連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第九話

 朝食を終え、後片付けは瑛彦が引き受けたので彼に任せてL字型のソファーに僕と沙羅が隣に座り、横側に旋弥さんが座った。

「さて、こうして俺は来たわけだが……ぶっちゃけ、話すことはない。花見でも行くか?」
「お義父さん、雑過ぎ……」

 話を切り出したかと思えば、話すことはないらしい。
 うーん、なんだかなぁ……。

「私は良いわよ? 家にいるだけっていうのも退屈だしね」
「じゃあ決まりな。瑞揶、用意して」
「え? 僕、レジャーシートすら持ってないよ?」
「……じゃあ川辺を歩くだけにするか。それでもいいだろ」
「そうね。魔界の花はギラギラ光ってて美しいけど、人間界はひらひらしてて美しいでしょ? 早く見たいわ」
「沙羅、その表現わかりにくいよ……」

 わからないと言いつつ、僕は魔界の花をテレビで見たことがある。
 花びらが全部硬くて、頭に当たるからみんな特殊な傘をさすんだ。
 花見なんてとても出来ないみたい……。

「じゃ、各々準備してくれ。俺はテレビでも見て待ってるから」

 お義父さんが指示を出し、僕と沙羅は自室へと向かった。
 瑛彦は準備の必要もないし、彼もリビングで寛いでいるらしい。
 瑛彦がいてもお義父さんは何も言わなかったが、それは昔から瑛彦の話をお義父さんにしているからだろう。
 僕は友達がたくさんいるけど、瑛彦よりも仲のいい人はいないから。
 一体リビングで、彼らはどんな話をしてるやら……。

 廊下を歩く瑞揶はそんな事を思う。
 彼らがただテレビをボケッと見てただけとも知らずに。







 家を出て暫くは歩道も車道もない開いた道が続いた。
 無論、僕たちは4人横に並ぶなんて事はなく、前を沙羅とお義父さんが歩き、僕と瑛彦が後ろに並んで歩いた。
 近くの桜並木がある川辺まではおよそ15分、その間にお義父さんは沙羅の性格とか癖を見抜くだろう。
 その事はいいんだけど、僕がその間、瑛彦の相手をしなきゃならないのが大変だ。
 ……別に、嫌というわけではないが。

「瑞っちさぁ、春休みは何してるの?」

 当たり障りない質問を瑛彦がぶつけてくる。
 毎年聞かれることだし、わかってるとは思うが……。

「僕は勉強と家事して終わりかなぁ……」
「やっぱ相変わらずかよ。沙羅っちもいんだろ? 家事分担してゆっくりすれば?」
「うーん、僕はやりたくてやってるから、分担しなくてもいいんだけど……」
「……うーん。あ、暇なら俺と遊ぼうぜ? カラオケとかボーリングとか、いいだろ?」
「僕、歌はちょっともなぁ……」

 僕は楽器は弾けるけど、歌はてんでダメだった。
 カラオケ……前世で行ったけど、28点くらいかな。
 吹部の部長なのにと、笑われたのが懐かしい。

「んー、あー、でも瑞っちに現代的な遊びって似合わねぇよなぁ……絵本とか描いてそうだし」
「あのね、僕だってゲームセンターとか行くよ?」
「本当か?」
「……い、行ったよ? 2年ぐらい前に……」
「…………」
「……え?な、なに?」
「……俺が悪かった。今度一緒に絵本でも作ろうぜ」

 何故か途轍もなく哀れんだ目で見られ、かつポンポンと肩を叩かれる。
 ……何か悪かったんだろうか?

「ま、春休みもいいけどさ、前の2人が何話してるか気にならねぇ?」
「僕は別に。お義父さんの事だから、沙羅の性格を識別してるんだと思うよ」
「……は? なんで? 親戚なんだから、性格なんざ知ってるだろ?」
「えっ? え、ああ〜、うんっ! 知ってるよ! お義父さんもわかってる!」
「…………」

 瑛彦の目が細くなり、薄笑いを浮かべる。
 ……しまった、墓穴を掘ってしまった。

「……何か事情があんだなぁ〜。俺には言えないわけ?」
「い、いやぁ、それはプライバシーと言うかその――」
「白状しろよぉ。おいおい、俺に言えないなんてあんまりじゃないかよ〜?」
「うう〜……ちょ、ちょっと待ってね……」

 渋々と僕は小走りで前を歩く沙羅に追いつき、身の上を瑛彦に話す事になりそうな旨を告げた。

「……瑞揶が信用してる男なら、話してもいいわ」

 そんなありがたいようなありがたくないような返答を残し、お義父さんに並んで沙羅は先に進んで行った。
 ……信用、信用?
 瑛彦はぜっったい口が軽い。
 僕の能力を喋ったりはしないけど、男と男の約束だとか言われて3回も僕の秘密をバラした男だ。
 沙羅にとっては重大な秘密だし、ここは話さない方がいいのかな?

 瑛彦の元へ戻ると、すぐに彼は返事を求めた。

「沙羅っちはなんだって?」
「えっ? ああっ、ちょっと、瑛彦は無理かなって……」
「へぇ〜……そんなに深刻な内容なのか?」
「……深刻って言えばそうだけど、もう解決したよ。1つだけ教えるなら、彼女も家族関係なんだ。あんまり言わないでよ?」
「……へぇ。了解っ。教えてくれねぇなら聞かねぇさ」
「うん……」

 でも、この先に高校を一緒に過ごすから知る機会はあるかもしれない。
 その時は、沙羅から瑛彦に話すだろう。
 まぁ、瑛彦に話したところでどうということもないしね……。

「……瑞揶、今失礼なこと考えなかったか?」
「え〜、そんな事ないよ〜?」
「……。ま、もうちょいで川辺に着くぞ。ゆっくり桜でも堪能しようや」
「うん……」

 堪能できるかどうかは定かではないけど、薫風に交じった桜の花びらの中へ、僕達は向かって行った。







 私がなんでこんな中年のおっさんと並んで歩かなきゃいけないのか。
 とはいえ、瑞揶は1人でほわほわしてるだけだし、瑛彦はナンパ口調で話しにならない。
 この配置に納得できるとはいえ、瑞揶の義父にあたる男。
 警部である事からも、何を話してくるかはわからない。
 家を出てすぐから、私は一瞬たりとも警戒を解かなかった。

「沙羅ちゃんは、瑞揶と生活しててどうだ? 仲良くできそうか?」
「……ええ、瑞揶の醸し出す空気に順応できそうよ」

 家を出てからまだ曲がり角を1つ曲がったところ、最初の質問はこれだった。
 笑顔で尋ねられると、それが余計警戒に繋がる。

 私が1番信用できてないのは、瑞揶の義父だから、という所だ。
 瑞揶の力が強力であることは誰にでも明白。
 もしも本当に全知全能とでも言うのなら、3つの世界を掌握することすらできてしまう。
 その子の義父なのだ。
 あわよくば、私を暗殺するとかもあるかもしれない。
 まぁ――この私が暗殺されるわけないんだけど。

「そっか……瑞揶アイツは、昔っからあんな感じだよ。なんて言うか、朗らかで優しい」
「見てれば分かるわ。瑞揶は素直で優しい子だってね」
「……そう、優しい。けど、瑞揶あのこも寂しいんだ。優しいだけじゃ寂しさは消えない。大体、あの歳で家に1人っていうのは――」
「?」

 旋弥さんが言い掛けて口を噤んだ。
 何かを悩むように眉を顰めるも歩調は乱さずに歩いた。

「……どうしたのよ?」
「……いや。寂しいっていうのは思い違いだったのかもと思ってな。瑞揶はいつまでも精神が成長していない。だからといって、歳を取らないわけじゃないもんな」
「当たり前なことを言わないでよ……」

 人は時間を使って歳を取る。
 精神はどうしたら歳を取るか知らないけど、体は間違いなく老けるでしょう。

「なに? 瑞揶が子供だって言いたいわけ?」
「……まぁ、そうなるかな。瑞揶は成長しない。どうにもまだ、足枷が外れないようだからな……」
「……足枷?」

 足枷――足を拘束する道具。
 瑞揶は精神にそれが付いてると言いたいのだろう。
 普通に考えてみれば、このおっさんは警部だし、瑞揶が過去に何があったのか知ってるのよね。

「瑞揶に何があったの?あの子のする悲しい目はなに?」
「……あぁ、アレか。なんというか、そう……恋に取り憑かれてるんだよ」
「恋……?」

 あっけなく答えてくれたかと思えば、中々難しい比喩だった。
 恋に取り憑かれる。
 それはどういうことなんだろうか――?
 いや、瑞揶は恋愛関連の話であの暗い目をするらしい。
 だったら、昔に恋愛関連で何かあったのね。

「……あんまり、俺の口からは言いたくない。俺が話しても信憑性無いしな。話が聞きたかったら、直接瑞揶に聞いてくれ」
「……聞いて大丈夫かしら?」
「大丈夫じゃないだろうな。最悪、瑞揶が姿をくらましてもおかしくない」
「……そこまでの話なの?」
瑞揶アイツは心が弱い。自分が発狂しても制御できるよう、自分に超能力も掛けている程にな」

 ふと、旋弥さんが立ち止まる。
 彼が後ろを振り返るのを見て私も振り返ると、なんだか瑛彦がニヤニヤして瑞揶に話し掛けていた。
 瑞揶は冷や汗をかきながらしどろもどろな口調で受け答えをしている。

「……哀れなもんだよ。本当に」

 旋弥さんがポツリと呟いた。
 声のトーンが低く、哀悼の意を捧げるような声。
 その一言にどれだけの想いが詰まってたのかは、私にはわからない。
 ただ――

「アンタ、いい父親ね」
「……ん?」
「なんでもないわ」

 ちょっと軽はずみな発言だったかもしれない。
 だが、うまく聞き取れなかったらしいので良しとしよう。

 その直後に瑞揶からバカな質問をされたけども、気分が気分だからテキトーな受け答えをしてしまった。
 ちょっと反省しつつも、取り敢えずは全員信用したし、花見を満喫するとしましょうか

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