連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十五話

 ベッドにダイブしてからあっという間に1日が過ぎ、私はお腹の上に違和感を感じて目を覚ました。
 ベッドから落ちない目覚めというのに、何故か気が重い。

「…………」
「ブムゥ」

 腹部に感じた違和感は、どうやらうさぎのもののようだった。
 瑞揶が残した置き土産ね、というかここは瑞揶のあてがわれた部屋だったことを思い出す。

「……あー、眠っ」

 お腹の上に座っているうさぎ……うささん?なんでもいいけど、その白くて可愛い物体を持ち上げ、体を起こす。

「……朝ご飯」

 ポツリと呟いたのは寝不足からか、いささか張りのない声で、いつものように牛乳と朝ご飯を求めるもの。
 しかし、ここが家ではないことはわかっている。
 ……眠い状態でのストレスは簡単に怒りの琴線をジャラジャラ掻き鳴らし、

「瑞揶ぁああああ!!! 朝ご飯ぐらい置いていきなさいよぉぉおおおお!!!!!」

 朝から大絶叫してしまうのであった。
 城のみんな、おはよ。







 結構偉い人が集まっているらしい会議はあっという間に終わった。
 意味もないだろうに、昨日わざわざ送り主を解析しようとするとスパイウェア自動取得してしまうメールをブラシィエット国の城に300通あまり送ったらしい。
 内容は全て〔降伏しろ〕というもの。
 今降伏したときの条件を諸々書いてたそうだけど、なかなか勇猛な敵国さんは屈しないという文言とともに、爆弾の画像を送ってきたそうな。
 爆弾、昨日落とせなかったから怒って画像だけ送信、ってことかしら?
 いや、そんなわけはないか。
 城門前に爆弾を転移付箋で送って爆破ぐらいしか敵は爆弾使えないだろうし、当然だけどその対策はどこの国も行っている。
 爆弾……なに? なんか意味があるの?

 そんな思慮はさておき、会議では本日、敵の本陣……というか城に乗り込むことになっていた。
 兵が5万人ぐらい居て、張られてる結界は7重だのよくわからないことを言っていたけどそこは私とセラでブチ壊し、乗り込んで終戦というシナリオ。

 私を引き込みたいフォシャルが戦争期間を引き延ばさないとは意外で、この作戦でいくというのも安直過ぎやしないかと不安になる。

 まぁ、意外なのはそこだけではない。
 敵が2万近くの兵を失ったのに、降伏しないのだ。
 はぁ?と言いたい。
 全員生きてるからって調子乗ってんのか!と言いたい。
 本音としては、さっさと私を家に帰らせろと言いたいのだけど。

 まぁなんでもいい。
 どうせ私が死ぬ事は、ない。

「はぁ……」

 作戦の結構は11時より。
 それまで部屋にこもってうつ伏せ状態でいようと私は心に決めていた。
 何故かうさぎが私の背の上に乗って動かないし、いっそこのまま寝たかった。

「さーぁちゃん」
「ノックしなさいっ!!」

 突然入ってきた姉候補に叫ぶ。
 彼女は小動物みたいに震えてドアに隠れ、私の背からうさぎも逃げ出した。

「ご、ごめん……でも、ちょっと覗いたら暇そうだったから……」
「暇なのは否めないけど、人の部屋勝手に覗くのってどうよ?」

 常識的におかしいわよね、うん。
 そんなことを言っていても仕方ないため、セラを室内に招き入れ、同じベッドの上に座らせた。

「で、なに? 作戦の立て直し?」
「え? 用があったんじゃなくて、その、今日でお別れみたいな感じだから……」
「あらあら、寂しいのねぇ……」

 少しだけ私の頬が緩む。
 普通に嬉しい言葉だった。
 少しでも長く居たいって言いたいのがわかったから。

「うう……いいなぁ、さーちゃんは。瑞揶くんと一緒で……」
「そうねー。瑞揶と会えた事はホント幸いだわ。今のような生活できなかったしね」
「……ほんと、いいなぁ〜」
「…………」

 好きだからって羨みすぎだと思う。
 いいなぁと言われてもどうしようもないしね。

「でも、セラも瑞揶と仲良いじゃない。面倒だからさっさと告っちゃったら?」
「なっ、投げやりすぎだよっ。それに、瑞揶くんの性格から考えて、誰にでもああいう感じでしょう?」
「そうだけどね」

 まぁ面倒くなったら投げやりになること安請け合いなのよね。
 つっても、告られたら瑞揶が面倒くさそうだからそれはそれで困るんだけど、瑞揶もあと70年かそこらで死ぬわけだし……。
 ……あれ?死ぬわよね、瑞揶?寿命無いとかあるの?

 まぁいいやと思考を放棄して話を戻す。
 ああ、瑞揶の好感度を上げる方法といえば、

「セラ、楽器……楽器を持ちなさい。瑞揶は音楽が大好きだから、音楽の話ししたら尻尾振って喜ぶわよ」
「楽器なんて持ってないよう……」
「知ってるわ」
「うぅ〜……」

 というわけで、セラに打つ手なし。
 私はまぁまぁと慰めてやることしかできないわ。

「瑞揶くんがさーちゃんに取られちゃう……」
「取らないわよ……」

 恋愛経験0舐めんなと反論したかったけど、セラも同じだから言わなかった。

 こんな雑談をして、時間は過ぎてゆく――。







 踏みしめた土はめり込み、威風を醸し出す。
 決戦に向け、2万の兵が城外に集結していた。
 兵のトップ、最前列に立つのは私とセラのコンビ。
 作戦は結界を破って空から一方的に狙い撃ち、単純ながらそれだけに敵の迎撃が怖い作戦であった。
 無限に散弾、魔法弾を撃つ城に一番前で戦うのだ。
 しかし――その全てを避けるだけの力、才を持ったのが私達。
 ――王血影隊ベスギュリオス

「――定刻よ」

 11時00分。
 私は振り返り、後方の兵達にメガホンで気合いを入れる。

《反響魔法――あーあー、聴こえるわね?》

 魔法をも用いて、遠く後方まで声を響かせる。
 聴こえてるだろうとなんとなくの確信で話し始める。

《呆気ないけど最終決戦よ。これまで長らく戦っていたらしいけど、終戦は目前に迫っている。
 かといって手を抜いたりしたら己らの体をお刺身にして城門の前に飾るから、本気でかかりなさい。
 大丈夫、この戦いでも死ぬことはないんだから。

 兵隊よ。
 猛り、吠え、自分を発揮しろ。
 自分自身を賭けに出し、各々の武勲を掲げよ!!》

 ここまで言って、壮大な歓声が上がる。
 やる気は十分、あとは行くのみ。

《総員、転移を!!戦いを終わらせるわよ!!》
『ハッ!!!』

 私の呼びかけに応じ、一瞬にして目の前の大群は姿を消した。
 私も胸元に付箋を貼り、転移を開始する。

 気付けば空中に立っていた。
 私の後ろには2万の兵が居り、全員が魔法で浮いている。
 さて――

「セラ」
「うん」

 2人で目下の城を見つめる。
 黒と白のゴシックな色を持った城が眼下にはあり、私は目標を確認すると魔力の刀を取り出した。
 初撃は私が貰う。

 刀を振り被る。
 静寂の中、刀に黒の魔力が空気中から収束されていく。
 刀から溢れる魔力は渦を巻き、空高く昇った。

「【羽衣天技】――」

 その技の名を、刀を振るうと共に口にした。

「【一千衝華】!!!」

 ゴウッと唸る風と共に、黒の魔力の塊が城めがけて一直線に伸びていった。
 すぐさま見えざる鉄壁に阻まれる。
 バチバチと音を立てて魔力を押し返す結界に、私はさらに魔力を叩き込んだ。

「ッ、うらぁ!!!」

 バキンッ!!

 ヒビが入ると同時に1枚目が割れる。
【一千衝華】はまだまだ勢いを失わず、次の結界に食らいつく。

「【三千雷火さんぜんらいか】」

 隣でのセラの呟きを聞き、私は黒の魔力を霧散させた。
 バトンタッチ、交代だった。

 セラの両腕には金と赤のガントレットが嵌められていた。
 およそ私の胴回りぐらいある、鎖がジャラジャラとうるさいその手を胸の前で合わせ、目を閉じている。
 しかし、瞑想は一瞬のこと。
 刮目すると同時に、

「――いきます」

 セラの体は、掻き消えた。
 刹那、べコンという物が潰れた音がした。
 目の前の結界が一枚、凹んでいた。
 セラの拳によって――。

「ハァァアアッ!!!!」

 2撃目が結界に放たれる。
 また凹む。
 浅い――20cm程度の凹みでしかなかった。
 結界全体で考えれば、あんな凹みではどうしようもない。
 それはセラだってわかってるはず。
 だから――

「ハァァァァアアアアア!!!!!」

 セラは結界に殴打を繰り返した。
 一撃一撃が音でしか認識できない、それほどの速さでの連撃。
 1撃1撃が雷のように鋭く結界に突き刺さる。
 結界を凹ませる音はやがてヒビを入れる音へと変わり――

 パリンッ!

 ガラスが割れるような音を立てて、割れた。

「じゃあ次行くわよー」

 軽い調子で私は次の攻撃を宣言する。
 セラは一度私の横まで戻って三千雷火を解いていた。
 彼女の姿を一瞥し、私は両手を重ね、天へと伸ばす。

 先ほどの黒い魔力とは違い、収束するのは白の光。
 やがて薄らと、光の聖槍が生み出される。
 白き羽が生え、太陽の輝きを持つ宝玉を柄に収めた光り輝く天使の槍。
 だが、振るえば厄災を感じさせる悪魔の槍。

「【白明の槍ライジャスティーグ】――」

 槍を構える。
 第3の結界からは数百メートルも離れたこの位置から、空気の揺らぎから鈍色に光る結界を穿たんとする白き槍を――

「【第一撃ネイジェ】――」

 結界に向け、勢い良く突き出す。
 突き抜ける衝撃波が結界にブチ当たり、一瞬にして割る。

「【第二撃ヨゥジェ】――」

 2撃目の突きからは光線が飛び出した。
 白い、細いビーム。
 だがその速度は目で追うことの出来ない速さ――。
 空を切り裂き、一筋の光は次の結界を穿った。

 光線を放った槍は白さを奪われたかのように黒く染まり、羽は散ってゆく。
 黒光りする鉄の光沢は艶やかだが重々しく、私は静かに槍を投擲する構えを取る。
 体をしならせ、全身をバネに精一杯仰け反り――

「【終撃センジェ】――【悪苑の殲撃シュグロード】!!!」

 そして私は、槍をブン投げた。
 白さを無くした黒い槍はギュゥンと音を鳴らしながら結界に迫る。
 黒い一閃が瞬く間に結界に衝突し――


 ドゴォォオオオオン!!



 爆発した。

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