連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第一話

「沙羅はもっと、にゃーになるべきだよっ」
「……にゃーって何よ?」
「えっとね、鳴いて?」
「……にゃー」

 瑛彦達が帰ってから、響川家ではのほほんとした日常が続いていた。
 いつものようにリビングで僕と沙羅は座り、にゃーと鳴かせる。
 なっ、なんて可愛い鳴き声……!

「よしよし、沙羅にゃーは良い子良い子〜」
「……にゃー? にゃーにゃー……」

 抱きしめて頭を撫でると、少し頬を染めながらまた鳴いてくれた。
 凄く棒読みだけど、それもまたよし。

「可愛い声〜っ。うささんの真似もできる?」
「……難しいし、私はあの鳴き声はちょっと……」
「ぶむーっ、沙羅猫はうさぎにはなれないか〜……」
「いや、魔人だし……」

 的確なツッコミばかりしてくるのが悲しい。
 でも沙羅はそのまま猫みたいにしてて、僕は沙羅の背中や頭を撫でていた。

「……ん? 少し伸びたね?」

 それで、髪を触っていて思う。
 綺麗だけど、くしが通らなさそうな金髪の髪は伸びていた。
 前は背中につくぐらいだったのに、今ならお尻より下に行くだろう。

「……まぁ、伸びたわね。2〜3ヶ月は切ってないわ」
「切ろうか? ついでに髪もいてストレートにしてみたり?」
「……切れるならお願いしたいけど、瑞揶はストレートが好きなの?」
「えっ? 別にどんな髪型でも気にならないけど……」
「……あぁ、目がそうなのよね」

 残念そうにため息を吐く沙羅。
 確かにね、僕の目だとね……。
 なんで感じないんだろ?これも愛ちゃんのせいなのかな?

「つーかアンタ、その目を超能力でなんとかすれば良いんじゃないの?」
「……え?」

 僕の意表を突いた一言に、思わず僕は固まった。

「……そっか、その手があったね」
「いや、普通気付くでしょ……」
「あはは……。とりあえず、治してみるね?」
「ええ……」

 沙羅が僕から距離を取って座り直す。
 僕は1度目をつむり、静かに能力を使用した。
 一呼吸。
 初めて目で見て感じられるようになる――といっても、過去に霧代だけは可愛いと思うことができていた。
 だけど今こうやって、初めて普通に世界を見ることができる。
 僕はおそるおそる、震えた様子で目を開けた。

「――――」

 いつも居るリビングの情景を見て、たくさんの情報が感じられる。
 柔らかい明かりの照明、少し広い間取りの部屋、キッチンの方は以外と狭いな、なんて印象が心に残る。

「――どう? なんか変?」
「えっ?」

 沙羅に声を掛けられ、僕は彼女の方を向いた。
 だけど、

「……うわぁっ!?」

 僕は驚きのあまり、ソファから転げ落ちた。

「……は?」

 呆然とした沙羅の声が聞こえる。
 しかし僕は起きても沙羅の事が見れず、ソファに隠れる。

「……ちょっと、何してんのよ?」
「だ、だだ、だって……え、うわー、うわーなのです……」
「……いや、それじゃわかんないから」

 リアクションだけじゃ伝わらなかったようで、沙羅はソファーの上を移動して近付いてくる。
 それを僕はソファーの下を回って逃げる。
 ちょっとしたいたちごっこを無駄だと思ったのか、沙羅が足を止めてため息を吐く。

「……なんで逃げんのよ?」
「えっ……だ、だって……」
「……だって?」
「……沙羅、可愛すぎ」
「…………」
「ちょ、直視できないよっ。なんかかぶって!」
「……いや、その……」

 ソファの端から沙羅を見ると、みるみるうちに顔が赤くなっていた。
 僕ももう真っ赤なんだから、これであいこだろう。

「……私、可愛い?」
「うん……その……うん……」

 何か褒めようと思ったけど上手く言葉が見つからずに肯定しかできなかった。

「……そう……」

 ぽつりと沙羅が呟く。
 それから言葉がなく、なんとも言えない空気が続いてしまった。

「……瑞揶」
「……ん?」
「その……目の感性は、戻すのやめましょ。生活に支障が出るわ……」
「……そ、そうだね……」

 どきまきしながらも、能力を解除して落ち着く。
 改まって沙羅の顔を見ると……やっぱり可愛いとは思うけど、さっきほどの感動は得られ無かった。

「凄いね、瑛彦とかはこんな感じなんだ」
「……アンタが感受性豊かなだけだと思うけど」
「そうかなぁ?」
「そうよ。私が可愛いって言うんなら、理優なんて可愛すぎて大変よ?」
「……パンダとか、うささんは?」
「死ねるレベルなんじゃない?」
「ほえーっ……」

 全然想像できないので、感心したような感心してないような曖昧な声を返す。

 それからは普通に髪を切ってあげて、午前中が緩やかに過ぎ去った。





 午後になると、熱が出てきた。
 昨日は血を吐いたほどだから兆候はあったし、仕方ないとも思う。

「……んー」

 ベッドの上で僕は唸る。
 頭がふわふわして、意識がうつらうつらとして眠たい。
 連日の疲れが溜まって、その疲れが今やってきた感じだ。
 でも今回は立てないほど辛くないし、咳もあるわけじゃない。
 ベッドの横で椅子に座った沙羅も心配なさそうに漫画を読んでいた。

「……さら〜っ、暇だよ〜っ」
「……そうねー」
「……さら〜っ」
「…………」

 僕をめんどくさいと思ったのか、無表情でペシペシと頭を叩かれた。
 痛い痛いと反抗していると、沙羅はニヤニヤ笑って漫画を閉じ、布団の上から僕にまたがって馬乗りになった。

「今なら抵抗できないわね〜?」
「い、いつも抵抗できないよーっ……」
「ほれほれ。うわっ、やわらかっ」
「う〜っ……」

 ほっぺたをぺちぺち叩かれ、次には引っ張られる。
 地味に痛いよぅ……。

「沙羅がいじめるぅ〜……」
「嬉しそうにして言わないでよ……」
「嬉しそうじゃないよぅ……」

 そうしてうーうー言う事しばし。
 途中で沙羅がほっぺたをいじるのを飽きたのか、僕の事をじーっと見下ろすだけになる。
 僕は抵抗なんてできないから、お腹を潰されてうーうー言ってるのみ。

「…………ねぇ、瑞揶?」
「なーにー……?」
「……抱きついていい?」
「…………暑そうだから、ヤダ」

 9月中頃はまだ残暑が残っていて暑く、さらに今は布団を掛けてるし、もうすでに暑い。
 僕が拒絶すると、沙羅は頬を膨らませて前のめりに倒れてきた。

「ケチ」
「むーっ……」
「つーかこんだけしても何にも気付かないわけ?」
「お腹が潰れるーっ……」
「……この鈍感。お腹なんて潰れちゃえ」
「うー……」

 よくわからないが彼女は怒ったらしく、そのまま僕に抱きついてきた。
 暑いよー暑いよーと言っても沙羅は不敵に笑うだけで、一向に具合は良くなる気配がなかった。





「……なんでだろー?」
「私の回復魔法のおかげでしょ」

 夕方、僕が部屋で呟くと沙羅が言葉を拾った。
 大した高熱じゃなかったとはいえ、うなされる僕は復活しているのだ。
 沙羅が暖かい魔法を掛けてくれてたけど、それのおかげ……かも?

「なんとかご飯作れそう〜っ」
「洗濯は?」
「朝やったから大丈夫! 干しっぱなしだから畳まないとね〜っ」
「……ああ、そう」

 家事の方も大丈夫っぽかった。
 お掃除は明日にするとして、まずは夕飯作らないとね〜っ。

「……もうちょっと寝ててもらった方が役得だったかしら?」
「え? 役得ってなにー?」
「いや、なんでもないから。早くラーメン作って来なさいっ」
「ラーメンの材料なんて無いよ……」

 麺なんて家に置いてないから高度な要求をされたなぁと思いつつ、携帯でレシピを調べて麺から作ることに決定。
 その1時間後には、調べたレシピ通りに作られたラーメンの丼が2つリビングにあった。

「……相変わらず、とんでもない料理スキルよね」
「そう? 沙羅でも作れるでしょ?」
「瑞揶よりは時間かかるけどね」

 赤いタンクトップを着た彼女は目の前でズルズルと箸を進める。
 箸の滑りが良いあたり、味は申し分ないようだ。

「家ではこういう手軽なもの作らないけど、ラーメンとか焼きそばとか、もっと食べたい?」
「……私は、瑞揶の作ってゃのにゃらぬぁんでほぉ……」
「食べながら話さないのーっ」
「む……」
「でも美味しそうに食べてくれてるから、今度はチャーハンとか、シチューとか作ってみるねっ」

 笑顔で笑って見せる。
 沙羅は箸を止めて一度僕を見て……目を閉じて、また箸を進める。
 何を照れてるのか、ちょっと顔が赤かった。
 やっぱり可愛らしいなぁ……。
 …………ん?
 …………あれ?

「僕、普通に沙羅の事が可愛いって思えるようになってる……」
「ぶーっ!!?」
「わーっ!?」

 僕の言葉を聞いて、沙羅がラーメンを吹き出した。
 正面にいる僕に噴出された麺とかネギとかが全部かかって、大変な事に……。

「……なにするのーっ!」
「……何言うのよーっ!」

 ほとんど同時に発せられた声は重なって、怒りよりも笑いを生んだ。
 なんだかなーと思いつつ、今日も1日、響川家は平和なのでした。

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