連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第17話

 6時間授業を終え、今日はまっすぐ帰宅です。

「お父さんただいま〜っ!」
「おかえり〜っ」

 家に帰るとお父さんが出迎えてくれて、ランドセルを持ってくれる。
 部屋はお父さんと共同なので、そのまま2階にあるお父さんの部屋へ。

「今日は図工あったでしょー? 何作ってるの?」
「えっとね……でんのこ? で木を切ってるの。作るものはまだ決めてないな〜……」
「ああ、でんのこかぁ。懐かしい〜っ」

 そんな話をしながらお父さんは連絡帳を見たり、明日の授業の準備をしてくれます。
 これが噂のマルチタスク……。

「じゃあ宿題をやろ〜っ!」
「にゃーっ!」

 それからすぐに宿題で、これが終わったらおやつなのです。
 いつもお父さんが、お昼におやつを作ってるんですにゃーっ。

「ちなみに、今日のおやつは?」
「きな粉餅だよ〜っ」
「きっ、きなこねこさん!?」

 甘くてもちもちなきな粉餅を想像すると、宿題もやる気が出てきます。
 気合を入れて算数のワークと国語のプリントと戦いましたっ。

 お餅をもちもちと食べ、その後は座禅ですっ。
 最近では1時間やってても平気になってきました。
 お父さんも座禅してるし、たまに泣きながら座禅してるけど、今日も辛抱ねこさんです。

「でも、なんで座禅するのーっ?」
「何もしないからだよ?」
「……にゃー?」

 よくわかりませんっ。

「何もしないのは良いことなの?」
「うん。何もしないのは嫌でしょ? 今のうちに嫌な事に耐えるとね、将来はいろんな事に耐えられる強いねこさんになるんだよーっ。だから、座禅と戦うのは辛抱ねこさんなのですっ」
「にゃ、にゃんと……」

 そんな深い意味があったなんて……。
 私も辛抱ねこさんになりますっ。

「じゃあ今日の座禅はここまで。お風呂沸かしてご飯作るね〜♪」
「はーいっ」

 お父さんは部屋を出てご飯を作りに行きました。
 この時間は密着取材なしで、私も1人でゴロゴロします。

 いつもはお父さんのイヤホンと音楽プレーヤーを出して聴いたり、倉庫になってる1階奥の部屋から楽器を出して弾いたり。
 今日はどうしようかと思ったけど、たまたまお父さんの携帯が目に入りました。
 ふっふっふー、こんな所に転がってるなんて、私に遊んで欲しいと言ってるのかな〜?

 なんて、実は普段から結構遊んだりしています。
 お父さん、パスロックかけてないんだもん。
 まぁ私に見せるぐらいだからヤラシイものは入ってないけどねーっ。

 携帯ではお料理の献立を調べたり、楽器を見たり、人の演奏を聴いたりです。
 あんまり使い過ぎると突然アラームが鳴って、《目が悪くなるにゃー!?》っていうお父さんの声がするので、使い過ぎもありませんっ。
 世の中便利だな〜と思いながら動画を見ていました。






「ただいまー」

 18時を過ぎた頃にお母さんが帰ってきます。
 私とお父さんがドアの開く音に気付いて玄関へ。

「おかえり〜っ。ご飯はまだだよ〜」
「お母さんおかえり〜っ!」
「んー。ぬあーっ、抱きつかないでよ沙綾。ご飯はテレビでも見て待ってるわ」
「はーいっ。じゃあ作ってくるね〜っ」

 お父さんがリビングに戻っていき、私とお母さんだけが残されました。
 抱きついてお母さんの顔を見上げているも、お母さんは目線を横に逸らしてしまう。
 ……ふむぅ? ……あっ。

「お母さんの胸……。ふむっ、これは……」
「こら、何を見つめてんのよ」
「…………」
「……なによ?」
「……大きくなる?」
「…………」

 ゴチンとゲンコツを下されました。
 あ、頭が割れる……。

 フラフラしてバタンと倒れると、お母さんに襟首掴まれてリビングに連行されました。

「はーなーしーて〜っ!」
「ちょっとだけ説教しましょ。ほんと、それだけは許さないから」
「ふにゃぁああああ!!!」

 魔法の鎖でぐるぐる巻きにされ、30分ほどお説教されました。
 お父さん……助けてよぅ。

「まったく、デリカシー無いのもお父さん似よね」
「僕はデリカシーあるよ……」
『ない(わ)よ』
「えっ!?」

 びっくりされたけど、そのまま夕飯です。
 ご飯食べて、お風呂入って、お母さんとお父さんが演奏して……あとはまったり過ごすのです。

「……むにゅー。ふにー……」
「沙綾がおねむねこさんに……!」
「早起きしてたものね。お父さん、部屋に連れて行きなさい」
「はーいっ」
「むむ〜……まだ寝ないもん〜……」
「連行ですにゃー」
「うー……」

 そのままお父さんに抱かれ、ベッドの上に寝かせられました。
 ふぬぬ、不覚……。
 ……おやすみなさい。







 沙綾が眠り、響川家のリビングには2人だけが残される。

「瑞揶、沙綾はちゃんと寝た?」
「うん。ぐっすり眠ってたよ〜っ」

 沙羅の問いに、夫の瑞揶はニコニコ笑って答える。
 瑞揶とてこの後の事を考えると、沙綾には寝ていてもらわないと困るので寝たフリじゃないかも確認済みだ。
 そして、“お父さん”ではなく名前で呼ばれた事を喜んでいる。

「沙羅……」
「ん?」
「……ちょっとの間、抱きつかせて」
「……ええ」

 ソファーに座る沙羅の後ろから、瑞揶がそっと抱きついた。
 柔らかい金髪に顔を埋め、腕は少女の肩ごと抱きしめる。

 ドクンドクンと心臓の鼓動がうるさく感じ、それでも動くことのできない2人。
 心に暖炉を当てられてるような暖かさを分かち合って、緩やかに時間が流れていく。

 それから30分経って、漸く2人はリビングを後にした。
 2階にある沙羅の部屋に入り、ベッドの上に並んで座る。

「沙綾も大きくなったよね〜っ。おかーかんおとーかんって言ってたのが懐かしい……」
「そうね……。でも、瑞揶みたいな優しい子に育って良かったわ」
「沙羅の可愛い容姿だし、素敵だねっ」
「…………」
「……にゃー?」

 瑞揶の言葉に、沙羅は俯いた。
 彼女は最近気になっていることがある。
 沙綾があまりにも自分の容姿にそっくりなのだ。
 しかも、体の発育はまだ発展途中……。
 だからもしも、瑞揶が自分よりも沙綾を好きになったら――。

 娘に嫉妬などバカなことだと思いつつも、それでも自分だけを見ていて欲しいと感じてしまう。
 無論、瑞揶が沙綾に色目を使うなどあり得ないが、だが、だが――。

 彼女は最近、そんな事ばかり考えていた。
 だから、もっと愛されたい。
 お母さんとしての自分ではなく、1人の女として瑞揶に見られたい……。

「……自分が嫌になってくるわ」
「え……」

 ポツリと漏れた沙羅の言葉に瑞揶が驚く。
 沙羅の思考など知らずに瑞揶は首をかしげるばかり。
 最愛の人が目の前で悩んでる、どうしたらと口を噤んで考えた。

「……。……沙羅!」
「……なに?」
「ここにお悩み解決ねこさんがいるよ!?」
「…………」

 沙羅は顔を上げて瑞揶を見た。
 冷めた目だった。
 むしろ冷めきっていた。
 ついでにビンタを1発お見舞いする。

 ビターンと叩かれ、瑞揶はひーひー言った。

「痛いよーっ! ひーっ、ひーん!」
「だから、なんでもかんでもねこさんにするんじゃないわよ。お悩み解決ねこさんって何? そんなアホなもん聞いたことないわ」
「ええっ!? そうなのっ!?」
「…………」

 沙羅の平手が再度飛んだ。
 瑞揶はベッドに顔を埋めてひんひん泣き、沙羅はそんな夫を見てため息を吐く。

 こんな姿を見せられれば、彼女の不安も杞憂だと思える。
 だけど、嫉妬の気持ちは全部払拭できたわけじゃない。
 だから、彼女は瑞揶に尋ねるのだった。

「ねぇ、瑞揶……?」
「うえーんっ! ……な、なにぃ?」
「私のこと、好き?」
「…………」

 瑞揶は涙を止め、起き上がる。
 そして勢いよく沙羅に抱きついた。

「好きだよっ。えへへ、チューしていーい?」
「……じゃあ、沙綾と私……どっちが好き?」
「沙羅だよ。当たり前でしょ?」
「…………」

 そっか、と彼女は心の中で呟いた。
 嬉しかった。
 自分の方が好きだと即答してくれたのが。
 それと同時に、自分の醜さも感じていた。

 情けない、自分で産んだ子を妬むなんて。
 でも、どうしても自分が瑞揶の中で一番でありたい。
 その思いが彼女は、誰よりも強かった。

「……私なの? こんなに、暴力振るってるのに?」
「暴力はともかく、沙羅は僕の中で1番の存在だよ。死後も僕に会うために転生してくれて、今ある幸せも沙綾と生きてる幸せも、全部沙羅のおかげでできたものだもん。だから君に、ありがとうと愛してるを死ぬまで言い続けたい……。僕は沙羅が、大好きだよ……」
「…………ッ」

 いやしい自分にそんな優しい言葉を投げかけられたらと、沙羅は歯噛みをして涙を零した。
 すでに胸が苦しいのに、瑞揶は彼らしからぬ強い抱擁で沙羅を包み込む。
 ギュッと閉められた腕に沙羅は悶えた。

「うぅっ……みず、や……っ」
「……沙羅?」
「わだじだっで、愛じでる……のよぉ……」
「ちょ、ちょっと沙羅? なんで泣いて――っ」

 瑞揶の喋る口は沙羅の口によって閉ざされる。
 そのまま勢いに押され、瑞揶はなすままにされるのだった。




 1時間経って沙羅が正気に戻り、布団の中で話し合いになる。

「……嫉妬ですにゃー?」
「そうよ。当たり前じゃない。あんなに可愛く育つんだもの」

 結局全てを打ち明けて沙羅はすねながら瑞揶に抱きついていた。
 妻の可愛い嫉妬に、夫の瑞揶はクスクスと笑う。

「沙羅……僕が信じられない? もう15年も一緒に居るのに〜」
「私の容姿で性格が可愛い沙綾がいるのよ? そしたら、沙綾に目が行くじゃない。違うの?」
「……まぁ親の目抜きにするとそうなんだろうけど、一生懸命育ててきた娘だし……。それにやっぱり、僕を愛してくれたのは今ここに居る沙羅だし、そんな風に嫉妬してくれるのも沙羅だけだよ」
「……なに? 口説いてるの?」
「励ましてるだけなのに……」

 どうしてそういう発想になるのか、と瑞揶は苦笑した。
 彼としては口説くよりも愛してると言い続けたいのだが、沙羅はじーっと瑞揶の目を見据えている。

「……瑞揶、もう一回しましょ?」
「……え?」
「ねぇねぇ、もう一回……。お願いよ……」

 布団の中で沙羅が蠢き、瑞揶の頬が朱に染まる。
 可愛い声で積極的に甘えてくる沙羅に心を奪われたから。

「えっと、その……明日の朝ご飯とか……」
「ダメ、我慢できない」
「えっ? にゃー!?」

 それからガクガクになるまで夜の運動を興じる2人だった。
 翌日はギリギリ5時台に起きた瑞揶は朝食を作るのだった。


 夫婦仲は変わることなく、沙綾も中学生を迎える。

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