連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第十九話

 結局、何も変わることなく土曜日が来てしまう。
 今夜と明日の夜は夏祭りがあり、魔界に行ってもなるべく早く帰りたいねと沙羅に話しながら、3人で朝食をとる。
 セラちゃんは昨日沙羅に振られて気まずそうだけど、今日はセラちゃんが居ないと始まらないため、渋々とリビングにいた。

 朝食を食べ終え、食器はとりあえずシンクに水を張って置いておくことにし、みんなでソファーに座る。

「今日までに来てって事で、別に時間はいつでもいいの」

 セラちゃんが僕たち2人に今日集まる事について説明を始める。
 仕事モードなのか、顔が真剣だった。

「もっと早く行けたなら、アンタが来た日に行けば良かったのに」
「ひうっ……」
「まぁまぁ、沙羅……」

 沙羅の冷たい態度に仕事モードは一瞬で崩れ去った。
 沙羅も、仲良くなるために期間いっぱい使ったのはわかってるはずなのに、意地悪だ。
 セラちゃんは涙は目に止め、話は続く。

「魔界への移動方法はね、この転移付箋で行くよ。瑞揶くんのために一応説明するけど、この付箋に行き先を書いて人に貼ると、書かれた行き先に転移できるの。具体的に書いてもいきなり住居侵入にはならないようにできてる、結構な優れものだよ〜」
「へぇ〜……そんな文房具みたいなので行けるなんて、魔界って凄いね?」
「高いのよ〜? 普通に買ったら、1ブロック3000万円ぐらいだもの」
「こ、高級感ないなぁ……」

 セラちゃんの手に持った白の付箋は20cm四方のもので、厚さは親指ぐらい。
 ただの文房具にしか見えないけど、たくさん移動するとなると付箋で転移は便利だなぁ〜。

「移動先はラシュミヌットの城だから、門の前に転移しようね」
「そんなもの使うより、瑞揶がパパッと転移してくれた方が早いんじゃない?」
「僕も、それがいいと思うよ。資源の無駄にもならないしね〜」
「……え? えっ? ……あ、瑞揶くん、なんでもできるんだったね……」

 そっかそっかぁ〜と感心するセラちゃん。
 考えた事がそのまま現実になる、そう言われても実感ないものね。普段使わないし、能力忘れられても仕方ない。

「じゃあ移動方法はそれとして、目的はとりあえず、お母さんとの面会ね」
「けど、今戦争やってんでしょ? 参戦させられるんじゃないの?」
「それについての命令は、私には来てないよ。ひとまずは、お母さんに会ってから、ね……」
「……そうね」

 落ち着いた声で2人が話し、沙羅は面倒と言わんばかりにため息を吐いた。
 沙羅に変わって僕が質問をする。

「行くことが目標、で良いんだね?」
「うん。まだ未定だけどね……」
「じゃあさっさと行きましょ?夏祭りだってあるんだから」
「……沙羅、その格好で行くつもり?」
「あん?」

 僕に言われ、沙羅は自分の格好を見る。
 朝起きてからすぐ朝食を食べ、まだ着替えもしていない。
 つまり、パジャマだった。

「……別になんでも良いでしょ? 偉い人に会うからって私は気を使ったりしないわ」
「じゃあ着替えたら出発ね〜」
「……こういう時は話聞かないのね、アンタ」

 半ば強引に沙羅を着替えさせようとし、僕たちは一度別れ、僕も一応、制服に着替えてからリビングに戻った。
 すると沙羅はピンクの着物に羽衣を纏い、セラちゃんも初めて会った時みたくスーツだった。
 いつもは沙羅の服だったし、キチッとしててスーツの方がいいね。

「沙羅はなんでその服なのー?」
「これが魔法の防具なのよ。柄とかは好きに決められるけど、10年くらい使ってて1回も変えてないわね」
「へぇ〜。硬いの?」
「魔法耐性があるだけよ。剣で刺されたらひとたまりもないわ」
「そうなんだ……」

 たまに着物だなぁと思ってたら、そんな効果があったとは。
 礼服かどうかは微妙だけど、この格好で行ってみよう。

「じゃあ、転移するね」
『はーい』

 2人揃って返事するのを確認し、僕はただ思う。
 ラシュミヌットの城門前に転移する、と。
 すると、音もなく僕達3人は赤い暗雲が敷き詰める空の下に立っていた。
 城前ということだからか、目の前は広く道が開かれ、庭師が掃除している他に何もなかった。
 反対に、目の前には高さ5mぐらいの城門があって、急に現れた僕達に警備員が刀を向けてくる。
 警備員も着物で、沙羅の言っていたことを反芻するようだった。

「貴様らっ! 何の用だ!」
「怪しい奴らめ!」
「驚かせてしまい、申し訳ありません。敵対心はないので武器をお納め下さい。私はフォシャル夫人より書簡を頂き、王血影隊ベスギュリオスより参じました。こちらをお読みください」
「…………」

 そう言ってセラちゃんは便箋を1通取り出して、武器を消す門兵の男の人に渡した。
 男の1人が中身を確認し、またセラちゃんに返す。

「字も確かにフォシャル様のものであり、魔力も感じられた。先ほどは失礼、通って良いぞ」
「ありがとうございます」

 門兵の1人が魔法によって門を開き、もう1人が僕達を中に誘導する。
 城は近くで見ると迫力があって、沙羅とおっきーねー、そーねー、と会話した。
 城中に入ると急に狭く感じるけど、高校の廊下ぐらいの広さだから妙な親近感があったりする。
 絵が飾ってあったりするんだけど、僕は何かが飾ってあっても気にしないからなぁ〜。

「……なんか、緊張してきたわ」

 そう言ったのは沙羅だった。
 怖いもの知らずだから意外だね。

「わ、私の方が緊張してるよ〜……」

 前を歩くセラちゃんの方はこちらに振り向くと汗かいてた。
 ……まぁうん、セラちゃんはわからなくもないかな。

 僕の方が堂々としてるのが謎と沙羅から指摘を受け、それから雑談をしていると門兵さんが付いたと伝える。
 茶色い扉の前に止まり、門兵さんがノックする。

「フォシャル様、客人をお呼びしました」
「客人?」

 室内から、沙羅の声が艶やかになったような声が返ってくる。

「セイファル殿とその一行のようです」
「あの子が!?」

 ダダダという足音の後、すぐに扉が開いて人が出てくる。
 その拍子に門兵さんが頭をぶつけていたけど、現れた女性は気にもとめず沙羅を抱き寄せた。

「……?」
「サイファルね!? 会いたかったわ……!」

 その僕より少し高い背丈を持った金髪の女性は感極まったように涙を流していた。
 ドレスに身を包んでいて、偉い身分の人だとわかる。
 この人が、沙羅のお母さん……?

 ――ピョコッ

 ……アホ毛が1本だ。

「……ちょっとセラ。これ?」

 沙羅が物を指差すかのような言い様でセラちゃんに聞く。
 セラちゃんは頷いて答えた。

「う、うん……この人がお母さん」
「はぁ、お母さんね……」
「声も、私が若かった頃にそっくり……目は赤いのね。残念」
「…………」

 沙羅は目を伏せ、フォシャルさんにされるがままに身を任せていた。
 お母さんの方は目が青くて、どことなく包容力を感じる。

「セイファルも、連れてきてくれてありがとう」
「ううん……お母さんが喜んでくれて、何よりです」

 沙羅から離れ、セラちゃんの頭を撫でるフォシャルさん。
 微笑ましい親子の再会に、僕は微笑んでいた。

「……その子は?」

 漸く僕の存在に気付いたらしく、僕はにこやかに笑って自己紹介する。

「僕は、響川瑞揶って言います。人間で、沙羅――サイファルさんを家に置いてるので、親御さんに挨拶をしに来ました」
「サイファルを!? どういう関係なの貴方! えぇ!!?」
「べ、別に恋人とかではないし、沙羅に危害を加えたりしていないのでご安心を……」
「むしろ私が危害加えてるものね」
「……そう」

 沙羅も認めて安心したのか、落ち着くフォシャルさん。
 そうだね、殴られるのはいつも僕だしね。
 家主の威厳……なくても楽しいけど、今のままでいいのか悪いのか。

「貴方には迷惑をかけたようね。お詫びと言ってはなんだけど、何か欲しいものがあれば容易するわ」
「いえ、お構いなく。僕も楽しんでますから」
「遠慮は無用よ。なんでも言いなさい」
「うーん……あ、後で考えます」
「わかったわ」

 約束を取り付け、僕を一瞥して全体を見渡すフォシャルさん。
 いつの間にか門兵の人はいなくなってたけど、多分仕事に戻ったんだろう。

「とりあえず、中に入りなさい。いろいろ話したいことがあるわ」

 フォシャルさんがそう言い、部屋の中に戻っていく。
 僕らも部屋に入って、ピンク色の壁や壺に活けられた花、天井に吊るされた高級感のあるシャンデリアなどを見渡した。

「【黒魔法カラーブラック】――」

 その隙に、天蓋付きのベッドに腰掛けたフォシャルさんが、魔法を発動した。
 3つの黒い椅子があっという間に作り出される。

「座って。悪いけど、硬いかもしれないわ」
「いえいえ」
「大丈夫よ」

 硬いと言われても、沙羅は躊躇なくどっかりと座り、セラちゃんも音なく腰を下ろした。
 僕も二人に習ってちょこんと座る。
 僕たちが座ったのを確認すると、フォシャルさんは一つ頷いて話し始める。

「今回、サイファルとセイファルを呼んだのは、他でもないわ。対立国のブラシィエットと、戦ってもらうためよ――」

 予想していた戦争への介入はこうしてあっさりと決まったのだった――。

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