連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第三十四話

 昼頃、環奈はこう言った。
「いつも瑞揶の弁当食べさせてもらってるし、沙羅の料理食べてみたいなー」、と。
 それぐらいお安い御用と沙羅はリビングに行ってしまい、僕と環奈が2人になる。

「そういえば、瑞揶はヴァイオリン弾くんだよね」

 僕の作ったイチゴのクッションを膝に置き、ベッドに座った環奈が尋ねてくる。

「そうだよー? 昔から好きなんだ〜っ」
「ふーん。ウチは楽器は弾かないけど、歌うのは好きだよ。作曲もできるし、そのうちなんか作るかな」
「その時は、良かったら弾かせてね?」
「もち。お世話になってる以上、大抵のことはこなすよ」
「気にしなくていいよーっ。普通に仲良くしてね〜?」
「うんうん。このイチゴに賭けて仲良くする」
「……それ、僕のだけどね」

 ωの口をした巨大イチゴのひたいに指を突き刺す環奈。
 歪んだイチゴの顔が悲しい。

「あっ」

 思いついたように彼女はイチゴを放り投げて立ち上がる。
 その動作に僕はかしげるも、彼女は忙しく首を動かして部屋を見渡した。

「……瑞揶、CDとかないの?」
「え? あるよ〜っ。机の引き出しの一番下に入ってる〜」
「ほほう。今日は暇だから、瑞揶の好きそうな曲を一曲作ろうかと思ってね。参考までにCD荒らすね」
「あはは……あまり散らかさないでね?」
「おけおけぃ」

 環奈は机の引き出しの方に向かい、両膝をついて戸を開けた。
 僕はそんなに多くのCDは持ってない。15枚ぐらいのシングルと3枚ぐらいのアルバム。
 そして、前世で好きだったものをまとめたCDが、2枚。
 環奈はふむふむと言いながらCDケースを眺めていた。

「クラシックに、バラード系……。……うん、瑞揶らしいね」
「そうかな……? ありがとうね」
「謝辞もらう意味がわからないけど……んん? これは?」

 環奈が透明なCDケースを掲げる。
 それは前世で好きだったものの一つ。
 中には白いディスクに黒マジックで入れてある曲名が書いてあった。

 この世界にはない曲、だからこそわざわざCDを作った。
 “Calm Song”もあの中に入っている。
 前世からずっと好きだった曲……未だにそれは変わらなかった。

「…………」

 環奈はそのケースを持ったまま動きを止め、ずっとそれを見つめていた。

「……これ、聴いてもいい?」
「……うん? いいよ〜」
「ありがと。“Calm Song”ってやつ、お願い」
「わっ、その曲に目をつけるとは……環奈も目敏めざといねぇ〜」
「……そりゃどーも」
「CDプレーヤー出す? 携帯にも入ってるからそっちの方が早いけど……」
「んー……じゃあ携帯でお願い」
「は〜いっ」

 言われて、僕は携帯を取り出し、“Calm Song”の再生画面まで操作して環奈に渡す。
 すると彼女は自前の白いイヤホンを出し、僕の携帯に挿して聴き始めた。
 僕には聴こえないし、暇になったため、イチゴのクッションを拾って抱きしめ、ゴロゴロとしていた。

 1〜2分経っただろうか。
 環奈がイヤホンを外して深く息を吐いた。
 そして、僕の方を見て一言。

「……アンタ誰?」

 そんな、意味のわからない言葉を呟いた。
 一瞬呆気に取られながらも適切に対応する。

「……誰って、僕は瑞揶だけど?」
「違う。この曲はこの世界にはないはず。なんで瑞揶は知ってるの?」
「……あぁ、そうなんだ」

 この世界にはない、それだけで大体の事はわかった。
 この世界にはないその曲を、環奈も知っている。
 つまり、この世界の人間じゃない記憶が、環奈にもあるんだな、って。

「……あー、一度しか会ったことないからうろ覚えだけど、自由律司神に顔が似てるわね。この世界の最高責任者様だったりする?」
「そんなわけないよっ。僕は……今も瑞揶、昔も瑞揶だよっ」
「……まぁ、うん。とりあえず、説明してもらってもよい?」
「…………」

 できれば、昔の事は話したくなかった。
 なんで恋人が死ぬ話をしなくちゃいけないのだろう。
 でも、素直に答えないと、説明が付かない。
 ――否。

「環奈こそ、“Calm Song”を知ってるってことは、別の世界で生きていたんだよね?」

 ここはあえて、質問で返した。
 環奈だってそうだ、この世界にはないはずの曲を知っているのだから、彼女も前世を持っている。
 そう断言できるんだ。

「そうだよ。ウチも別の世界から生まれ変わってここに居るの。そして――








 ウチが“Calm Song”の歌詞を書いた。

 だからこの曲を知っているアンタの正体が知りたい」

 凛とした声で彼女が告げる。
 それに対して、僕は絶句した。

「――――」

 息を呑むしかなかった。
 なんせ、前世からずっと好きだった歌を作った人が、目の前にいたのだから。

「……で、これでウチの正体はわかったでしょ? アンタは誰? あの曲を知ってるって事は――」
「貴方がノールさん!?」
「…………うん? うん……」

 曲の作詞者のペンネーム、それがノールだった。
 何故か“Calm Song”は作詞者作曲者が両方ペンネームなのだ。
 ヒット曲とまではならなかったし、歌い手もペンネーム以外不明だったため、こうして会えると同様が止まらない。

「す、凄いと思います! 僕はああいうおっとりした曲が好きで、本当に感動したんだよぉ〜っ!」
「…………。初対面? ウチと?」
「え?ノールさんって年齢性別不詳だったし……あれ?」
「……アンタ、メリスタスじゃないのか」
「……? え、誰?」
「なんでもない。というか、お互いに前世の世界での文化ぐらいは話し合ったほうが良さそうだね」
「……?」

 話の意図は掴めなかったけど、文化程度なら、と僕は前世の世界観を環奈に伝えた。
 超能力が無く、魔人も天使も居ない、科学の発展した世界。
 それを聞いて環奈は驚いていた。
 彼女の居た世界では魔法があり、技術レベルが低かったそうなのだ。
 それだけじゃない、彼女の居た“サウドラシア”という世界では、悪意と善意が魔法となり、魔物となるらしい。
 この世界では元から天使、人間、魔人ぐらいにしか別れないし、僕の元いた所では理論的にあり得ないと一蹴されるだろう。

「……と、まぁアンタとウチは面識がなかったわけね。サウドラシアに自由律司神が来てさー、あの歌を手土産にして各世界にバラまいたのかな?」
「そうなんだ……。なんかすごい話を聞いちゃったな……。僕の前世なんて、何も面白い話ないよ……」
「ウチの前世の話とか、面白くないよ。前世で今の年齢なら、戦争真っ只中だったし、敗戦したし……。この世界は平和でいいよね。前世で私とその恋人も、こっちの世界で生まれられれば良かったのに」
「…………」

 珍しく暗い顔で言う彼女に、僕は目を見開いた。
 どうやら、僕と同じで恋人関係について何かあったらしい。

「……前世は、辛かった?」

 自然と、そう尋ねた。
 環奈は「んー」と唸り、すぐに答える。

「まぁ、辛かったね。家族全員を手に掛け、恋人も結局は死んだし、私だけが生かされてさー、色々大変だったな〜」
「……家族全員を?」
「敗戦したって言ったでしょ? 敵国がマジでタチ悪くてさ、ウチに斧持たせて家族全員八つ裂きだよ。しかも見せ物扱いだし死体は遊ばれるし……当時はめっちゃ泣いてたな〜……」
「…………」

 とんでもない話だった。
 彼女の前世に比べれば、僕の過去なんてちっぽけなことなのではないか?
 そう思えるぐらいに酷い過去だった。

「……よく、平気で話せるね」
「まぁね。自分でもそう思うけど、ウチ自身60年ぐらい生きてたし、もう過去の話、みたいな?今世では名前も違う訳だしね」
「……そっか」

 感心するほかなかった。
 幻想にしか思えぬ話、しかし彼女が嘘を吐くでもないはず。
 今までの過去を受け入れられてる彼女が強いと、そう思えた。

「フフフッ、ウチが中身はおばあちゃんだと知ってどうよ? あ、魔人だとおばあちゃんでもないのか、寿命400歳だし」
「……とても心強い、人生の先輩だと思うよ」
「勉強はからっきしだけどね。文化レベルが低かったし、そもそも勉強する事自体なかったからさ。……大して期待しないでね?」
「あはは……了解ですっ」
「ん、いい返事だね。じゃ、もう少しウチは音楽聴いて曲作りでもするから、瑞揶は沙羅の様子でも見に行ってきな」
「……はーい」

 邪魔しても悪いなと思い、僕はそそくさと室内を退室した。
 携帯も置きっ放しだけど、見られて困るものはないから気にしない。

 環奈のように、どこかの世界から転生した人もいるらしい。
 だったら、“霧代”はどうだろうか――?
 そんな淡い希望的観測をしても、一体どのツラで会えたものか。
 考えたところで仕方がない事、それをえ置きして僕はリビングに向かった。

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