始まってから、ずっと僕を見ていたのかな?
愛が激しすぎるよぅ……うぅっ……。
「席は瑞揶くんの後ろよ。神下くん、瑞揶くんは優しい子だから、いろいろよくしてくれるわ」
「そうですか……へぇ〜」
「にゃ、にゃ?」
先生に名指しで呼ばれ、神下くんが僕の顔を覗き込んでくる。
僕は期待されるほど優しくないからっ、お、お手柔らかに……。
「……瑞揶くんかぁ。よろしくっ。いろいろ教えてくれよな」
「う、うん。よろしくねっ」
「はい、じゃあ瑞揶くんの後ろに行って。そしたらHR始めるわよー」
ゆっくりと神下くんが僕の方に歩いて来て、後ろの席に腰を下ろした。
その時、ぞわりと背筋が凍てつくのを感じた。
人が良さそうな彼が腰を下ろしたのに、何故だろう――。
それから午前の授業は平常に過ぎ去り、冷たい気配は感じなくなっていた――。
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