連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十六話

 さーちゃんが放った槍は爆発を起こし、結界を1枚散らした。
 7枚の結界のうち4枚は彼女が壊したのだ。

 結界だってただの結界じゃない。
 王族貴族が招集される城、優秀な魔法習得者が集って何年も魔力をかけたであろう結界なんだ。
 だって、普通の爆発ではあれは割れない。
 割れたとしても、火薬が足りないだろう。
 それなのに――

「フゥ――」

 隣にいるさーちゃんは両手を腰に当て、“少々疲れた”とでもいうような態度を取っている。
 これだけなんだ――。
【羽衣天技】は私も使えるけど、さっきの魔法は知らない。
 それに、魔力だってまだまだ余裕がありそう。

 この子は、私と別次元の強さを持っているのかもしれない――。

 味方であるという安心とともに、ちょっとした戦慄を彼女から感じていた。

「ほら、セラ。アンタの番よ」
「あ……う、うん!」

 かといって、次は自分が壊す番。
【羽衣天技】級の技は、私は魔力的にもあと3回しか使えない。
 うち2回で結界を壊さないと――。

「グアァッ!!?」
『!?』

 思慮に潜りそうになった刹那、後ろの部隊から悲鳴が上がった。
 振り返り、知る。
 上空に敵がいたことに――。

 数はざっと5000か、それほどの兵が上空にいた。
 どれもこれも敵兵であり、魔力弾を放ってくる――。

「迎え討ちなさい!! 数で押し切るのよ!」

 さーちゃんが叫ぶ。
 猛り、咆哮をあげる兵士達が一斉に魔法弾を放ち、あるものは刀を手に取り近接戦に狩りでた。

「セラ! 仕方ないからもう一枚割ったげるわ!行くわよ!」
「う、うん!」

 上空からの攻撃を見る必要はない。
 こういう事態も考え、前衛の部隊が私達の肉壁となってくれる算段だから。
 だから、私は刀を構える。
 黒い魔力を、刀に取り込むように掻き集めて――

 隣のさーちゃんも同じだった。
 刀に黒い魔力を収束させ――私達は、日本の黒い渦を、天まで登らせる――。

『【羽衣天技】――


 魔力は混じり合い、一つの巨大な刃となる――

 ――【一千衝華】ぁぁああああ!!!!!』

 2人同時に刀を振り下ろし、漆黒の衝撃波が世界を覆った。
 全てのものが目を奪われ、動きを制止する。
 爆音が鳴り響き、凄まじい風圧は後衛部隊を吹き飛ばしてしまう。
 今まで以上の大威力が城を襲ったのだ。

 光が晴れる。
 あの攻撃は嘘のように消え去り、結界だけは全て破れているのが感じ取れた。

「突撃!!!」

 さーちゃんが刀を城に向けて言い放つ。
 応と答える兵達が一斉に城に向けて効果をし始めた。
 その中に私と沙羅ちゃんも混じって行った。

 窓を破り、城内に侵入する。
 水色と緑を基調とした城の内包だったが、それに戸惑うことなく私はさーちゃんと共に城内の散策を開始する。

「止まれぇ!」
「このっ!!」
「邪魔よ!」
『グッ!?』

 時折邪魔をしてくる兵は一瞬でさーちゃんの振るう刀に倒される。
 現役王血影隊ベスギュリオスの私より頼もしい。
 私は、姉なのに――。



 これなら、さーちゃんが認めないのも仕方ないよね――。


「――――」

 任務中に私事を考えてはいけないと、頭を振るう。
 いい、悲しむのは後で――。
 最後まで認められなかったけど、私は――今回、本当に楽しかったから。

「――ここ、ね」

 そして――玉座の間にたどり着いた――。

 広い部屋だった。
 もっと兵士が張り詰めていると思いきや、そんなこともない。
 矢張り水色と緑が主体の部屋であり、しかし玉座は赤く、部屋はシャンデリアで照らされている。

 部屋にいたのは着物を着た兵士が10人そこら、髭を蓄えた、金の肩章をヒラヒラさせる強そうな人が3人。
 そして、2人の女性と、王らしき人物――。

「――わた、し?」

 そのうち、女性の1人は私とよく似ていた。
 髪は一括りに束ねられており、髪は私よりも長いけど、1本のアホ毛、私と同じ顔立ち、さらには私と同じ黄緑の髪を持っていれば、それは――

「降伏しなさい。この城は間も無く占拠するわ」

 また思慮に陥りそうになった時、隣のさーちゃんが提言する。
 一番奥に立つ赤いマントを羽織った男性、王らしき人物が答える。

「それはできない。其方そなたの隣にいる人物を返してくれるまでは」
「……あぁん?」

 さーちゃんが怪訝そうに私のことを見てくる。
 睨みに近いそれに私はか細い悲鳴を出すと、さーちゃんは王様に向き直った。

「……これ?」

 親指で私を指差す。
 王様はうむと言って頷いた。

「その子は、我が国の王女の娘なのだ――」
「戯言を」

 敵の発した言葉を、さーちゃんが一蹴する。
 多少の憤慨がその姿からは感じ取れた。

「アンタが言ってんのは、王血影隊ベスギュリオスに入隊するために行われる血液検査がおかしいっていうことよ」
「その検査は、母体の血液との照合なども一々されているとお思いか?」
「……なに?」
王血影隊ベスギュリオスにて大切なのは、父親――すなわち魔王の血。母体がどうであれ関係はないし、調べるだけ無駄だ。よって調べられていないことは調査でわかっている」
「はぁーん、そうなの……」

 話を聞いて、さーちゃんが納得したように頷いた。
 毎年何百人と生まれるのに、そこまで精密な検査があるわけじゃないんだ。

 私は、さーちゃんに似ている。
 だけどそれ以上に、前方に立つ黄緑の髪を持った女性と、私は似ている。
 それはこの話の裏付けのようで――。

 私はじゃあ――

「もうこんな事は終わりにしよう」

 赤いマントを羽織った王様が、カツカツと足音を踏み鳴らして歩み寄ってくる。

「争いなど誰も好まない。これまで何人死んだのだ。1人の少女を取り戻すために――」

 息を飲んだ。
 何を言っているのかわからない。
 私を探して――戦っていたというの――?

「もしもまだ死ぬことがないのなら――」

 そして、王様は立ち止まり、マントを広げた。

「終わりにしよう」

 マントの先に見えるのは、無数のダイナマイトで――

「さーちゃん――!」
「セラ――!」

 瞬く間に爆発し、私達は吹き飛んだ。







 身体中が痛い。
 防御が間に合わない自分の未熟さに心が痛む。

「……っ、うぅ……」

 私はまともに立てなかった。
 外傷がなく、そのおかげで意識までは刈り取られずに済んでいるが、瑞揶くんの能力が無ければ間違いなく私は即死していたであろう。

 爆弾――やっぱり使ってきた。
 あの画像の意味は、多分これだろう。
 あぁ、体が動かないや――。

「お父様の自爆を受けて、なんで……」
「……?」

 驚きの声が一つ上がっていた。
 ボヤける視界から私が見えたのは――。

「…………」

 凛然と立ち尽くす、さーちゃんの姿だった。
 体からはバチバチと稲妻が発生しており、なんだか金色の猛虎のようなオーラが見える。

「【虎天意とらてんい】――全身を猛虎の意思で包み込み、全てを狩る爪を与える。今の私は猛虎――簡単に吹き飛んだりしないわ」
「っ――この化け物め! かかれ! アイツを捕らえろ!」
「性懲りも無く……」

 敵の方は結界を張っていたのか、全員無事だった。
 10人ほどの兵が一斉にさーちゃんに襲いかかる。
 ああ、自分は加勢すらできない。
 なんて情けない姉なんだろう。

 いや――お姉ちゃんじゃ、なかったね――。

「らぁっ!!」

 さーちゃんが腕を振るうたびに兵士が吹き飛んでいく。
 そっか――血が半分違うから、あんなに強いのも当然で――。

「抵抗は無駄よ。さっさと降参しなさい」

 あんなにカッコいいのも、私とは違うからなんだね――。

 自分の情けなさに涙が浮かぶ。
 物心つく前から、母からの手紙を喜び、嫌な王血影隊ベスギュリオスの隊舎でも、自分の本当に血の繋がった妹がいるって信じて、ずっとやってきた。
 12年以上だろうか――なんて滑稽なんだろう。
 ずっと騙されてた。
 母は母じゃなく、妹も数多く居る王血影隊ベスギュリオスの人員と同じ――。


 ――ザシュッ

「ガフッ……」

 思考に夢中になっている最中に、私の腹部に槍が刺さった。
 痛みはあまり感じない、心が痛すぎるせいだろうか。
 でも、間違いなく突き刺さっているその鉄から血が吹き出ないのは、やっぱり瑞揶くんのおかげ。
 けど――今の一撃で死ねてたら、楽だったのに――。

「本当に死なないのね」
「…………?」

 真上から聞こえたのは、聞き覚えのある声だった。
 驚き半分に、涙に濡れた顔を上げる。

「――――」

 自分を刺していたのは、母親だと信じていた女性、フォシャルだった。

「サラ――良くやってくれたわ。ここまで難なくこれた。それも貴女のおかげよ」
「…………」
「セイファルのことは気にしないで。元々この子は敵だった。今聞いたでしょう?」
「――――」

 あぁ、なんて普通に、酷いことを言うんだろう――。
 私の事を生まれたときからずっと、騙して――。

 つらつらと涙が溢れていく。
 上唇を噛んで、嗚咽は堪えた。
 これ以上、惨めなのは嫌だから。
 だって、私がブラシィエットの人なのだとしたら――今まで私が戦ってたのは自国の人なんでしょう――?

 神様――私は――。

「――おい」

 その時、風が巻き起こった。
 ブワッと室内に吹き荒れた風はさーちゃんを中心に起こり、彼女の手には結界を破る時に見た白い槍があった。

「――サラ?」
「……して……んのよ」
「――え?」

 フォシャルが尋ねても無視し、彼女はこちらに向けて槍を構えた。
 そして、憎悪の顔を上げて踏み込んだ――。

「私の“姉”に、何してくれんのよぉおおお!!!!!」

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