連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十七話

 それは5月第2週目の月曜日のことだった。

「うぅう……げほっげほっ! ……ねっ、熱がぁ……」

 僕は突然の発熱と咳、目眩、その他の症状によってうなされていた。
 体の弱さは前世からのもので、今でも2ヶ月か1ヶ月に1度は高熱を出して学校を休むこととなる。
 定期的になってるし、慣れるはずなんだけどそれでも辛くて、朝から立てずにいつの間にか部屋に来ていた沙羅に介抱される事となる。

「……なんで39℃超えてるのよ。昨日は普通にしてたのに……」
「うぅ……ごめん、朝ごはん作れな――げほっごほっ! ……うぅ……頭が割れる……」
「ちょっと! 大丈夫!?」
「……な、なんかね……今回は特に、症状が酷いみたい」

 立てないぐらい酷いのは久しぶりだった。
 いつもならどんなに酷くてもお粥を作るぐらいの体力はあったのに、今回はまともに呂律すら回らない。
 だけど、4月には熱が出なかったから、その分だと思えばこれもありえなくはなかった。

「……必要なものがあったら言いなさい。用意するから」

 冷却シートを頭に貼ってくれながら優しくそう言われる。

「ありがとう……でも、もう学校に行った方がいいよ?」

 壁掛けの時計を見ると、時刻は7時47分。
 沙羅はまだ寝巻きだし、朝ごはんも食べてないだろう。
 いつまでも看病しているわけにはいかないだろうが……。

「……私の事は良いのよ。1日学校休んだぐらいじゃどうにもならないわ」
「でも……」
「とりあえず、学校と瑛彦に連絡入れとくわ。何かあったら携帯で連絡ちょうだい」
「……ごめんね、沙羅。ありがと……」
「……いいのよ、家族だし。私だって助けられてばかりだから、こういう時には役に立ちたいの」
「……持ちつ持たれつ、だねっ。ごほっごほっ……」

 咳は止まらず、意識がハッキリとしない。
 動くこともできないし、もう寝るしかないかな、と瞼を閉じた。

「……寝るの?」

 どこか寂しそうな沙羅の声を聞き、再び目を開ける。
 頭を横に傾けると、沙羅がベッドに寄りかかってきていて、顔が近くにあった。
 熱が移ったりはしないから近くてもいいんだけど、安易だからやめさせよう……。

「……寝た方が治りが早いもの。あと、顔近いよ〜っ」
「……いや、改めて見ると可愛い顔してるなと思って」
「失礼だよぉ! ……げほっごほっ」

 声を荒げると喉が痛む。
 うぅ、辛いなぁ……。

「ま、ゆっくり休みなさい。私は……どうしようかしら? いつも瑞揶のする家事でもやってるわね」
「……ごめんね、沙羅」
「何回謝んのよ……。いいから、寝てなさい」
「……うん」

 僕が短く返事をすると沙羅は立ち上がり、僕の携帯を枕元に置いてくれてから退室していった。
 朝のやることといえば、まずお洗濯に朝ごはんとお弁当を作って……って、朝ごはんとかはいらないかな。
 あんまりやることは無いはず、そう結論付くと安心して眠くなってくる。
 僕の意識は緩やかに落ちていった。







 瑞揶の体が弱いのは見た感じでわかっていた。
 それを超能力で治さずにいるのは人間らしく在るためであろう。
 変な所で律儀な少年だから、ある程度能力をセーブしていて……。
 とはいえ、それがどうということはない。
 私が瑞揶の代わりに家事をするだけである。

「……洗濯よね」

 まずは洗濯機の前に立つ。
 二層式洗濯機であり、蓋をあけると前回のすすぎの分か、水が残っている。
 その中に洗濯物を入れていくわけだが……。

「うわっ、これは……」

 私は発見してしまった。
 いや、洗濯物なんだからあって当たり前なんだけど、そう。
 それはパンツ。
 瑞揶が履いてたのか、水色のボクサーパンツだった。

「……うわぁあ、どうすれば……って、放り込めばいいのよね……」

 パンツ、たかがパンツ。
 でも何故か、下着だということで直に見るのが恥ずかしくて赤面してしまう。
 瑞揶はいつもこんな気持ちで洗濯してるのかしら?
 いや、アイツは目が色々残念なのよね、無いか。

 自分だけ興奮してたらバカみたいだし、私は洗濯槽にそのボクサーパンツを入れ、他の物も入れて洗剤も加え、淡々と洗濯機を操作してその場を後にする。

 一度リビングに訪れると空腹を思い出し、何か作ろうかと冷蔵庫の中を見た。
 肉類やキャベツとかネギとかあるし、いつも野菜を置いてる所にもジャガイモとか人参とか置いてあった。
 以外となんでもあるのである。
 チョコやシュークリームなどのお菓子もあるしね。
 シュークリームを買ったのは瑞揶だったけど。

 ともかく暇だったし空腹だしで、結局腕を振るって料理を作ることになった。
 そして出来た魔界製の紫色麻婆豆腐。
 辛いのに舌が痛まない巧妙の技が必要な逸品であり、結構有名な品。
 私は1人でそれを平らげ、洗い物も終わらせる。
 そこで私は気付いた。

 暇だ。
 暇過ぎる。
 瑞揶の居ない日は毎週あるし、そんな日は家でテレビ見たりして潰すけど、いつも見てる番組がやってるわけもなく、この時間はニュースばかり。
 トークショーはあまり好きではないし、バラエティもやってないし、退屈ね。
 携帯でネットの海に飛び込むのも良いけど、私にはあまり肌に合わないようで長時間画面を見ていられない。
 瑞揶が起きた時の事も考えると外には出られないし、何をすればいいのかね?

「……そーいえば、なんか入れない部屋があったわね」

 1階の突き当たりの部屋、そこは瑞揶に入る事を禁じられている部屋。
 今彼は寝ているから入る事が出来そうである。

「……入るなって言われてるのよねー」

 未だに寝巻きのままリビングのソファーに寝転がる。
 入るなと言われれば余計気になるというもの。
 瑞揶は今、意識が朦朧としてるし、入るチャンスは今だけよね。

「……ちょっと覗くだけなら、良いわよね」

 邪心が働き、私は即座に身を起こす。
 どうせ寝てる、そう思い込んで私はリビングを出た。

 ――ダメ――

「?」

 その声を発したのは誰だっただろう。
 誰もいない廊下で、突如聞こえた声に周りを警戒し、戦闘時愛用の刀を出現させる。
 しかし、灯りも付いてない廊下は静まり返っており、何の気配も感じなかった。
 気のせい? それにしてはリアル過ぎる。
 これはひょっとすると、瑞揶が部屋を覗かせないように超能力でなんか細工したってことかしら?

「ふんっ、私には通じないわっ!」

 刀を担ぎ、ズシズシと廊下の先を進んでいく。

 ――待って、ダメ――

「何これ、脳に直接声が聞こえてるような感じするのね。瑞揶も凝った作りするわね〜」

 ――違う、違うの――

 何度も聞こえてくる少女の声。
 私はそれを全て無視し、奥の部屋の前に立つ。
 なんか結界が張ってあるが、どうやら侵入者を察知するだけのものみたい。
 この程度なら、結界の設定弄って侵入を悟られないようにてきるだろう。
 私は扉の前に手をかざし、赤い光を放つ。
 それは数秒の事で、終了すると私は悠然として部屋の中に足を踏み入れる。

 中には何があるのだろう?
 瑞揶がエッチな物を隠していた、とかいうムッツリだったら笑い話だけど――。

 そんな考えはすぐに吹き飛んだ。
 中にあったのは、本当に普通の部屋だったのだから。

「……何よ、ここ?」

 その部屋は、我が家の中で一番華やかであろう。
 黄緑色のカーテン、水玉の壁紙が貼られ、ベッドの上には色別のクッションやぬいぐるみがあって、フローリングには水色の絨毯が敷かれている。
 全体的に水色や黄緑、あとは黄色で統一されている。
 瑞揶の部屋は壁紙なんてなくて、一面白の殺風景な部屋だし、クッションやぬいぐるみはあっても1〜2個だし、それに対して、この部屋は足場がないくらいある。

「……この部屋を秘匿する意味ってあるのかしら?」

 テレビをよく見る私からすると、ここは普通の部屋だし、どうしてこんな部屋を隠すのか理解できなかった。
 そこで、瑞揶の過去に付いての情報が頭の中を逡巡した。

「誰か、交際相手が居た……?」

 推測ではあるが、ここは元の瑞揶の部屋である。
 だって、黄緑や水色は瑞揶のよく着ている服なのだ。
 しかも、ぬいぐるみも瑞揶が私にくれたものと造りが似ている。
 この部屋は、瑞揶が昔付き合っていた子と過ごした部屋……?

 そこまで考えて、矛盾点があることに気付く。
 それなら、幼馴染みの瑛彦が理由を知っているはずだから。
 瑞揶は15歳だし、それ以下の歳で恋人を隠し通す事ができるだろうか?

「……変ね。ほんとに変。意味がわからないわよ」
「そうでしょ?」
「!?」

 不意に聞こえてきた声に、体が硬直した。
 1mmも手足が動かせず、部屋の中から視線を動かせない。
 声の主は聞きなれたもので、その少年はげほげほ咳き込みながら同じ部屋に入ってくる。

「……ねぇ、入らないでって言ったよね? ここはあまり見られたくないの。だから、だから……」
「わ、悪かったわよ。ちょっと好奇心が出て……」

 咄嗟に出た言い訳とともに体が動く。
 身を翻してなんとかしようと思ったが、彼は目に涙を浮かべて、本当に悲しそうだった。
 私は思わず絶句してしまい、言葉を失う。

「……入ったら殺すなんて言ったけどっ、どうせ僕は、そんな事する勇気もないよ……。それに、沙羅をどうこうするなんて嫌だ……だから、見て欲しくなかったのに……」
「……なんで? どうしてこんな普通の部屋を見られたくないのよ? 私にはわからないわ。なんでアンタはそんなに悲しむの?」

 思いのままの質問を瑞揶にぶつけた。
 彼は涙を拭い、一度咳き込んで、私の目を見る。

「……ごめんね。“忘れて”……」
「え――」

 意識が反転する。
 何もわからぬまま、彼は何も答えぬまま、私は意識を失った。







 眼が覚めると、私はリビングのそしてで眠っていた。
 私の頭の隣で座っていた瑞揶は私の反応に気付いて持っていた本を下げ、私の頬に手をやった。
 優しく撫でられるのが少しくすぐったいけど、彼の笑顔もこの手の優しさも、あまり嫌ではない。

「おはよ、沙羅……。看病ありがとうね」
「……おはよ。あれ?なんで私、寝てたのかしら……」

 確か、退屈になってリビングのソファーに寝転がった所までは覚えている。
 それで……そっから……何かしたかしら?

「……沙羅は、ここでずっと寝てたよ?僕は寝て起きたら回復して、もう夕方……。電話で聞いたんだけど、みんながお見舞いに来てくれるそうだから、ご飯作って待ってよ?」
「……そうなの? わかったわ」

 記憶が曖昧でなんだか落ち着かないけど、瑞揶が元気になったのなら万事OKだ。
 結局あまり看病できなくて申し訳ないけど、瑞揶が定期的に具合が悪くなるというのなら、次にはもっと頑張って家事や看病を手伝いたいわね……。

「……悪かったわね、寝ちゃって」

 頰にある彼の手を取りながら謝罪する。
 なんだこの柔らかい手は、女子かっ。

「いいんだよ〜、僕はもう大丈夫だから……。沙羅、今朝はありがとね? 学校まで休んでくれるとは思わなくて、嬉しかったよ。だけど、僕は今まで一人暮らしでなんとかなってたし、これからは学校に行ってね?」
「……わかったわ」

 どうやら次に看病する事になるのは、当分先になりそうだった。
 上体を起こしてため息を吐き出す。

「それと、最後に一つね」
「……なによ?」

 瑞揶のために何もできなくて意気消沈としてる所に、まだ瑞揶は何かあるらしい。
 もうあまり聞きたくないのに、瑞揶は少し悲しみの瞳を見せて細々と呟いた。

「――あの部屋は、覗いちゃダメだからね?」

 その一言を今言う意味もわからず、私はただ頷いた。







 僕があの部屋を見せたくない理由。
 それは、僕の前世の事がわかってしまうから。
 あの部屋にある携帯や、アルバムの中の写真には、霧代が載っているものがある。
 それを見られたら多分、今の僕と同じぐらいの体格なのに霧代と写っている写真はおかしいと矛盾が生じたりする。
 それに、昔のものとはいえど僕の部屋に入って欲しくはない。
 霧代と、最後に共にした部屋でもある。
 そして、自傷行為を繰り返した部屋――。

 あの部屋には常人が入っちゃいけない。
 僕が勝手にそう思ってるだけだけど、あの部屋は――この世界のものじゃないから。
 誰も入れない……。
 誰も……。
 …………。

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