連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第十四話

 朝が来て木曜日、今日は朝から部活がある。

「いや、休むわよ」

 緊急事態のため、沙羅も僕も休むことにした。
 姉さんを1人で留守番させるのは、まだちょっとね……。

 ということで、今日も響川家はまったりと過ごしている。
 沙羅と姉さんはテレビを見ていて、僕は朝ごはんの食器を洗っている。
 水がじゃー。

「じゃー♪」

 無駄遣いはダメだよっ。
 食器を洗い終えて乾燥機の中に入れ、スイッチを押して乾燥を待つ。
 その間に麦茶を3人分用意してお盆に乗せてテーブルまで持って行く。

「麦茶だよ〜」
「んー、ありがと」
「ありがとう、瑞揶くん」

 沙羅はテレビから目線を離さず、姉さんはぺこりと礼をしてからコップを受け取った。
 相変わらず沙羅はソファーに寝そべってるけど、姉さんの方は行儀良く背筋を伸ばしてソファーに座っている。
 姉妹で差が出るなぁと感じつつ、食器の乾燥機まで戻って食器を出し、棚に仕舞う。
 ここまで終わってやっと僕もソファーの端に座った。
 二人が見ていたテレビは朝のニュース番組で、殺人事件のトピックが終わるところだった。

《次のニュースです。対立するラシュミヌットとブラシィエットの抗争により、ついに他国にも被害が――》
「ん?」

 ニュースキャスターの言葉に沙羅は疑問符を浮かべた。
 そして姉さんの顔を見て尋ねる。

「私の生まれは、ラシュミヌットなの?」
「うん……お母さんはラシュミヌット帝国の皇族で、今は侯爵と結婚してるよ」
「ふーん……」

 つまんなさそうにそれだけ言って沙羅は体を起こし、四つんばいになってソファーを歩き、僕の元までやってきた。

「戦争に巻き込まれるわね」

 ポンッと僕のひざの上に沙羅の頭が落ちる。
 わざわざ僕のひざを枕にしに来たみたいだ。

「そうだね〜」
「……瑞揶、反応薄くない? 戦争よ、戦争」
「うーん、もう数百回は行ってるからなぁ〜……」
「……あぁ、アンタも裏のある人間だったわね」
「裏があるって……僕そんなんじゃないよう……」

 沙羅の言い様に少し悲しくなる。
 毎週日曜日の御呼ばれには500回以上行ってて、そのなかで「戦争止めて」とか「戦争勝たせてきて」って指示がたまたまあっただけなのに……。
 ちなみに、日曜日に出現することから裏業界では【休日の終止符】って呼ばれてるらしい。
 なんかかっこいいような……でも、休日に終止符打つってことは、働けってこと?
 そう考えたら、えげつない通称だなぁ……。

「私たち魔王の子は、普通に魔法使えば都市の壊滅……いや、国だって滅ぼせる。だから呼んだのね、そのお偉いお母様は」
「さ、さーちゃん……その言い方はちょっと……」
「事実じゃない……私たちにメリットなんてないし、なんで行かなきゃ……」
「沙羅〜? もう行くって言ったんだから、行こうよ〜。僕がいれば観光みたいなものでしょ?」
「……そーね」

 はぁっ、と下からため息を吐かれる。
 拗ねたような沙羅の頭を撫でると、最初こそ「むぅっ……」と小さく唸ったが、目を細めていってやがて寝息を立て始めた。
 人懐っこい猫みたい……。

「フフ……さーちゃん寝ちゃったの?」
「そうみたい……ごめんね、姉さん。沙羅の態度がこんなで……」
「瑞揶くんのせいなのー?」
「違うけど……もっと丸くなってくれるように生活させればよかったなぁって……」
「確かに……妹なのに私より凶暴で、ちょっと怖いわ……」
「あはは……」

 空笑いしかできない。
 どうしてもっと物腰柔らかくならないかなぁ……。
 僕に迷惑かけるのはいいけど、他人に迷惑かけるのはやめて欲しいな……。

「でも、瑞揶くんとさーちゃんは仲良いわよね……」
「うんっ。もう3ヶ月以上一緒に暮らしてるし、遠慮もあまりされないよ」
「そういうことじゃなくて……」
「……?」

 姉さんは視線を沙羅に落とした。
 目を閉じて小さく口を開き、スゥスゥ言いながら気持ちよさそうに眠っている。

「沙羅がどうかした?」
「……えーと、その、どういう仲が良いのか……気になってね」
「どういうって……うーん、言葉には表しにくいなぁ〜。兄弟とか、親子……みたいな感じかな?」
「……親子かぁ」

 感慨深そうに姉さんは頷き、僕の言葉を租借する。
 姉だから、沙羅と仲が良いのが羨ましいのかな……。

「瑞揶くんは、さーちゃんのこと、どう思ってるの?」
「う〜ん。家族……それで、一応戸籍上は従兄弟だから、仲の良い親戚……?」
「……膝枕までして、本当にそれだけなの?」
「それだけだけど……あとは、愛猫みたいな感じかな」
「誰が猫よ、誰が」
「うわっ、起きてるし……」

 沙羅に下からあごを小突かれる。

「寝かけたわよ。なんか聞き捨てならぬ会話が聞こえてきて起きたけどね」
「沙羅、麦茶はまだコップに口つけてないからいいけど、朝ごはん食べたばかりだし、今寝たらお腹が横に広がっちゃうよ?」
「やかましいわっ。どうせ太ったって誰も困らないでしょう?」
「沙羅が困るでしょう? ……ねぇ、姉さん?」
「え、ええと……」

 姉さんに振ってみると、おろおろと両手を振って慌てだす。
 話振るの、急すぎたかな?
 だけど、ここは姉らしくビシッと言って欲しい――

「さーちゃんがいいって言ってるなら、いいんじゃないかな……?」

 姉さんの言葉は僕の期待を裏切り、甘やかす方に持っていった。
 沙羅はにたにたと笑いながら僕の頬を突っついてくる。

「ほーら見なさい。セラもこう言ってるわ。ちょっと太ったっていいのよ」
「むうぅ……」
「というわけで、ここで二度寝させてもらうわ。さっきの瑞揶の撫で方上手かったし、またやって欲しいんだけど」
「姉さんにやってもらってっ。僕はもうやらないもーん」
「ケチ」
「うっ……」

 沙羅の言葉がぐさりと心に刺さる。
 ケチ……久しぶりに言われたなぁ。

 ガバッと沙羅は僕の膝から頭を持ち上げ、じーっとセラを見つめる。

「……寝ているときに腕振り下ろして顔面陥没とか、ないわよね?」
「そんな非道なこと、お姉ちゃんはしないよっ!」
「ならいいんだけど……」

 沙羅はまた四つんばいになって姉さんの所に移動した。
 恐る恐る彼女の膝の上に頭を乗せた。
 目がずっと開いてて眠る様子はない。
 というか若干血走ってるようにも見える。

「……さ、さーちゃん? 目開けてたら寝れないわよ?」
「不安すぎて眠れないわ。寧ろ目が覚めたし、瑞揶が留守番しててくれるなら部活行ってこようかしらね」
「う、うぅっ……」

 姉として情けなく思ったのか落ち込んでるのか、泣き出す姉さん。
 沙羅はそんなこと気にせず立ち上がり、キッチンの方に消えていった。
 多分、茶菓子でも探すんだろう。
 実姉をスルーしてお茶菓子……確かに1日2日で信用しろとは言わないけど、姉さんが可哀想になってきた。

 あと1日半で出立、何とか仲良くならないかな……。







《それをウチに相談してなんとかしろって言うのは、何かいろいろ無理があると思うんだけど?》

 携帯電話の向こうから厳しい判断が下される。
 いつもこういう面倒事を相談できて沙羅の事情を話しても大丈夫なのは、お義父さんを除いて環奈しか考えられなかった。
 自室に戻って携帯で相談してみるも、取り付く島もない対応だった。

《まぁ、沙羅も複雑な事情なのねぇ。あ、他言無用なんだよね? 言わないから心配しなくていいよ》
「うん……でさ、どうしたらいいかなぁ?」
 《そりゃあ姉妹としての時間を作ってあげるしかないよ。あのさ、なんで兄弟や姉妹に絆ができるかって言うと、一番すごした時間が長いから。だから趣味も似るし、共通の話題で話すし、仲良くなるんだよ。血の繋がりもさーっ、昔は重視されてたらしいけど、この時代は軽視されてるでしょ? だから、数日で仲良くなるとか、それこそ同じ死線を潜り抜けるとかしないとありえないね》
「…………」

 一辺に全部詰め込んで話されたから、良くわからなかった。
 沈黙に疑問を感じたのか、携帯のスピーカーから呆れたような声で質問を投げかけられる。

《わかった?》
「い、一応は……」
《実際に戦場に連れてったりしちゃダメだからね。瑞揶の能力ならできるんだから》
「あ、あはは……」

 2日後に戦場に行くかもしれないため、空笑いしかできなかった。

《兎も角、ウチにアドバイスはできそうにないよ。悪いね》
「ううん。ありがとうね」
《いつもお世話になってるし、何かしたいんだけどね。じゃ、頑張ってー》
「うん。じゃあまたね」
《あいよー》

 通話を切って携帯を机に置く。
 急速に仲良くなる方法はないようだ。
 だとすると、できるだけ2人でいてもらうしかないけど大雑把すぎて作戦も何もないし、運任せだ。

「心配だなぁ……」

 沙羅は激しく頑固な所があるから、もう少し姉さんに歩み寄ってあげて欲しい。
 僕から進言すれば行動に移してくれるだろうけど、それじゃあ本当の意味で仲良くなれるか……。

「……僕じゃ、どうにもできないかな?」

 疑問を自分に投げかける。
 きっと返ってくる答えはイエスで、できてもほんの少しのサポート。
 当事者の2人だけに任せてしまうのは、それはそれで沙羅も姉さんも僕に迷惑をかけないって事で気が楽なのかもしれない。
 どちらにしてもなにもできないなら、信じるしかない。
 沙羅と、セラを――。

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