連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第七話

 全てがつつがなく終わって、私はホッとしている。

 愛を冠る私が失敗などしたら、困るのだから――。

 瑞揶くん――。

 君はこれでようやく、全ての憂いから解放され、自由に生きることができる――。

 新しい一歩を歩み出すことができる――。

 人生は幕を開けた――。

 愛から生まれた少年の命――どんな人生になるのだろう――。


 私は貴方の心で見守っている。

 優しく、暖かく、ずっと見守る。

 これからは自身で決めていく、貴方の人生を――。







「あー……その……」
「……なによ?」
「……いろいろ迷惑掛けて、ごめんなさい……」

 気が付いたら僕達は自宅のリビングにいた。
 とりあえず、いろいろと迷惑を掛けてしまった沙羅に謝る。
 沙羅は僕の言葉に首をかしげ、こう言った。

「じゃあ付き合ってよ」
「……それとこれとは話が別じゃない?」
「……瑞揶の恋人になれるなら、なんでもいいわよ」
「あはは……」

 乾いた笑いしか出なかった。
 僕としては、沙羅ならば――と思う。
 だけど、もう二度と女性を悲しませないためにも、僕は真剣に自分の好きな人を自分で決めたい。

「……瑞揶、私を捨てるの? ひどいわ、私には貴方しかいないのにっ」
「捨てないからっ! 変なこと言わないでよーっ!」
「でも実際、瑞揶が私以外に女作ったら私の居場所がないわよ? どうしてくれんの? だから私と付き合いなさい」
「……むーっ。むーっですっ! 僕は自分で好きな人決めるのーっ! というか、まだ霧代のこと全然忘れられないんだからむりーっ!」
「……チッ。まぁさっきの今じゃ無理ね」
「それを言うなら昨日の今日だよ……って、あれ?」

 自分で言って気付く。
 いま何時だろう?

 なんとなく見た時計には、残酷的な時刻が表示されていた。
 確か、僕が1階奥の部屋に行った時は5時だったはず。
 そして、いま時計が指している時刻は4時。
 …………。
 ……窓から朝日が見えるんだけど?

「……沙羅、どうしよう? 僕はかなり疲れてて眠いんだけど……」
「……ええ、同感ね。私もすごく眠いわ……」
「…………」

 振り替え休日はとっくに終わり、今日は文化祭の後片付け。

「……ちょっとズルいけど、僕が熱出したって事にしよっか。昨日出たのは事実だし」
「……そうね」

 そういうわけで、みんなには悪いけどズル休みする事にした。
 朝ごはんは食べようかどうか悩んだけど、起きたら簡単なものを作って食べることに。
 ……それでもって、

「沙羅!僕の部屋に入ってこないのーっ! ダメーッ!」
「嫌よ! 一緒に寝るの! そして既成事実を――」
「そんなの絶対許さないんだからねっ! あと、沙羅変わりすぎだよーっ!!」

 沙羅が僕の部屋の扉を壊さんと必死になってたから、超能力で眠らせたのだった。
 ……これからの生活がいろいろと不安になるなぁ。







「……むーっ」
「……なによ?」

 起きたのは昼頃。
 沙羅は僕より後に起き出して、2人でリビングでサンドイッチを食べていた。
 いつもソファーに座りながら食べるんだけど……いつになく沙羅との距離が近い、というか僕の腕に背中がくっ付いている。
 そのせいですごく食べにくいし、動けない。

「……沙羅、いくらなんでも変わりすぎだよ。沙羅が僕を好きなのはよくわかるけど、行動が空回りしてない?」
「なんでもいいのよ。私は欲しいものは手に入れる。……本気で好きなの。瑞揶だって私を可愛いと思うんでしょ?」
「…………」

 それは確かに可愛いと思う。
 僕がこの世界で可愛いと感じるのは沙羅だけだろう。
 でもさぁ……。

「沙羅は霧代と全然似てないし……」
「なっ……」
「別に、僕に好みのタイプがあるっていうんじゃないよ。だけど、好き好き言って、僕に迷惑掛けてたら、それって本末転倒だと思うよ……?」
「…………」

 じわりと、沙羅の目元に涙が浮かび出した。
 少し僕から距離をとって、彼女は縮こまる。

「……迷惑だったかしら?」

 弱々しい声だった。
 すぐにでも泣きそうで、下唇を噛んでこらえている。
 そんな顔を見せられたら、僕も強く言えないじゃないか……。

「……沙羅。僕だって沙羅に怒りたくない。だけど、節度はわきまえないとダメだからね?」
「……どうしたらいいのよ。側にいたいだけなのに。私は恋なんて初めてだから、よくわからないのよ……」
「……うーん」

 そう言われても、僕は改善案を提案できない。
 僕だって恋愛をしたのは1回だけだし、僕から人を好きになった人はいない。
 ……でも、どうすればいいって言われたら、僕に好かれるためには――

「……普通にしてればいいと思うよ?」
「……普通?」
「うん。今まで通りに過ごせたらいいと思う。家族として……って言ったら悪いかもしれないけど、僕は沙羅と今まで通り、ほのぼのと過ごしたいよ……」

 これは多分、本音だろう。
 ただでさえ最近は辛かったのに、沙羅まで変わってしまうのは嫌だ。
 また夏休み前みたいにほのぼのと過ごせたら……それは幸せだと思う。

「……そう。そうね……」

 沙羅は何度か頷いて族の言葉を咀嚼した。

「……納得してくれ、た?」
「……まぁ、1日1回抱きついてくれるなら、許してやるわ」
「それぐらいなら、お安い御用だよ……」

 ホッと胸をなで下ろす。
 これからの生活は安定しそうだ。
 いつも通り、優しい日が続いてくれれば、僕はそれでいい。
 その中でまた誰かと恋をして、良い人生を歩めたら――霧代との約束も達成できるだろう。

 それからは無言でサンドイッチを食べ合う。
 何か話そうにも気まずくて、なんだか会話しにくかった。
 それは僕は沙羅にキチンとした返事を返してないからだし、それが悪いんだと思うけど。

 返事、返事か……。
 瀬羅のときは、ちゃんと断れた。
 だけど、今の僕には断る理由はない。
 あるとするなら、次は僕から好きになりたいというぐらいだろう。
 でも、それで最愛の家族の気持ちを無碍にするつもりは毛頭ない。
 それに、僕だって……。
 …………。

「……どうしようかなぁ」
「……何か悩み? 聞くわよ?」
「……むー。これからどうしようかなぁ、ってね……」

 間違いでもない、遠回しな言い方を返してみる。
 彼女は僕の発言を鵜呑みし、言葉の意味のままに考え出した。

「そうねぇ……とりあえず、変わるものはないでしょ? 学校には行くし、部活はするし、家事もやる。別に、これからどうするって、悩むこともないんじゃない?」
「……そうなんだけど、なんというか……生きる目標が無くなった、し?」
「……じゃあ私のために生きてみる?」
「もう生きてると思うけどなぁ……」
「あぁ、そうね」

 自分で言ってて納得する沙羅。
 家事もなんでも、僕は沙羅に尽くしてるしね。
 嫌じゃないからこの先も続けていくけれど。

「……んー。プロのヴァイオリニストでも目指したら?」
「ヴァイオリンは趣味で満足だよ。弾きたいものが弾ければいい。プロになったら、あれこれ大変そうだしね」
「……まぁ、アンタがそう言うならいいけど」

 そういうわけでヴァイオリニストの案はボツになる。
 今はまだやるものが決まってないけど、そのうち決まる……かな?

「……そういえば、沙羅は何になるのー?」
「え? 私の将来?」
「うん。そういえば、聞いてなかったし」

 沙羅はこの世界に来て自由を手にした。
 そこに何か成したい願いがあったわけじゃないだろうし、将来の夢なんて考えてもいなかっただろう。
 だけど、今はもう考えついてるんじゃないかって、そう思って聞いてみた。
 沙羅はうーんうーんと何度か唸り、それから決めたのか、僕の目を見て口を開く。

「旅とか、してみたいわね」
「……旅?」
「そう。せっかく来れたこの世界、広過ぎてきっと400年の寿命でも見て回れないと思う。だけど、私はもっと、いろんなものを見てみたい――」

 まぁ1番は瑞揶の嫁になることだけど、と付け加えて沙羅が笑う。
 言われてみれば、この世界は元いた世界と比べて広いし、たくさんのものがある。
 僕は目で見て感じることがないだろうけど――きっとたくさんの音を感じられるはずだ。

「……いいね、旅。僕もしようかなぁ」
「一緒にする?そしたら結婚もする?」
「……何でもかんでも恋愛関係に持ってくのはやめようよ」

 沙羅と同じ目標を持つことは難しそうだ。
 ともあれ、この先の僕の目標は必要に思える。
 さて、どうしたものか……。

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