連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第十話

 もうすぐ夏祭りだねと沙羅と話しつつ、瑞揶はリビングでのんびりとしていた。
 外はもう闇が降りて街頭が灯り、町並みも静けさに満ちている。
 そんな中、1人の男が電柱の上に立ち、響川家の表札を捉える。
 男は一つ頷き、家に向けて手を翳した。

 手のひらから現れるのは揺らめく青い閃光。
 魔人が扱える、魔法。
 ただの魔力の塊を生み出し、バレーボールサイズまで大きくなると、躊躇うことなく撃ち放った。

 しかし、その魔力弾は見えない何かに弾かれる。
 男は予想通りというようにまた頷き、地面に降り立った。

「――何か来た」

 一方、リビングの瑞揶は家を守るための結界が何かを弾いたのを察知。
 超能力を用いた完璧な防犯であれど、撃墜能力はない。
 どうしようかと考えようとして、隣に座る沙羅が尋ねる。

「来たって、何がよ?」
「家を誰かが攻撃した。どっかから、僕の情報を得た人間だと思う」
「そう……」

 言われて沙羅はなるほど、と思った。
 朝にも感じたが、瑞揶の能力は使いようによって世界征服すらなせるもの。
 誰だって欲しいであろう力なのだ。

「どうするの? 私が追い返そうか?」
「ううん。とりあえず、僕が会ってみるよ。どこから情報が漏れたのか、どうやってうちの住所を突き止めたのか、気になるからね」

 瑞揶が気がかりなのはそこだった。
 本来なら、響川の家は襲撃者が押し寄せる。
 しかし、いままで襲撃がなかったのは瑞揶の能力により、警察や国、ネット登録で預けている情報が外部の人間が知る場合にその人間が情報を使用する目的の善悪を判断して善でなければ知れないようになっているから。

 無論、瑞揶は自身の知り合い全員にこの超能力を行使している。
 誰か友人を人質に取られ、能力を使うことを強要されないためだ。
 瑞揶なら人質を取られようが関係ないのだが、無駄な時間を使わないためであり、知り合いも無償で自分の情報が悪用されないのだから好都合である。

 ここまで情報統制をしていていてなお情報が漏れるということは、誰かが言いふらしたに他ならない。
 その人物を突き止めるべく、瑞揶は慎重に、胸をどきどきさせながら玄関を出た。
 小道に出ると、瑞揶は街頭の下に男の姿を捉えた。

「出てきたか、響川瑞揶」

 瑞揶は何も言わず、男を観察する。
 褐色肌に背の高いことから外国人と判断する。
 年の頃は20かそこら。
 服装は水色の軍服で、左右の腰には大降りの剣が携えられている。

「……何の用かな? こんな夜分に、ね……」

 瑞揶は問いながら、男の頭から自分の知りたい情報を見る。
 瑞揶の知っている男が目前の男と金銭取引しているのがわかり、ため息を吐き出した。

(あの人、かぁ……僕にまつわる記憶を削除――)

 早急に目前の男に教えた人物から記憶を削除した。
 その間、褐色の男が名を名乗る。

「私の名はノードン・クリットリク。3年前、貴様が終わらせた戦争で父を亡くし、母を奴隷にした者の名だ」
「……そっか。僕は、名乗らなくても大丈夫そうだね?」
「響川瑞揶、貴様を殺しに来た」
「…………」

 瑞揶は何も言わなかった。
 戦争を終結させても余波による小さな諍いはあって、こうして過去にも瑞揶は襲撃者を見ていたから。

(ああ、またなんだ――)

 哀愁の目で、そう思うことしか叶わない。

「殺させると思って?」

 そこに新たな影が現れる。
 響川の家から出てきた沙羅だった。
 瑞揶が最初に出会ったときに着用していたピンクの着物を着ており、利き腕である右手にはギラリと光る刀が握られている。
 沙羅の戦闘用の装備がこの姿であった。

「止めるか女? だが、俺に勝てると思わないほうがいいぞ」
「あら、それは私のセリフよ。身の程を教えてあげるわ」
「待って、沙羅」

 沙羅が構えを取る前に、瑞揶が制する。
 そして頼もしく、

「僕が自分で何とかするから――」

 瑞揶はそう言って、沙羅がこれ以上進めないよう、わざわざ結界を張った。

「…………?」

 何故結界まで張るのか意図のわからない沙羅は首を傾げた。

「ずいぶんと余裕だな、響川瑞揶」
「君こそ……僕を殺せると思ってるの?」
「貴様が不老不死なのは、知っているさ。だがな、どうしても1度……いや3回、10回は殺さないと俺の気がすまない!! 家族が苦しみ、当然俺だって貴様のせいで苦しめられた!! 家族の報いをここで晴らす!!!」
「……そっか」

 少し悲しそうに呟く瑞揶。
 次に口にした言葉は、沙羅にとって予想外のものだった。

「いいよ、何回でも殺して」
「瑞揶!!?」

 瑞揶の後方より驚きの声が上がる。
 驚きは前方からもあった。

「……正気か貴様? 痛覚はあるはずだが?」
「正気だし、痛覚はあるよ。だって、ノードンさんの家族が不幸になったのに、僕が不幸な目に会わなかったら不公平でしょ?」
「……そこまでの覚悟とはな。良いだろう、殺してやる」
「待ちなさいっ!! 瑞揶、瑞揶!!!」

 沙羅が必死に止めようとするも、結滞に阻まれて前に進めない。
 こうなることが予測できていたからこそ、瑞揶は結界を張っていたのだ。

「ごめん……沙羅は家に戻ってて。これは僕が悪いんだから」

 なだめるように言うも瑞揶の後ろから人の気配が消える様子はなかった。
 本来なら瑞揶はこうした復讐者が現れることには歓迎なのだ。
 悪いことをしたなら償う――。
 その理念で生きているのだから。

 情報統制は自分に関係のない人にまで被害がないように行っているに過ぎず、超能力で修復可能な自宅をわざわざ守っているのも近隣の人への配慮に過ぎない。
 今はそれだけじゃなく、沙羅までいる――。
 だから、少しでも嫌な思いをさせてしまったのは、自分の落ち度だと瑞揶は内心自嘲した。
 沙羅に用いていた結界を消し、代わりに別の能力を使う。

「この周辺に僕の悲鳴が聞こえないように、果てには姿が見えないようにしたよ。そっちの方が、君にとって好都合だよね?」
「……貴様、おかしな男だ。そんな好条件を出してくるなんて、何を企んでいる?」
「何も企んでないよ。僕は、やれって言われたから戦争を止めた。けど、そのせいで不幸になってしまった人がいたなら、詫びたいんだ。罪人は――罪を償わないと不公平だって、良くわかってるから」
「……。少しばかりは貴様に同情してやる。だが遠慮はしない」
「ああ、その前に一つ。僕には何をしても構わない。だけど、後ろにいる僕の家族に手を出したら、相応の報いを受けてもらうよ」
「案ずるな、俺が殺したいのは貴様だけだ!!!」

 咆哮をあげ、男はサバイバルナイフを片手に瑞揶へと迫る。
 鮮血が舞うも、沙羅は泣きながら目に見えない瑞揶を探して名を呼び続けた――。







「――朝?」

 瑞揶は起きて1番にそう呟いた。
 寝ぼけた目で捉えた視界にはいつもの通学路――に乾いた赤い血の跡が広がっていた。
 それが自身の5回殺された分の血液であることを瞬時に察しても、特に気持ち悪さを感じることはなく、超能力で血の跡と匂いを消し、家に入ろうとした。
 しかし、瑞揶の手はドアノブに届く前に止まる。

(沙羅……怒ってるかなぁ……)

 死も恐れないというのに家族の怒りを恐れるというのは情けないが、瑞揶は項垂うなだれた。
 自分をないがしろにするなんて、目の前でされたら気分がよくないだろう。

 1度死んで次に目が覚めたとき、沙羅の姿を瑞揶は見つけられなかった。
 家の中に戻ってテレビでも――というのは想像できるが、実際に怒っているかは想像できずにいる。
 自宅なのに、玄関を開けるのがこんなに怖いのは生まれて初めてだった。

「――もう見えるのね」
「!?」

 横からの声に、瑞揶は肩を震わせた。
 いつの間にか隣に立っていた横の少女に目をやると、腕を組んで凛と振舞っているが、目の下にはくまができている。

「……沙羅、寝てない?」
「日が出るまでアンタを探してたんだけど?」
「ご、ごめんなさい……」

 おどおどして瑞揶が謝るも、沙羅は許さんとばかりに眼光を鋭く尖らせた。

「無事だったから良かったけど……」
「僕は死なないんだよ?そう言ったでしょ?」
「だからって……家族が痛い目に合わされて、私に黙って見てろって言うの!?」
「…………」

 声を張り上げる沙羅に、瑞揶は言葉を詰まらせた。

 ――これは僕のことだから

 ――贖罪をしているだけ

 考え付く言い訳は沙羅を怒らせるだけだとたちまち消えていく。

「私、瑞揶のことがわからないわ……家族なのに……!」
「沙羅……」

 唐突に涙を流し始める沙羅。
 瑞揶は困惑してしまい、何も言えずに閉口してしまう。

 思えば、瑞揶にはさらに話していないことが多かった。
 霧代のことはもちろん、どうして親が同居していないのか、毎週日曜に行うミッションの詳細。
 ミッションの詳細については、今回のようなことがあるから話しておかないといけないだろう。
 それに、どんな超能力を行使しているかも話すべきなのだ。
 家族――信じあう人に隠し事はしないべきなのだから。

「ごめん、沙羅。普段は聞かれないし、つまらない話しだし、言わなくていいと思ってた。ごめんね……僕のこと、一晩も探し回ってくれる人なのに――」
「許さないわ!」
「うっ……」

 ぴしゃりと言い放たれ、硬直する瑞揶。
 しかし、次の瞬間には沙羅に抱きしめられていた。

「……沙羅?」
「もうあんな馬鹿なマネはしないで。約束しなさい」
「……ええと」
「できないの?」
「や、約束するよ……」
「よろしい」

 半ば強引に瑞揶は了承した。
 千切れ、切り裂かれた服越しに沙羅の涙を感じ、嬉しさかはたまた沙羅を慰めるためか優しく抱きしめ返す。

 昨日とは逆のパターンだった。
 昨日は瑞揶が沙羅を抱きしめ、沙羅は優しいと言った。
 今日は沙羅が瑞揶を抱きしめ、瑞揶が沙羅の優しさに触れている――。

「ありがとう、沙羅――僕、もう心配させたりしないから」
「……それでいいのよ。もう、手間のかかるやぬ……し……」
「……沙羅?」
「…………ぐぁー……」

 瑞揶が腕の中の少女の顔色を伺うと、閉じられた瞳と寝息を立てる小さな口があった。
 安心して眠ったのである。

「ゆっくり休んでね、沙羅……」

 腕の中で眠る少女を優しく持ち上げ、瑞揶は遅い帰宅をしたのであった。

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