連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第2話

「……帰ってるなら言ってくれればよかったのに」
「家に居なかったんだから気付かなかったのよ……」

 帰ってから異変に気付かず1日が過ぎ、妙に感じたのは次の日の朝食でのこと。
 業務用炊飯器にご飯が残りまくっていたせいで瀬羅の存在を思い出したのだった。

「それに、私達が出てってすぐに家を発ったなんて、私達は知らないのよ……」
「私だって、さーちゃんたちが1日で帰ってくるとは思わなかったよ〜っ」
「……一応、18年は経ってるけどね」

 アキューが世界を18年前のバックアップから復元したとかで、おかげで私達はこの世界を出てから1日で戻ってきたことになっている。
 世界が滅亡とか隕石で観測世界の消滅なんてときに復元するらしいけど、私達なんかのために世界を18年戻すなんて、やっぱりアイツも頭おかしいわ……。

 そんで、今は目の前に瀬羅がいる。
 リビング、私はソファーに座って瀬羅は普通の椅子。
 ソファーはL字だから、向かい合って座るときは普通の椅子が出されるのだ。

「でも帰ってこられてよかったね〜っ。ブラシィエットに引き止められて、もう家に来れないかと思ったよ」

 お盆からカチャカチャとティーカップを運んでくる瑞揶が安堵の声を漏らした。
 ま、3人揃っての響川家ですものね。
 私も瀬羅がいて、頰が緩むわ。

「その点は大丈夫だよ〜っ。将来的には長く魔界にいるから、今は好きにしてなさいって、お母さんが……」
「そ。なら良かったわね」
「さーちゃんも、自分のお母さんに会えばいいのに……」
「……向こうにも母親が居ただけに、複雑ね」

 しかも王妃だし。
 なんだかんだ言って、私の血って気高いものなのね。
 家でソファー座ってテレビ見てる、こんな私がね?

「けど、こうしてこっちの世界に帰ってみると、長い夢でも見てた気分だわ」
「……そうなの?」
「違う世界で18年生きてたのよ? ねぇ瑞揶?」
「僕はあんまり記憶残ってないから……。いろいろ大変だったのはそうだけどね〜っ」
「……記憶に残ってないの?」

 瀬羅が不思議そうに瑞揶に尋ねた。
 それに対して瑞揶は笑顔のまま凍ったように固まる。
 他に女ができた記憶をすっぱり抜いたなんて、言えないわよね。
 瀬羅は霧代のこともよくわかってないし……。

「それについてはいつか、私から話すわ。私の方が記憶残ってるし、瑞揶の話も全部知ってる」
「一緒に出て行ったもんね……。そういえば、2人は18年分歳をとったように見えないけど……なんで?」
「……歳取ってないのよ。こんどまとめて説明するから、待ってなさい」
「うん……」

 瀬羅が細々とした返事を返し、両手でティーカップを持って口元へ運ぶ。
 私もカップを持ち、中身を見た。
 香りといい赤茶色といい、紅茶のようだ。
 持ち手に伝わる熱から熱いとわかるけど、魔人は頑丈だから飲めなくもない。
 淹れたてをズズーッと口に運ぶ。
 うむ、美味しい。

「あつっ……!」
「瀬羅、気を付けてね〜っ」
「…………」

 なぜか姉の方は飲めず? 舌を出してうぅと呻いていた。
 なんなのよ、もう……。

「隣座るねーっ?」

 瑞揶が聞きながら答えも待たずに私の隣に腰掛ける。
 座ってから「にゃ〜っ」と間抜けな声を出すのはやめなさい。

「ま、過去のことはいいのよ。これからどうするか、考えるべきなの」
「瀬羅の持ってきたこの魔界のお菓子おいしーねー」
「でしょー? お土産買ってきてよかったぁ……」
「……アンタら、聞きなさいよ」

 真面目な話をしたいのに一口サイズのクッキーを広げて食べる2人。
 紅茶に合うからってねぇ……。
 …………。
 ……まぁいいか。
 このゆるほわな感じが響川家らしい懐かしさがあって、いいでしょ。
 気持ちが落ち着いたら学校に行って……平和に暮らしましょう。

「瀬羅〜、炊飯器にいっぱいご飯あるけど食べる?」
「食べる!!!」
「……紅茶飲みながらご飯って、どうなのよ」

 ツッコミながらも私は紅茶を啜り、瑞揶はご飯をよそいに行ってしまった。
 長閑のどかで優しい空気で、私はため息を吐かずにはいられなかった。







《あーうん。まぁいんじゃん?》
「アンタっていっつもそう言うわよね。本気でいいと思ってる?」
《いいよいいよ。ふぁああ……》
「…………」

 久々に携帯を使って環奈しんゆうに電話したのに、彼女はあいっかわらずのテキトーっぷりで画面越しにも眠そうなのが伝わった。

「環奈、アンタはこっちに慣れた?」
《慣れたも何も、“あぁ、夢みてただけか”って感じだし、特には》
「……そ。私も同じようなもんだわ」

【サウドラシア】でまさかの再会をした彼女も、アキューにこっちに戻されて元気そうだ。
 6年ぐらい若返ったのが嫌だの、これ以上寿命伸びたら退屈で死ぬだの言ってるけど、コイツもまだ子供作ってないのよね。
 通算100年ぐらい生きてるくせに……。

 そんなことを思ったので、環奈に直接その節を聞いてみることにした。

《子供ぉ〜? 別にいつ作ってもいいけどね。知ってる? この世界で子供作ったらウチら魔人の義務教育は1年休む代わりに留年するんだよ。だからもう作ってもいいんけどね〜?》
「へぇ〜……。ま、今はまだお互い高一だし、世間の目を考えたらもうちょい後かしらね」
《そうさね。いやぁ、瑞揶様の通帳のおかげでウチもいい暮らししてるからさぁ〜、あっはっは》
「…………」
《じょーだんじょーだん。お金は返すって。でも、一千万ぐらいは欲しいかな〜。【サウドラシア】であんだけ働いてタダ働きとかあり得ないし。あっちに残ればウチら、勇者だよ!?》
「はいはい、瑞揶に相談するのね。一千万でも二千万でもくれるでしょ」
《あっはっは。必要な分だけあればいいけどね、ウチは。ブランドもんとかきょーみないし》
「それは同感ね」

 ずっと戦いだらけだったり、豪華な空間にずっといたり、いろんな意味でこの世界の金目のものには興味がない。
 瑞揶も、お金なんて気にしてないしね……。
 って、それは昔からか。

《ま、沙羅たちも早く学校に来な。瑛彦たちも待ってるよん》
「明日は行くわよ。瑛彦やアンタらにお礼の品でも持って行くわ」
《おおっ、これは期待できそうだね!》
「……って言っても、私が用意するんじゃないけどね。じゃ、また」
《はいはーい、またねー》

 スマホを耳から遠ざけ、通話終了のボタンをタッチする。
 そのまま電話を自分のベッドの上に放り投げ、自分の部屋を出て隣の部屋に向かった。
 ノックもなしに入ると、ちょうど瑞揶もスマホを置くところだった。
 私と違って、キチンと机の上に置いてるけど。

「あ、沙羅。環奈はどうだった?」

 ひょこひょこ歩いてきて訊いてくる。
 環奈はどうだった、と言われると……。

「いつも通りだったわ。何にも変わらないわね、アイツ」
「そっかぁ……。瑛彦も変わらなかったよ? 理優も元気にしてるって〜」
「そ。みんなも平和そうで何よりね」

 言いながら私は彼のベッドに腰掛け、机の前に座ってた瑞揶もいそいそと私の隣に座った。
 わざわざ隣に来るなんて、甘えん坊なのよね。
 本人が気づいてるかどうかは知らないけどっ。

「ひとまずは一件落着……だよね?」
「そーね。無事にみんな戻ってこられたし、瀬羅も居るし……文句の付けようがないわ」

 この世界に戻ってきて、いつもの日常が戻ったのを確認して、ひと段落。
 まだ何かあるとするなら……

「聖兎とナエト。あと、レリが問題かしら?」
「……あぁ、そっか」

 私が言うと、瑞揶も思い出したように呟いた。
 今頃、アイツらはどうしてるのか。
 ナエトとレリは魔界としても、聖兎は近くにいるはず……。
 ま、学校で会うでしょう。

「今はわからないことだから考えても仕方ないし、今日は寝ましょ?」
「……そうだねー」
「まだ瀬羅はリビングに居るのかしら? ちょっと見てくるわ」
「えー、僕も行くよっ」
「んーっ……」

 で、2人で行くことに。
 リビングに向かうと、ソファーに座ってテレビを見ながら、茶碗に山盛りのご飯、その上にふりかけをかけている瀬羅が居た。
 私達の存在に気付いて驚愕の表情を浮かべる。
 驚きたいのはこっちだ。

「ひゃぅ!? 2人とも、まだ起きてたの!?」
「……姉さん、何してるのかしら?」
「そのご飯、明日のお弁当用じゃないのーっ?」

 何気なく問いかけた瑞揶の質問に、瀬羅はふるふると首を横に振った。
 お弁当用じゃないらしい。

「これ、小さい方の炊飯器で炊いたやつ! 瑞揶くんの作るやつとは別のだよっ」
「……だからって、食べ過ぎじゃないの? 太るわよ?」
「太らないよーっ!」

 うう〜っと恨めしげに睨んでくる。
 どんだけ食いしん坊なのよ、我が姉は……。
 いや、もう私と瑞揶の方が年上なんじゃ……まぁいいか。

「瀬羅ぁ〜っ、ちゃんと食器洗ってね? あと、お湯使うならガスも切ってねー?」
「うんっ。あと、瑞揶くん。冷蔵庫にある納豆食べていい?」
「いいよ〜っ。その代わり、明日僕らがいない間に買い物行ってきてね? 好きに買ってきていいから」
「はーいっ」

 許可も降りたところで瀬羅は納豆を取りに冷蔵庫へ向かう。
 すぐに戻ってきて納豆のパックを開け、箸でしゃこしゃこかき混ぜ始めた。

「ほら! ここはお姉ちゃんに任せて、子供の2人は寝なさいっ」
「子供ですにゃー……?」
「いろいろツッコミたいけど、明日もあるし、寝かせてもらうわ……」

 納豆かき混ぜてる人に叱責されるのってなんなのかしら……。
 まぁいいや、おやすみなさい。

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