連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

閑話1:にゃーです?そしてほのぼの(※)

 僕はまた、夢の世界に来ていた。
 ぷかぷかとハートがたくさん浮かんだ愛ちゃんの世界。
 そこの一角、テーブルの向こうの愛ちゃんは両肘をテーブルに置き、重ねた手の甲にあごを乗せて重たい口調で呟く。
 張り詰めた空気に、僕は少し戦慄を覚えていた。

「……瑞揶みずやくん。君には言わなくちゃいけないことがあるの」
「む、むぅ……それは、なんですか?」
「……。……それは――」

 その言葉を聞いて、僕は絶望した。
 彼女から紡がれた、その言葉は――

「――君は、にゃーにはなれないんですぅうううーーーー!!!」







 今日は瑞揶の様子がおかしい。
 2回、3回と私はリビングのすみをチラ見した。

「うう〜……しくしくしくしく……」
「…………」
「しくしくしくしく……」
「…………」

 すみっこで、瑞揶がめっちゃ泣いていた。
 朝からずっと膝を抱えて泣いている。
 とてつもなく声を掛けにくいし、でも朝食は用意してあったしで私はどう反応したらいいのかわからない。
 彼の家族としては、話を聞きたい。
 だけど、昨日まで普通だった瑞揶がしくしく泣いてるのは理解できないし、そっとしてあげるべきなんだろうか。

 とりあえず、私はそっとしておくことにした。
 陽気で能天気な彼のことだから、そのうち復活するだろうと思って――。



 復活しないまま昼過ぎを周り、私はいよいよ彼に声をかけた。

「ちょっと、なに朝から泣いてんのよ。3時間以上泣いてるってなに?」
「……ううっ、沙羅ぁあああっ」
「うわっ……」

 瑞揶は私に泣きついてきた。
 涙がすごい勢いで服に染み込むんだけどっ。

「離れんしゃい! それより、ほんとどうしたのよ?」
「……うんっ」

 瑞揶は私から離れ、事の次第を語る。

「今日ね、夢で愛ちゃんに会ったの。それでねそれでね、僕にこう言ったの」
「なんて?」
「……僕は、にゃーになれないんだって」
「…………」

 なにを当たり前なことを言ってるのか、一瞬私は戸惑った。
 というかそもそも、にゃーってなによ?
 口癖の「にゃーです」だってよく意味がわからんのに、何を言ってるのか。

「……どういうこと?」
「僕はねこさんになれないんだよーっ! ひどいよーっ! ねこさんに甘えたいよう! 尻尾と尻尾結んでニャーニャー言いたいよぅ……」
「……はぁ、そう」

 私は内心ため息を吐いた。
 私から言わせれば、そんな事で3時間も泣いてるなんてアホかと。
 口には出さないけどね、瑞揶の性格はわかりきってるからこんな奴なのは知ってるし。

「尻尾とか、能力ではやせないの?」
「はえなかったよぅ……」
「じゃあなんかグッズ買ってきて、それ動かしたら?」
「グッズだけだと……うーん……でも、うーん……」
「…………」

 コイツ、すごくめんどくさいわね。

「ねこじゃなくてもいいじゃない。私でよければじゃれ合ってあげるわよ?」
「え……沙羅、本当?」
「もちろんよ。そんくらいならわけないわ」

 抱き付きあっても瑞揶は何も感じないようだし、私は好きな人に抱きつかれて役得だし。
 悪い提案ではないだろう。

「……じゃあ沙羅、こっち来て〜っ」
「ええ」

 瑞揶に手を引かれ、ソファの上に移動する。
 彼と私は腕を絡めあい、ペロペロと私の頬を舐める。
 なんだかくすぐったいけど、優しい愛撫だなって心が落ち着く。

「沙羅猫さんの髪はボサボサなのですにゃーっ。でもふわふわしてて気持ちいい〜っ」
「……瑞揶猫はなんでこんなに髪サラサラなのよ。うわ、髪指で折っても折り目つかないし」
「ふっふっふ、こだわりがあるのですにゃー」

 そんな感じで髪の毛を触り合う。
 ゆっくりと、梳くように丁寧に。
 それにも飽きると、私は瑞揶に抱きついた。

「沙羅猫さん、あったかいですにゃ〜」
「……そうかしらね」

 私は魔人。
 体温は人より低いはずだけど――

「――うん。沙羅、なんかドキドキしてるでしょ? 抱きついてるとわかるよ?」
「――ッ」

 それはその通りなのだけど、わざわざ口で言われると恥ずかしくなる。
 なんだって平然とそんな事を言ってくるのか。
 私の気持ちはわかってるくせにっ……。

「……ずっとこうやって、ゴロゴロしてられたらいいのにね」
「……そうね」

 のんびりごろごろ家でまったり。
 これも響川家の日常になる日は、さほど遠くない。







「……あらっ?」

 自室からリビングに訪れると、珍しく瑞揶が寝ていた。
 ソファーに座ったまま、くぅくぅと寝息を立てている。
 連日の疲れが襲ってきたのは予想できるが、彼の寝顔はなんだか可愛くて、いたずらしたくなってしまう。

「……くぅ……くぅ……」
「……ふむ」

 こくこくと頭を揺らす瑞揶を見て、どうするか決めた。
 とりあえず、寝ているうちにキスしよう。
 バレなきゃなんだって問題ないはず。
 そんなわけで、瑞揶の唇を頂く。

「んっ」
「…………」

 小さく開いた彼の唇を私の唇で塞ぐ。
 別に、だからと言って舐めたりはしない。
 触れ合うだけのキスをして唇を離し、赤くなった顔で再度彼の顔を覗く。
 起きた様子はなく、くぅくぅと寝息を立て続けていた。
 なんだか微笑ましくなって、彼の頭を優しく撫でる。

「むぅ……」

 撫でると、色っぽく唸った。
 男だろうにだらしがない。
 でも可愛い彼だから納得してしまう。

「起きないと、どんどんいたずらしちゃうわよ?」
「……くぅ……くぅ」
「……起きないか。フフ、どうしたらいいかしらね?」

 次はどうしようかとあごに人差し指を当てて考える。
 別に下を脱がしたりはしない。
 そーいう事は、来るべき時にできるから。

 なんだか、大したいたずらは思いつかなかった。
 もとより瑞揶にいたずらなんてしようとも思えないし、いたずらするぐらいならぎゅって抱きしめたい。
 でも瑞揶を起こすわけにもいかない。
 なら……

 私はそっと、彼の右隣に腰を下ろした。
 そして瑞揶に身体を添えて、目を閉じる。

 こうしてゆっくりしながら、一緒に眠る。
 それは大きな喜びだ。

 彼の下ろした手のひらに自分の手を重ねる。
 そのまま私は薄れゆく意識の中で、最後まで彼の感触を感じていた――。







「……むぅ?」

 意識が突然はっきりとして、僕は体に感じた重みに違和感を覚える。
 右手、右腕、そこに感じるのは沙羅の重さと体温。
 僕の腕を背にこっくりこっくりと眠る沙羅の姿が、すぐ近くにあった。

「なんか、なぁ……」

 こうして座っていると、彼女の寝顔を見ることはできない、
 いや、今見れなくてもいつでも見れるし――でも、今もちょっと見てみたいなって。
 でも、僕が動くと沙羅が起きそうだからそれはやめておく。

「まったく、可愛いなぁ……」

 呆れたように僕は呟いた。
 僕はただ普通に昼寝をしていただけなのに、沙羅は何を思って僕の隣で寝たのだろう。
 きっと側に居たかっただけなんだろうが――それが嬉しい。
 彼女が重ねた手を僕は手を抜いて彼女の手の上にまた手を置いた。
 こうしていると恋人っぽく思えて恥ずかしくなる。
 でも僕だって、彼女を思う気持ちは変わらないから、これでいい。

 それから僕は、もう一度眠りについた。
 隣に眠る少女のぬくもりを感じながら――。


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