連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第七話

「アホ毛アホ毛〜♪」
「人の髪いじんないでほしいんだけど……」

 沙羅の頭頂部に生える2本の少し太めなアホ毛をつまんでぴょこぴょこ動かすと、アホ毛の持ち主から非難の声が飛んでくる。

「この髪不思議だよね〜。沙羅はいつも自然乾燥なのに、どうしてこんな風になるのかな?」
「遺伝……かしらね?私の母がアホ毛の持ち主だったみたい」
「いーなー。僕もアホ毛欲しいよーっ」
「こんなのの何がいいのか、理解に苦しむわ……」

 なんか気になっていつも触りそうってだけです。

「そろそろ寝る〜?」
「そうね〜……」

 沙羅の頭が時計の方を向き、僕もそれにならう。
 時刻は22時手前、普段ならこの時間から自室に戻るんだ。

「……折角の旅行だし、もうちょっと起きてましょ」
「うんっ……。でも、何しよっか?」
「……まくら投げ?」
「沙羅の投げるまくら受けたら、僕が死んじゃうんだけど……」
「そんな本気でやらないわよ……」

 呆れながらアホ毛をいじる僕の両手を掴み、アホ毛から離される。
 真面目に考えろってことかな……。
 何もしなくて寝るのもいいけどね、なんかそれだともったいないし……。

「お土産買いに行く?」
「もう22時よ? お店閉まってるんじゃない?」
「……じゃあ、この部屋を散策しようか。家じゃできないことしないとねっ」
「8畳間を散策……何も出てこないでしょ」
「あう……」

 全部否定されてガックリと項垂れる。
 でも、温泉も2回入ったし、食事も食べたし、この宿は堪能したから、いいかなぁ……。

「何か食べる? 煎餅せんべいとお饅頭まんじゅうあるけど……」
「お饅頭貰うわ。中は何?」
「栗餡だよ〜。美味しいよね〜」
「そうね〜」

 リュックからお饅頭を取り出して二人で分ける。
 結局テレビを見ながらほのぼの過ごして、いつも通りだった。
 23時になる前に電気を消し、布団を並べて眠りに就いた。







 同時刻――響川家の電気は点いていた。
 外からの侵入者はなく、戸締りは万全であり、何より瑞揶の超能力によって結界が貼られ、悪意ある人間を侵入させないのだ。
 だが事実今、響川家のリビングに電灯が灯り、ソファーに座る者がいる。

「はぁ……なんだか寂しいなぁ……」

 その少女はポツリと呟き、ため息を吐き出す。
 いつも見ている2人は旅行に出かけてしまい、家に1人なのだ。

 彼女は付いて行こうと思えば付いて行けた。
 しかし、彼女は1人で止まることを決めた。
 それは彼女が瑞揶、沙羅の2人に認知されていないため。
 家族だと思われていないため。

 ずっと瑞揶に“取り憑いていた”彼女は家族旅行には行かなかったのだ。

「早く帰ってこないかなぁ……」

 とはいえ、日々溜め込んだ霊力で実体化し、好き勝手1人で過ごす彼女も中々大物なのであった。

「楽しんでるといいんだけど……」

 少女にとって、瑞揶は何よりも大切な存在であった。
 そんな彼は日々沙羅にわからないよう自傷行為を行っているのも、彼女は知っている。
 この旅行では、そんなことをする暇はないから、純粋に楽しんでいることを願うばかり。

「幽霊じゃなかったら――違ったのかな?」

 もし自分が人間だったらと考える。
 今更どのツラ下げて瑞揶に顔を合わせたものだろうか。
 けど、お互い生きていたのなら否応にも顔をあわせるはず――。
 それなら――。

「って、違うか……」

 自分の思考の甘さに彼女は自嘲した。
 彼と向き合えないから姿を表せずにいるのに――。
 ずっと向き合うことから逃げ続け、彼は更に自身を傷つけて、より会いにくくなる。
 早く向き合わないといけない。
 そんなことはわかっているのに――。

「苦しいよ、瑞揶くん……」

 ソファでうずくまり、少女は震えた声で呟いた。
 瑞揶に向き合うことは、彼女の心には重過ぎる。
 他人に相談もできない以上、悩み続けるしかないのであった――。








 これは誰の視点なんだろう。
 僕は僕を見ていた。
 暗闇の中、誰もいない場所で、緩やかにヴァイオリンを弾いている。

 それは癒しの音だった。
 耳に残る高らかさ、暗闇ではどこまでも響いて、冷たい心も暖かくなるような。
 自分で自分の音を、こうして客観的に聴くのは初めてだったけど、優しくて美しい音色に、僕は瞳を閉じる。

 ――ガシャン

「……!?」

 突然聞こえた異音に目を見開く。
 目の前にいる僕が、ヴァイオリンを落とした音だった。
 どうしたのって、そう声を掛けて、手を伸ばそうとした。
 その前に、彼は自分を抱きしめて、崩れ落ちた。

「嫌だっ……寒いっ! 心が冷たい! 助けて! 助けて!」

 1人で叫ぶ彼は紛れも無い自分の弱さを露呈していた。
 そう――これが僕だ。
 美しい音色を奏でても、それで何をする?
 ただ自分の心を癒したかっただけ――。
 寂しさを紛らわすだけ――。

「もっと癒しを……! 自分で自分に与えるなんて嫌だ! 誰かに与えられたい! 甘えたい――!」
「…………」

 僕は、何も言えなかった。
 彼は自分。
 同情することなんてできない。
 そして――思い出した。

 目の前の僕は、僕より少し背が低い。
 まだ幼い頃の僕――。

 ああ、こんなこともあった――。

 僕は死んだような目で、そう思った。
 やがて目の前の僕は立ち上がる。

「……何を言ってるんだ、僕は。甘える権利なんてどこにある……。僕は、苦しみを――」

 ヴァイオリンを拾い上げ、彼は再び音を奏で出す。
 それは陽気さや優しさなど欠片もない、暗闇のような旋律だった――。

「…………」

 突如、意識が浮上する。
 いきなり開いたにもかかわらず、視界は鮮明に旅館の天井を捉えていた。
 暗闇などではなく、カーテンから曙光の差し込む室内の景色だった。

「……朝?」

 そう呟いて、隣に目をやると沙羅が布団を蹴飛ばして大の字で眠っていた。
 豪快な姿を見て「なるほど、ベッドから落ちるわけだ」と納得する。

「……あれ?」

 隣で眠る少女のことを考えたら、なんの夢を見ていたか忘れてしまった。
 しかし、夢なんて忘れっぽいものだと諦めて起き上がる。

 時計の針は5時40分を指していた。
 いつも僕の起床時間を考えれば、少し遅いぐらい。
 自然に起きられたのだから、それでもマシではある。

「……むぅ」

 僕の気配を察知したのか、突如沙羅が目を開けた。
 僕の顔を見つけると、一言。

「瑞揶、牛乳」
「ここは家じゃないよ……」

 頭を打たないと少し朝に弱い沙羅だった。

 沙羅が正気になって朝風呂に行き、朝食まではゴロゴロして過ごした。
 朝食では環奈、キトリューさんと一緒に食べて旅館を出る。
 家族旅行だったけど、帰りは4人で新幹線に乗って帰った。

「じゃあねー、瑞揶、沙羅〜」
「また会おう、響川の2人」
「じゃあね〜っ」
「次は大富豪負けないわ! 覚えておきなさい!!」

 街に戻ってきたら環奈、キトリューさんと別れて2人家路につく。
 なんというか、終わってみるとあっという間だった。

『ただいま〜』

 沙羅と声を合わせて家に入る。
 当然返ってくる声もなく、2人で上がってリビングに向かう。
 いつも通りだけど、1日ぶりのリビングには少し懐かしさを感じた。

「あれ? 沙羅、行く前にこのクッキー食べた?」
「はぁ? 覚えてないわよ……」
「あ、僕も覚えてないかも……」

 ゴミ箱に取っておいたと思うクッキーの箱が潰されて捨ててあり、不思議に思ったけどそれだけ。
 どうせ家族は自分達だけだから他に食べた人なんて居ないから。

「荷物は僕がやっとくから、沙羅はお土産整理しといて〜」
「整理するほどの量でもないでしょ。自分のカバンは自分でやるわ。それと、どうせこの後掃除でもするんでしょう? 体力ある魔人の私がやるから、家主のアンタは休んでなさい」
「……沙羅がいつになく優しい。登山の効果なのかな……?」
「全部よろしく」

 ソファーに寝っ転がってしまう沙羅に謝って、2人で作業することになった。

「楽しかったね、旅行」

 荷物を片付けながら、沙羅に言ってみる。

「そうね〜。私は生まれて初めての旅行だったけど、遠出するのも良いものだわ」
「生まれて初めてって……そうなの?」
「そうよ。私の人生どんなだったか知ってるでしょ?」
「そ、そうだけど……」

 まさか旅行にも行ってないなんて思わなかった。
 僕だって宿泊研修ぐらいしか行ってないけど、それでもやっぱりおかしいよ……。

「……ま、昔の事はいいのよ。春から新しい人生スタートさせたわけだしね」
「……そうだね。沙羅の人生が楽しいものになったら、僕は嬉しいな……」

 やりたくもないのに人を殺してきて、やっとの思いで逃げてきたんだもんね……。
 これで僕がこの子を不幸にしてやるわけにはいかない。

「そう思うのは……家族だから?」
「え? ……うーん」

 改めて問われると、どうだろうか。
 家族って、言葉だけだと一緒に生活する仲間〜、って感じ。
 もちろん、一緒に過ごしてる人は笑ってくれる方がいいけど、純粋に僕は沙羅の事が好きだから違う。

「それもあるけど、僕は沙羅のこと大好きだし……」
「え……」
「瑛彦とか環奈とか、みんなも幸せだったら……あれ、なんで睨むの?」

 何故かジト目で睨まれる。
 あからさまに不機嫌そうに口をへの字に曲げて……な、なんですか?

「なんでもないわよ……。そうよね、アンタの大好きは動物園のパンダを好きぐらいだものね」
「えー? もっと好きだよ〜」
「私にとっちゃ大差ないわ……」
「キリンさんぐらい好きだよ〜っ」
「それこそ大差ないじゃいっ!」
「痛いっ!?」

 頰にグーパンチを食らう。
 何にも悪いことしてないのに、横暴だよ〜……。

 ――フフッ

「……?」

 その時、誰か女の子が笑うような声が聞こえた気がした。
 でも沙羅は何故か怒ってるし、空耳だろう。
 僕はしくしく泣いて頰の痛みをこらえながら、リュックの中身を片付けた。

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