連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第五話

 沙羅がひとしきり泣いた後、もう傷1つない僕は彼女を離し、十字架から抜け出して彼女の前に立った。
 目元が真っ赤の少女は、上目遣いでずっと僕を睨んでいる。

「言うことは?」
「……えーと、その……」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」

 謝罪を求められ、素早く応じる。
 彼女は満足したように頷いてくれた。

「……それで、聞きたいことがあるわ」
「……うん」
「……さっき、霧代って子に会ったわ」
「――えっ?」

 彼女の喋った言葉が、なんだったのかわからなかった。
 霧代――?
 嘘だ、この世界に彼女が生きていないのはわかってる。

「変な幽霊だったわ。アンタの彼女だって言うし、なんなのよ」
「……。……そっか」

 簡単なことだ。
 彼女は死んでいる。
 つまり、幽霊だったんだ。
 そして――沙羅と会ったんだ。

「それでソイツに、瑞揶と何があったのか聞いたけど、教えてくれなかった。アンタに聞けって言われたのよ」
「――――」

 あっけらかんと言う沙羅の言葉が、胸に刺さる。
 ああ、霧代――君はなんて意地悪なんだろう。
 いや、それも仕方ない、彼女の人生を奪ったのは僕なのだから――。

「……いいよ。僕に何があったのか、話すよ――」

 話すのは辛い。
 沙羅に嫌われたくないから。
 それでも、彼女に嘘をつくのはもっと嫌だ。
 だから僕は語ろう。
 あの日の出来事をーー。







 天界ーー鳳凰天凱の間。
 暗鬱とした灯りのない室内で、自由を司る神ことアキュー・ガズ・フリーストは窓の外から天界を眺めていた。
 晴れた空から白の建物その全てを見下しておきながら、瞳に写っている姿は一つ。

「…………」

 それは血反吐を吐きそうになりながらも、何度も歯噛みをしながらも、口を開いて涙を流す響川瑞揶の姿。
 セイという半端者に上手く口車に乗せられて殺された、哀れな少年。
 その少年が今、愛する者に自らの罪を語っている。
 痛々しい姿で見るに堪えない。
 しかし、彼の絶望というのも面白いと感じるのが自由の性。
 よくもあれだけ絶望し、涙を流すことができるなと感心する。
 だが、いくら僕でも、笑みを浮かべることができなかったーー。

「……恋をすれば後悔する。僕と同じか、瑞揶ーー」

 自分の過去と重ね合わせても、矢張り恋などするべきではない。
 自由である彼は、自らの意志を固く決めたーー。







 僕はね、愛した人を殺したんだ。

 それは直接的じゃないし、運が悪かっただけとも言えるけど

 僕が原因なのは変わらないんだ。

 別の選択はいくらでもあったのに

 他にできることはあったのに

 本当に好きだったのに

 殺したんだ。

 自分が可哀想だなんて思わない。

 騙されたなんて思わない。

 だから、僕が悪いから、罪を償わないと……。

 僕は、悪い人なんだから……。



「…………」

 前世の話を、沙羅に聞かせた。
 彼女の顔には影があるけど、涙もなく残念そうに目を半分伏せた。
 僕は涙も拭わず語り続けた。
 話終わった頃には胸がとても痛くて、今すぐにでも嘔吐しそうな気持ち悪さがある。
 あの日を思い出すだけで霧代への申し訳なさで、頭が潰れそうになるんだから――。

「……僕は、さ……美人でさ……有能でさ……優しい人を、殺しちゃった……。将来、きっと幸せになれた人を……。最低だよ……僕は……。彼女の気持ちを、僕が裏切ってしまった……何よりひどいじゃないか……!」
「……瑞揶、そんな事はーー」
「いいや、裏切ったよ。だから死ぬ必要のない霧代が死んでしまった……」
「…………」

 彼女の慰めの全てを否定する。
 殺した。
 だってこの世界では、それだけで全部悪いんだから……。

「ごめんね……僕……泣き虫でさ、弱虫だし……女みたいな奴でさ……変な奴、だよね……? 僕なんかとーー」

 家族なんて、嫌だよねーー?

 その言葉を呟いた瞬間、沙羅は僕を掻き抱いた。
 掴まれた背中と頭が痛いぐらい強い力で、でもそれ以上の温かみで……。

「家族で嬉しくなきゃ……好きなんて言わないでしょうが!!? このバカッ!!」
「……沙羅……でも、僕は……僕なんかじゃ……」
「僕なんかって何よ! 私はっ! アンタが一番好きなのっ!! 誰よりも愛してる!! だからっ……そんなことっ、言わないでっ……!」
「……。……沙羅」

 それは承認だった。
 嫌われたくないから話さなかった。
 だけど、彼女は嫌いにならなかった。
 僕を好きだって言ってくれた……。

「沙羅……僕、は……」
「自分を責めないで……こんなこと、絶対誰も望んでない……」
「……う……っ」

 涙が溢れそうになる。
 いつもより強い彼女の抱擁は、僕を求めてくれている何よりの証拠で――。

「……僕、沙羅と一緒にいていいの?」

 涙声で尋ねる。

「いいに決まってる……。一緒に居てよ……」

 優しい肯定の言葉が返ってくる。

「本当に……っ? 僕なんかで……いいのっ?」

 かすれた声で尋ねる。

「……私にはアンタしかいない。お願いだから、側にいて……」
「……うんっ……うん……」

 彼女の優しい言葉に頷き、抱擁に甘えて、僕は沙羅に泣きついた。
 これじゃさっきと逆じゃないか――なんて思いを考えながら、僕はずっと涙を流した。







 瑞揶が泣き止んで、赤面させながらじーっと私を見つめている。
 きっと、今頃恥ずかしくなったのだろう。
 あまり泣きつくことなんてないのだから、それも仕方ない。

「……さて」

 どうしたものだろうかと思う。
 わざわざあの霧代という子は私の前に現れた。
 瑞揶と私は彼の過去についての事を聞いても、仲が悪くなる、なんて事はなくて最善の終わりだったと思う。
 ただ、瑞揶は霧代と話をつけないと、いつまでも後ろめたい気持ちを持ったままだ。
 これから先も、ちょっとした憂いで自傷するかもしれない。
 だったら――

「ねぇ、瑞揶」
「……なに?」
「霧代と話をつけてきなさい」

 命令口調で言いつけると、瑞揶はとても嫌そうに口を歪め、視線を落とした。

「……行かなきゃ、ダメかな? 霧代に嫌われるのだけは、どうしても耐えられないんだけど……」
「あの子は言ってたわよ。彼は大バカ。アンタのせいで私が死んだなら、瑞揶が死んだのも私のせいだって」
「…………」

 彼は目を丸くしていた。
 確かにそういう見解もできるし、普通なら、そうよね。
 でも、ちょっと羨ましいかな……。
 霧代は死んでもずっと想われてたんでしょう?
 今更、私なんかが入り込む余地はない、か――。

 そうだとしても、私は家族として瑞揶をなんとかしてやりたい。
 人の背中を押せるという私だ。
 さぁ、助けてあげよう。

「瑞揶。自分が本当に愛してたなら、その恋人を信じなさい。決してアンタの愛を裏切った結果にはならないはずだから」
「……そう、かな?」
「そうよ。なんなら私が付いてってあげるわ。なにも1人で行くこともない。そうでしょう?」
「…………」

 落ち込んだように頭を下げ、瑞揶は思い悩んでいた。
 ……じれったい。

 パァンと音を立てて、私は彼の背中を叩いた。

「……痛い」

 少し涙目になりながら、むーっと唸って私を睨んでくる。
 まだ元気はありそうね。

「いいから、さっさと行く! もじもじするな! 私が行けっつってんのよ!」
「お、横暴だよ……。霧代に向かい合うにはそれなりに覚悟が――」
「んーなの気にしないの! 彼女に謝りたいことがあるんじゃないの!? さっさと行かんかい!」
「…………。……うん。そうだね」

 淡く微笑んで、彼は頷いた。
 よかった、これでなんとか……瑞揶も過去と、決別できるだろう。

「――話はまとまったかな?」
『……?』

 突如聞こえた幼い声に、私と瑞揶は振り向いた。
 そこに立っていたのは和服っぽいものを着たピンク色の少女。
 服も髪もピンクで、5重の羽衣が目に付いた。

「……愛、ちゃん?」
「やぁ、瑞揶くん。沙羅ちゃんは初めまして。瑞揶くんの前世の前世です。……とは言っても、前世も瑞揶くんは瑞揶なわけだから、ただの前世でも良いんだけどね」

 にこやかに笑いかけてくるも、彼女は澄んだ瞳と口調で妙に大人びて見えた。
 この子が愛の、律司神?

「瑞揶くんに取り憑いていた悪霊は愛で全部成仏させたよ。もう彼に渦巻く黒いものは何も残ってない。沙羅ちゃんも安心してね」
「……あぁ」

 そういえば、悪霊と戦ってるとかなんとか聞いた気がする。
 瑞揶の体をむしばんでたのは、彼の心だけじゃなかったのよね……。

「さて、瑞揶くん……君は今まで、沙羅ちゃんとナエトくんが仲良くなるまでの一端を取り持った。沙羅ちゃんと瀬羅ちゃんが仲の悪い状態から仲良くなるまでを見てきた。そして先日、君は理優ちゃんの家族の仲を取り持った。少しその事を思い起こしてみて」

 優しい口調で彼女は言う。
 確かに、今までは私と瀬羅があまり仲良くなかったのが仲良くなるまでを見てきた。
 そして、理優の険悪な環境が、改善されるのを、私達は見てきた。

「……そう、君はいろんな仲直りの現場を見てきた。そして今度は君の番。大丈夫、貴方ならきっと上手くいく。なんていっても、私の後世だからね。自分を信じて――」

 暖かい笑みを浮かべながら愛は瑞揶にエールを贈る。
 小さい体ながらも、説得力ある大きな言葉だった。

「さぁ、お行き。君達の未来に愛があらんことを――」

 微笑んで少女がそう言うと、またしても視界が眩い光に阻まれた。
 再び目を開くと、そこは白い空間だった。
 最初に来たのは灰色だったけど、今度は白く、何もない。
 いや、何もないわけじゃなかった。
 私達2人の正面、そこには――

「霧代……」

 瑞揶の呟いた名の少女が、凛然として佇んでいた――。

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