連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十五話

 僕と沙羅は程なくして家に帰り、その頃には20時を越していた。
 えらく無駄に時間を使ってしまったせいで料理を作る時間もないからカレーになり、茶色い人間界のカレーをしっかりと食べた。

 その間に沙羅がお風呂を沸かしてくれていたようで交代で入る。
 溜まった洗濯物は明日の朝消化するとして、僕たちはリビングでテレビを見ていた。
 面白いとも面白くないとも言えぬバラエティー番組をチャンネルを握る沙羅が点け、一笑もせずに仏頂面で眺めていた。

 いつもならドラマを見ているはずだが、この時間はやってないのか、はたまた気が散ってて点けるチャンネルを間違えているのかは定かではないけど、上の空なのは間違いない。
 足組みをして膝の上に頬杖を付いて、今日の彼女はどうしてしまったのか。
 思わず尋ねてしまう。

「沙羅、どうしたの?」
「……どうもしてないわ」
「嘘言わないのっ。正直に言ってよー」

 あからさまに普段と違うから、ここはしつこく追求してみた。
 すると沙羅はため息を吐き、暗い表持ちで僕の顔を見る。

「……私、迷惑じゃない?」
「なにが?」
「……ナエトの事もそうだし、これから誰かまた魔人が来ないとも限らないわよ? そしたら面倒臭いでしょう?」
「……うーん?」

 迷惑という単語に、少なからず疑問を感じる。

「僕は別に、迷惑だなんて思ってないよ? だって沙羅は家族だしね〜っ。問題があるならそれに協力したいし、どうしても解決が難しい時は能力で解決するよ」
「……なんだか申し訳ないわ。私、何も返せてないじゃない……」
「あはは、そんなの気にしなくていいよ。僕もね? いつも1人で寂しかったからさ、沙羅が居てくれて毎日ね、家族って良いなって思ってるんだ」
「……。……そう」

 短く返事をして、沙羅は俯いた。
 本心で言ってるんだけど、ちゃんと伝わってるかな?
 前世での両親から離れた一人暮らし、みたいな感覚だったけど、前世の友達にも会えないし、不安ばっかりだし……。

「沙羅が居るだけでも僕はありがたいよ。だから、そんなに深く考え込まないで? ね?」
「……アンタにとってはそうかもしれないけど、私が釈然としないのよ。今までも、私は瑞揶に何もしてないでしょ? 邪魔ばかりしてて、本当に申し訳ないと思うわ……」
「……うーん、それはそれは面倒臭いね」
「……悪かったわね」
「いやいや……。でも、悩みを解決させるために、沙羅にはもう少し家事を手伝ってもらおうかな。それでいいよね?」
「……とりあえずは、そうね。それで妥協するわ」

 なんとかこれで話は解決したようだ。
 一々悪く思わなくていいのにね、僕だって沙羅と居て楽しいんだから。

「……今日はもう遅いから寝るね。明日また家事について考えよ?」
「……ええ、おやすみ」

 気が付けば時計の針は10時を回っており、5時起きの僕はそろそろ寝なくてはならない。
 明日も朝から炊事に洗濯、頑張ろう。
 こう思えるのも家族の力、明日の体力を作るため、僕は眠るために自室へと戻って行った。







 一方、室内が黄金色の装飾品ばかりの高級マンションのリビングではナエトの怒声が響いていた。
 ナエトは受話器を手に地団駄を踏みながら電話のマイクに話し掛ける。

「だから、サイファルだ!! アイツを倒す為に軍を派遣しろって言ってるんだよ!!」
 《ナムラ様、そんな誰とも知れぬ輩のために軍を動かすなどできません……どこにもそんなサイファルなどという魔人の記録がありませんから》
「はぁあ!!? ふざけるなよ! そんなはずはない! 探せ!」
《検索しても出ないものを探せと申されましても……》
「ッ! もういい! この件は僕の手でなんとかする!」

 バキンッという音を立てながら彼の握力によって受話器は粉砕され、床に散らばる。
 すぐさまにメイドが現れ、箒とちりとりで赤いカーペットに落ちた残骸を掃除する。
 ナエトはその姿を一瞥することもなく、態とらしく音を立ててソファに腰掛けた。

「サイファル……データを奪取したのか? いや、サイファルにそんな知恵はない。これも魅了か? 厄介だな……僕単体でどうにかなる相手か……?」

 ナエトは自らの鼻先に手を当てて考える。
 どう考えても勝てる相手ではないし、あの瑞揶という男の能力も分かっておらず、どうにかなりそうになかった。

(――そんなに1人の女の子が自由になるのを遮る理由、あるなら聞かせてよ)

「…………」

 少年のセリフがふとナエトの脳裏をよぎった。
 沙羅とて1人の少女に過ぎない。
 いつも命令を受けて人を殺し、魔界を出ることを護衛の時に魔王の息子であるナエトに語った。

 当時もサイファルはお転婆な性格で、護衛の癖にナエトに難癖付けていたりした。
 そんなまっすぐ健気な様子だった少女の気持ちを、自分は踏みにじろうとしている。
 それは正しいのだろうか?

 間違っているのは魔王の制度なのはナエト自身わかっていた。
 だからといって秩序をどこまで重んじるべきなのか、それを見極めるにはナエトは幼な過ぎた。
 まだ齢15の子供、頭の中で思考がぐるぐる渦巻き、もどかしさが体の中を駆け巡る。

「……クソっ! ああもうっ! 何かをぶち壊したい気分だ……」
「お坊っちゃま、あまり破壊活動はお控えください。ここは人間界です」
「わかっている……」

 メイドに諌められながらも、ナエトは自分を見失う事などなく悠然としていた。
 怒りたい、しかし冷静にある。
 思考から来る怒りとは外に発散しにくいものである。

「……そうだな。僕なんかに自由を奪う権利があるわけでもない……」
「……どうなされたのですか? 先ほどから怒ってらして……」
「いや、なんでもないさ。そうだな、僕だって悪い奴になりたいわけじゃないんだ。アイツが何もしないうちは僕も静観するとしよう」
「……? 何かありましたらなんでもお申し付けくださいね」
「あぁ……」

 メイドの少女にそれだけ言葉を返し、ナエトは立ち上がり、そのまま自室へと向かって行った。
 彼の中で考えはまとまり、今日の疲れから彼もまた、眠りについた。







「僕をこの部活に入れろ」

 視聴覚室に乗り込んできたナエトくんが開口一番に言い放った言葉はそれだった。
 今日は雨でみんな帰る気が起きなかったのか、全員集まっていて現在の男女比は3:3となっている。
 全部で6人なわけだけど、うち5人の視線はナエトくんに向かっていた。

「何舐めた口聞いてんのよ? 入れてください、でしょうが」

 我らが部長、沙羅がナエトくんの態度にひるむことなく敵意剥き出しで訂正を要求する。
 また喧嘩になりそうな気配だけど、瑛彦やみんながいるから大丈夫かな?
 とりあえず、経過を見よう。

「ふんっ、貴様如きにお願いをするだなんて冗談じゃない。それに、入部の目的は貴様の監視だ、サイファル。もしも貴様が暴走して人間界に悪影響を出さないように、わざわざこの僕が直々に監視するんだ。僕の手を煩わせるんだから、どれだけ迷惑か考えろ」
「アンタにだけかかる迷惑ならいくらでもかけてやるわ。一々面倒くさい男ね。へその緒から雑草はえて死ねばいいのに」
「どういう死に方なんだそれは!? ええい、ややこしくするな! 兎に角、僕も入部する! わかったな!?」
「……って言ってるけど、みんなどう?」

 沙羅が僕たちの方へと向き直り、訊いてくる。

「ウチは別に構わないよ。一週間の半分ぐらいしか顔出さないしね」

 と、机の上に座って半目で答える環奈。
 誰が来てもどうでも良さそうだ。

「わ、私も……断る理由がないよ……」

 理優は控えめながらも了承する。
 理優の性格からして、断れないだけだろう。
 ナエトくんはどこか殺伐としてるし、怖いと感じてるのがひしひしと伝わってくる。

「俺は賛成だ。ついでに女子部員が来れば大歓迎だ!」

 親指を立てて賛成する瑛彦だけど、彼はナエトくんより後半に言った方が本当の目的だろう。
 もはや言うことはない。
 残るは僕の意向だけど、これももちろん、

「僕も賛成だよ〜っ。みんなで仲良くできたらいいねっ」
「……漫然一致、か。仕方ないわね、入部を許可するわ」
「フッ、当然の結果だな」

 部長から直々に入部の許可を得て満足気なナエトくん。
 これで6人、これからどうなるかな、この部活?
 とりあえず、平和であればいいなぁと願い、今日もまったりと楽器を演奏するのでした。

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