連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第三十八話
6月も終わりを告げ、夏本場の7月に移行した。
暑いながらも緑輝く自然が校庭にも映る。
学生達はみんな衣替えを済ませ、半袖であった。
「大変なことになったわ……」
時は放課後、場所は視聴覚室。
珍しく今日は沙羅がガックリと項垂れており、部室全体の空気が重苦しいものだった。
「……ねぇねぇ、瑛彦」
エレキギターを弄っていた瑛彦に尋ねてみると、少し不機嫌気味に返事を返してきた。
「あん? なんだよ?」
「沙羅はどうしちゃったの? 朝は元気だったんだけど……」
「あー……なんでも、ちっとも活動してないのが生徒会が不振に思ったらしくてな、今日の5時に視察に来るんだってさ」
「ふ、不振かぁ……」
ふと部員のみんなの様子を見てみる。
理優は眉を顰めて菓子パンを食べており、環奈は窓を見つめてボケーっとしていて、ナエトくんはいつも通り本を読んでいる。
一番新規部員であるレリもこの空気には馴染んだもので、教室の端に座って音楽関係の雑誌を読んでいた。
いつもこんな調子だし、雑談したり、楽器に触れたり、ときたましっかり練習もしてるけど、この様子を視察されたら廃部も考えられそうだ。
「……僕達はいつも練習してるんだけどね?」
そう瑛彦に確認を取る。
僕と瑛彦はほぼ毎日楽器に触り、最低でも5〜6曲は演奏している。
あとは沙羅がちょいちょいフルート握ってたり、理優が音楽準備室から楽器を持ってきたりする程度。
環奈とナエトくんが楽器を持っているところは殆ど見たことがなかった。
「俺たちだけがしてたってダメっつーことだ。みんなで合わせたりできたらいいんだが、この様子だとなぁ……」
「……難しいよねぇ」
現状、どう見てもだらけてるようにしか見えない。
どう考えても、ダメだしを食らって廃部は免れないだろう。
今日だけでもいいから一丸となって練習しなくちゃ……。
「とりあえず、沙羅っちを説得だな」
「うん」
ここは沙羅に仕切ってもらってみんなを奮い立たせなければどうにもならないだろう。
僕と瑛彦は楽器を持って机に突っ伏す沙羅の元へやってきた。
「沙羅っち、そんなうだうだしてても仕方ねーだろ?」
「……るっさいわよ。折角理優やレリと仲良くなったけど、廃部になったらどんどん接点がなくなって話さなくなって……もう終わりね……」
「廃部にしなければいいんだよーっ! 演奏の練習してて、あとは何かのイベントに出たりすれば、部活動として認識してもらえるはずだよっ」
「……今更過ぎるわ。仮に、文化祭に出るとしましょう。演奏できるのは瑞揶と瑛彦ぐらいじゃない」
「だから練習しようぜって言ってんだよ。今から練習すれば、聴けるレベルの演奏はできるようになるはずだ」
「………………うーん」
沙羅の反応は悪く、完全に諦めモードに入っていた。
沙羅を説得できないと本当に終わりだ、どうすれば……。
「……なにやら賑わっているな」
少し低めで、威厳を感じる男性の声が聞こえた。
何事かと部屋の入り口に目をやると、いつの間にやら金髪の青年が立っている。
パーマがかかった金髪に鋭い青の眼光、開くのに重そうな薄ピンクの唇。
その姿は御伽噺に出てくる王子様のようだったけど、制服の夏服を着ていることから生徒だとわかる。
白い肌が覗く中、袖から見える腕は筋肉質で逞しい。
それでいて全体が細く見えて細身だった。
肩には赤の腕章があって――その身分は生徒会長だとわかる。
「……終わりね」
沙羅が呟く。
確かに、この状況はヤバい。
恐らく、今の僕らはふざけているようにしか見えていないだろう。
廃部……廃部となるのは悲しい。
ここは少しばかり説得を試みよう。
「あ、あの、生徒会長さん? い、今はまだミーティング中でその、あの……」
「……向こうで本を読んだり茶菓子を貪ってる奴が居るが、それがミーティングか?」
「あう……」
言い訳をしようにもすぐさま看破されてしまう。
もうダメだ……諦めるしかない……。
「……まぁ、ダラダラしているなら丁度いい。おい、環奈」
「んー? あ、キトリューじゃん」
「先輩を付けろ。それと、来い」
「はいはい」
「……?」
生徒会長――キトリューというらしい――に呼ばれて環奈がお煎餅を食べながらやって来る。
キトリューさんはその様子を見てため息を吐き、環奈の額にデコピンを食らわせる。
「いたっ!? 何すんのよ?」
「食べながら歩くな、はしたない」
「細かいっ。そんなんじゃモテないよ?」
「……今更モテた所で困るんだが、まぁいい」
「ん……」
そう言ってキトリューさんは環奈を抱き寄せ、キスをした。
…………。
『!?』
多分、本を読んでるナエトくんとレリ以外は全員が驚いたであろう。
生徒会長の王子様みたいなカッコいい人と環奈が、キス?
頭がパニック、というか目の前でそんなことをされて恥ずかしく、僕の方が顔が赤くなる。
「……みんなの前でしないで欲しいんだけど」
環奈が呟き、キトリューさんのおでこを突っついた。
しかし、彼は環奈の言葉を無視し、手を跳ね除けて強く抱きしめた。
「細かいことは気にするな。どこに居ようと、お前は俺のものだろう?」
「いやいや、そういう問題じゃないんだけど……」
「まぁ許せ」
「……ほんっと、見かけによらず甘えん坊なんだから」
そしてなんかイチャつき始める2人。
……え? これは本当にそういう仲なの?
「……あのー、お2人さん? これはその、どういう……」
おそるおそる尋ねると、環奈がキトリューさんの手を払いのけて僕に振り返り、答えてくれる。
「この人、ウチの恋人。前世も含めてね」
「環奈の友人だというのなら、俺は何でも力を貸す。皆の者、宜しくな」
「……おぉ〜」
本当に環奈の恋人だったらしく、しかも彼女の“前世”からの付き合いだと言う。
成る程、前世での恋人……。
「んで、なんだっけ? 生徒会連れてくんじゃなかったの?」
「俺は会長だぞ? 俺1人が視察すれば誰も文句は言うまいよ」
「ふーん。そんなもんか」
なんてことないように環奈がそう呟く。
どうやら、廃部は免れるようだ。
安心したし、一息つきたいけど、この状況ではちょっと座りにくい。
「んじゃあマジで何しに来たのよ?」
「お前に会いに来たのと、一応部を存続させてやるために活動報告のチェック、それから文化祭に出てもらうように参加の呼びかけだな」
『文化祭!?』
生徒会長の発言にみんなが驚く。
文化祭に出演……それはさっき沙羅と話していたことでもある。
どうやら、現実になってしまうようだった。
「この部は今年出来たもので、まだ何も功績がないだろう?文化祭で構わないから参加しろ。新進気鋭ということで時間は20分と短めに割り振ったから、頑張れ」
笑顔で言い放つ生徒会長。
もう文化祭のイベントに割り振られるのは確実なようで、それはみんなが今から死ぬ気で練習しなきゃならないことを意味していた。
「ちょっと急すぎるんじゃない?」
環奈がキトリューさんをそう咎めるも、彼は全く折れなかった。
「そうでもない。それに、文化祭でやらなければ本当に潰されかねんからな。そこで自分たちの存在を主張し、この部が学校の誇りの一部であることを知らしめる必要があるんだ」
「ハードル高くない?」
「大丈夫、助っ人で俺が何か弾いてもいいしな。そういうわけで、部長は誰だ? 少し話をしよう」
「…………はい」
沙羅がおそるおそる手を挙げる。
その目元は少し涙があり、嫌そうだ。
これから練習するのがめんどくさいなーと思っているんだろうけど、本来この部活は音楽部って名前でもあるから仕方ない。
「沙羅、観念しなよ」
「わかってるわよ……」
僕が声を掛けると、ブスーッとした顔で返してくる。
や、八つ当たり……。
それから環奈と沙羅は生徒会長に連れ去られてしまい、残った面子で会議を開く。
「とりあえず、楽器を使えるのは僕と瑛彦だけ……でいいよね?」
改めて尋ねてみると、各々納得したような反応を返してきた。
……みんな、本当に練習してないんだね。
「じゃあ、教えるのは僕と瑛彦だとして、各自で使う楽器を明日持参するか、音楽準備室から借りてきて。今日のところはひとまず、レリが見ているカタログとかを見て参考にしたり、自分に合いそうな楽器を考えて。あ、瑛彦は僕と練習ね。どんな楽器でも教えられるように、今一度音楽室に乗り込むよっ」
「めっちゃ瑞揶くん指揮ってるねー! 部長でもないくせに」
グサッ
レリの言葉が心に刺さる。
この毒舌には未だに慣れていない。
「瑞っちはこう見えて、リーダーシップあるからな。多種多様な楽器を使えるし、ここは気にすんなよ、レリっち」
瑛彦が僕のフォローをし、レリの肩にポンっと手を置いた。
その手は彼女自身によって払われ、手の置かれた部位をさらに叩いている。
「気安く触らないで! 痴漢よ!」
「いやいや! 痴漢じゃないだろ!?」
「イッツ……ジョォクッ!!」
「……このヤロー。まぁいいけどさぁ、しっかりしろよな?」
「アタシだって一応部員だから、やれって言われたらやるよ! アンタらに言われるまでもないし、教えてくれなくても独学で平気だし」
「あっそ……」
もはや話にならないと踏んだのか、瑛彦も素っ気ない態度を取る。
さすがに毒舌は、ちょっとねぇ……。
「じゃあ、理優はどうする?」
僕から理優に尋ねる。
朗らかな少女は頬に手を当ててうーんと唸り、さらに腕組みをして考え、最後は項垂れてしまった。
「……決まらないよぅ」
「理優っちは可愛いなぁ。俺で良ければ楽器選び手伝うぜ?いろんな音聴かせてやるよ」
「ほんとう〜? じゃあ、お願いするね」
「おーうっ」
「そして純真な理優は、狼男の瑛彦に怪しいお店に連れてかれるのでした」
「不届きな事を言うなっ!」
レリの聞き捨てならぬ物言いに瑛彦がつっこむ。
さすがに瑛彦はそんなことしないし……。
「とりあえず、レリは勝手にやる。理優は瑛彦と決める、でいいんだね?」
『うん』
「そっか。じゃあ、ナエトくんは?』
「……僕か。そうだな、小太鼓だけでは物足りないし、ドラムセットでも使ってみようか」
「わー、凄いね〜。上手く叩けるようになったら、合わせよーねっ」
「それはこっちからお願いしたいぐらいだ。いいか瑞揶! 僕は貴様よりも素晴らしい奏者になる!」
「うん。じゃあ頑張って練習しよーねー」
上手くみんなの使う楽器も決まりそうだった。
文化祭は夏休みの後、すぐ。
クラスの出し物はどこも決まっているはずで、夏休み中も作業する人がいるそうな。
みんな他に作業することがあるだろうけど、9月……9月までにみんなが上達できるように頑張らないと。
「とりあえず、今日は解散にしようか。今週中までには楽器を準備してね。夏休み中も練習するよっ」
「おーっ!」
瑛彦は元気よく、
「は〜い」
理優は朗らかに笑って、
「当然だ」
ナエトくんはクールに、
「面倒だけど、頑張るよーん!」
レリはやる気なさげだけど、元気いっぱいに、各々が返事を返す。
これからやっと、音楽の部活らしくなりそうだった。
みんなそれぞれ強い個性でも、団結できる。
そんな未来を、思い描き始めよう――。
暑いながらも緑輝く自然が校庭にも映る。
学生達はみんな衣替えを済ませ、半袖であった。
「大変なことになったわ……」
時は放課後、場所は視聴覚室。
珍しく今日は沙羅がガックリと項垂れており、部室全体の空気が重苦しいものだった。
「……ねぇねぇ、瑛彦」
エレキギターを弄っていた瑛彦に尋ねてみると、少し不機嫌気味に返事を返してきた。
「あん? なんだよ?」
「沙羅はどうしちゃったの? 朝は元気だったんだけど……」
「あー……なんでも、ちっとも活動してないのが生徒会が不振に思ったらしくてな、今日の5時に視察に来るんだってさ」
「ふ、不振かぁ……」
ふと部員のみんなの様子を見てみる。
理優は眉を顰めて菓子パンを食べており、環奈は窓を見つめてボケーっとしていて、ナエトくんはいつも通り本を読んでいる。
一番新規部員であるレリもこの空気には馴染んだもので、教室の端に座って音楽関係の雑誌を読んでいた。
いつもこんな調子だし、雑談したり、楽器に触れたり、ときたましっかり練習もしてるけど、この様子を視察されたら廃部も考えられそうだ。
「……僕達はいつも練習してるんだけどね?」
そう瑛彦に確認を取る。
僕と瑛彦はほぼ毎日楽器に触り、最低でも5〜6曲は演奏している。
あとは沙羅がちょいちょいフルート握ってたり、理優が音楽準備室から楽器を持ってきたりする程度。
環奈とナエトくんが楽器を持っているところは殆ど見たことがなかった。
「俺たちだけがしてたってダメっつーことだ。みんなで合わせたりできたらいいんだが、この様子だとなぁ……」
「……難しいよねぇ」
現状、どう見てもだらけてるようにしか見えない。
どう考えても、ダメだしを食らって廃部は免れないだろう。
今日だけでもいいから一丸となって練習しなくちゃ……。
「とりあえず、沙羅っちを説得だな」
「うん」
ここは沙羅に仕切ってもらってみんなを奮い立たせなければどうにもならないだろう。
僕と瑛彦は楽器を持って机に突っ伏す沙羅の元へやってきた。
「沙羅っち、そんなうだうだしてても仕方ねーだろ?」
「……るっさいわよ。折角理優やレリと仲良くなったけど、廃部になったらどんどん接点がなくなって話さなくなって……もう終わりね……」
「廃部にしなければいいんだよーっ! 演奏の練習してて、あとは何かのイベントに出たりすれば、部活動として認識してもらえるはずだよっ」
「……今更過ぎるわ。仮に、文化祭に出るとしましょう。演奏できるのは瑞揶と瑛彦ぐらいじゃない」
「だから練習しようぜって言ってんだよ。今から練習すれば、聴けるレベルの演奏はできるようになるはずだ」
「………………うーん」
沙羅の反応は悪く、完全に諦めモードに入っていた。
沙羅を説得できないと本当に終わりだ、どうすれば……。
「……なにやら賑わっているな」
少し低めで、威厳を感じる男性の声が聞こえた。
何事かと部屋の入り口に目をやると、いつの間にやら金髪の青年が立っている。
パーマがかかった金髪に鋭い青の眼光、開くのに重そうな薄ピンクの唇。
その姿は御伽噺に出てくる王子様のようだったけど、制服の夏服を着ていることから生徒だとわかる。
白い肌が覗く中、袖から見える腕は筋肉質で逞しい。
それでいて全体が細く見えて細身だった。
肩には赤の腕章があって――その身分は生徒会長だとわかる。
「……終わりね」
沙羅が呟く。
確かに、この状況はヤバい。
恐らく、今の僕らはふざけているようにしか見えていないだろう。
廃部……廃部となるのは悲しい。
ここは少しばかり説得を試みよう。
「あ、あの、生徒会長さん? い、今はまだミーティング中でその、あの……」
「……向こうで本を読んだり茶菓子を貪ってる奴が居るが、それがミーティングか?」
「あう……」
言い訳をしようにもすぐさま看破されてしまう。
もうダメだ……諦めるしかない……。
「……まぁ、ダラダラしているなら丁度いい。おい、環奈」
「んー? あ、キトリューじゃん」
「先輩を付けろ。それと、来い」
「はいはい」
「……?」
生徒会長――キトリューというらしい――に呼ばれて環奈がお煎餅を食べながらやって来る。
キトリューさんはその様子を見てため息を吐き、環奈の額にデコピンを食らわせる。
「いたっ!? 何すんのよ?」
「食べながら歩くな、はしたない」
「細かいっ。そんなんじゃモテないよ?」
「……今更モテた所で困るんだが、まぁいい」
「ん……」
そう言ってキトリューさんは環奈を抱き寄せ、キスをした。
…………。
『!?』
多分、本を読んでるナエトくんとレリ以外は全員が驚いたであろう。
生徒会長の王子様みたいなカッコいい人と環奈が、キス?
頭がパニック、というか目の前でそんなことをされて恥ずかしく、僕の方が顔が赤くなる。
「……みんなの前でしないで欲しいんだけど」
環奈が呟き、キトリューさんのおでこを突っついた。
しかし、彼は環奈の言葉を無視し、手を跳ね除けて強く抱きしめた。
「細かいことは気にするな。どこに居ようと、お前は俺のものだろう?」
「いやいや、そういう問題じゃないんだけど……」
「まぁ許せ」
「……ほんっと、見かけによらず甘えん坊なんだから」
そしてなんかイチャつき始める2人。
……え? これは本当にそういう仲なの?
「……あのー、お2人さん? これはその、どういう……」
おそるおそる尋ねると、環奈がキトリューさんの手を払いのけて僕に振り返り、答えてくれる。
「この人、ウチの恋人。前世も含めてね」
「環奈の友人だというのなら、俺は何でも力を貸す。皆の者、宜しくな」
「……おぉ〜」
本当に環奈の恋人だったらしく、しかも彼女の“前世”からの付き合いだと言う。
成る程、前世での恋人……。
「んで、なんだっけ? 生徒会連れてくんじゃなかったの?」
「俺は会長だぞ? 俺1人が視察すれば誰も文句は言うまいよ」
「ふーん。そんなもんか」
なんてことないように環奈がそう呟く。
どうやら、廃部は免れるようだ。
安心したし、一息つきたいけど、この状況ではちょっと座りにくい。
「んじゃあマジで何しに来たのよ?」
「お前に会いに来たのと、一応部を存続させてやるために活動報告のチェック、それから文化祭に出てもらうように参加の呼びかけだな」
『文化祭!?』
生徒会長の発言にみんなが驚く。
文化祭に出演……それはさっき沙羅と話していたことでもある。
どうやら、現実になってしまうようだった。
「この部は今年出来たもので、まだ何も功績がないだろう?文化祭で構わないから参加しろ。新進気鋭ということで時間は20分と短めに割り振ったから、頑張れ」
笑顔で言い放つ生徒会長。
もう文化祭のイベントに割り振られるのは確実なようで、それはみんなが今から死ぬ気で練習しなきゃならないことを意味していた。
「ちょっと急すぎるんじゃない?」
環奈がキトリューさんをそう咎めるも、彼は全く折れなかった。
「そうでもない。それに、文化祭でやらなければ本当に潰されかねんからな。そこで自分たちの存在を主張し、この部が学校の誇りの一部であることを知らしめる必要があるんだ」
「ハードル高くない?」
「大丈夫、助っ人で俺が何か弾いてもいいしな。そういうわけで、部長は誰だ? 少し話をしよう」
「…………はい」
沙羅がおそるおそる手を挙げる。
その目元は少し涙があり、嫌そうだ。
これから練習するのがめんどくさいなーと思っているんだろうけど、本来この部活は音楽部って名前でもあるから仕方ない。
「沙羅、観念しなよ」
「わかってるわよ……」
僕が声を掛けると、ブスーッとした顔で返してくる。
や、八つ当たり……。
それから環奈と沙羅は生徒会長に連れ去られてしまい、残った面子で会議を開く。
「とりあえず、楽器を使えるのは僕と瑛彦だけ……でいいよね?」
改めて尋ねてみると、各々納得したような反応を返してきた。
……みんな、本当に練習してないんだね。
「じゃあ、教えるのは僕と瑛彦だとして、各自で使う楽器を明日持参するか、音楽準備室から借りてきて。今日のところはひとまず、レリが見ているカタログとかを見て参考にしたり、自分に合いそうな楽器を考えて。あ、瑛彦は僕と練習ね。どんな楽器でも教えられるように、今一度音楽室に乗り込むよっ」
「めっちゃ瑞揶くん指揮ってるねー! 部長でもないくせに」
グサッ
レリの言葉が心に刺さる。
この毒舌には未だに慣れていない。
「瑞っちはこう見えて、リーダーシップあるからな。多種多様な楽器を使えるし、ここは気にすんなよ、レリっち」
瑛彦が僕のフォローをし、レリの肩にポンっと手を置いた。
その手は彼女自身によって払われ、手の置かれた部位をさらに叩いている。
「気安く触らないで! 痴漢よ!」
「いやいや! 痴漢じゃないだろ!?」
「イッツ……ジョォクッ!!」
「……このヤロー。まぁいいけどさぁ、しっかりしろよな?」
「アタシだって一応部員だから、やれって言われたらやるよ! アンタらに言われるまでもないし、教えてくれなくても独学で平気だし」
「あっそ……」
もはや話にならないと踏んだのか、瑛彦も素っ気ない態度を取る。
さすがに毒舌は、ちょっとねぇ……。
「じゃあ、理優はどうする?」
僕から理優に尋ねる。
朗らかな少女は頬に手を当ててうーんと唸り、さらに腕組みをして考え、最後は項垂れてしまった。
「……決まらないよぅ」
「理優っちは可愛いなぁ。俺で良ければ楽器選び手伝うぜ?いろんな音聴かせてやるよ」
「ほんとう〜? じゃあ、お願いするね」
「おーうっ」
「そして純真な理優は、狼男の瑛彦に怪しいお店に連れてかれるのでした」
「不届きな事を言うなっ!」
レリの聞き捨てならぬ物言いに瑛彦がつっこむ。
さすがに瑛彦はそんなことしないし……。
「とりあえず、レリは勝手にやる。理優は瑛彦と決める、でいいんだね?」
『うん』
「そっか。じゃあ、ナエトくんは?』
「……僕か。そうだな、小太鼓だけでは物足りないし、ドラムセットでも使ってみようか」
「わー、凄いね〜。上手く叩けるようになったら、合わせよーねっ」
「それはこっちからお願いしたいぐらいだ。いいか瑞揶! 僕は貴様よりも素晴らしい奏者になる!」
「うん。じゃあ頑張って練習しよーねー」
上手くみんなの使う楽器も決まりそうだった。
文化祭は夏休みの後、すぐ。
クラスの出し物はどこも決まっているはずで、夏休み中も作業する人がいるそうな。
みんな他に作業することがあるだろうけど、9月……9月までにみんなが上達できるように頑張らないと。
「とりあえず、今日は解散にしようか。今週中までには楽器を準備してね。夏休み中も練習するよっ」
「おーっ!」
瑛彦は元気よく、
「は〜い」
理優は朗らかに笑って、
「当然だ」
ナエトくんはクールに、
「面倒だけど、頑張るよーん!」
レリはやる気なさげだけど、元気いっぱいに、各々が返事を返す。
これからやっと、音楽の部活らしくなりそうだった。
みんなそれぞれ強い個性でも、団結できる。
そんな未来を、思い描き始めよう――。
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