連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第五話
僕が一番早く起きて朝食を作り、その途中で沙羅が起きて、次にリビングに来たのは理優。
瑛彦は多分8時ぐらいに起きてくるから無視してみんなで朝食を食べる。
3人で食べる朝食の中で、会話の中から理優が薄く微笑んでこう呟いた。
「私ね……ママの呪い、解いて欲しい」
まだ覚悟半分といった様子だったけど、それが彼女なりに出した答えのようだった。
「……わかった。けど、大丈夫なの?」
改まって理優に尋ねてみる。
大丈夫なの、それは理優に振るわれる暴力的な意味でだ。
理優のお母さんを回復させれば、また彼女は暴力を振るわれるかもしれない。
僕たちはそんなことは望まないし、理優だって嫌なはず。
僕の問いを聞いて理優は、少し迷ったようにして首を振った。
横に――。
「……多分、起きたら私のことぶつと思う。だけど、それでもやっぱり、私の事を育ててくれたママだから……」
「……仲良くなる手段はないのかしらね? いや、もういっそのこと、環奈みたいに一人暮らししちゃえばいいんじゃない?」
「ううん。とりあえず、元の生活に戻れるよう、頑張るよ……」
「……そう」
頑張ると言う彼女に沙羅はそれ以上何も言わなかった。
僕も、それが理優の決めたことだと言うなら良いと思うし、決意を鈍らせるような真似はしないでご飯を食べる。
「おわーーっ!?  今何時!?」
「うっさいわよバカ」
静かな食卓に突然やって来た瑛彦は沙羅に貶められながらもソファーに座る。
時間は7時45分……瑛彦にしては早い時間だ。
「おはよ〜、瑛彦」
「瑛彦くん、おはよ〜」
「おおっす、ほわほわ2人。1人テイクアウトしていい?」
「瑞揶は私のよ。お持ち帰りは理優で決定ね」
「ふぇ?」
テイクアウト候補に選ばれて理優が顔を真っ赤に染める。
というか、僕は昨日の話から沙羅の執事で決定なのかな……。
……まぁ、家族の縁は切れないということで、僕はご飯をぱくぱく食べるのでした。
朝ごはんを食べ終えると、今日はどーしようねー、という話になる。
一応試験だからみんな行こうと話がまとまり、理優と瑛彦は一時帰還することになった。
とはいえ、今から勉強しても間に合いっこないから着替えてくるだけなんだけど。
「なんだか家の中が寂しくなったね〜っ」
「……まぁ、そうね」
既に制服に着替えている僕と沙羅はソファーに座り、8時ぐらいになるのを待つ。
折角だから、今日は一緒に登校しようということでこの家に待ち合わせなのだ。
「理優の事、早く解決しそうで良かったよね」
「そうね……今月は文化祭もあるし」
「……あぁ。そうだったね……」
そういえば、再来週には文化祭がある。
確かうちの部活は、2日目限定で、午後に15分だけ枠があるんだ。
15分なら5分前後の曲を3曲か、それとも挨拶があるなら2曲ぐらいだろう。
曲選び、もしくは曲作りはまだしていない。
多分、僕や瑛彦に一任されるけど、そろそろ曲を練習しなくちゃいけない。
「ちなみになんだけど、環奈が1曲作ってくれるそうなのよ」
「……にゃーっ。環奈すごーいっ」
「もう一曲だけど、アンタが好きなのやればいいってさ。環奈が言ってたし、私もそう思うわ」
「……ぬむーっ」
1曲選んでいいと言われると、弾きたいものは1曲しかない。
【Calm song】。
前世で環奈が書いたという歌。
あの曲は、各パートがそれぞれ引き立つような演奏ができるはずだ。
もしも作詞者である環奈が歌うというなら、きっと曲のことを考えて素敵な歌声を発してくれるだろう。
「……ま、今は理優の事に集中ね」
話をぶった切られ、僕はソファーから落ちそうになった。
「文化祭の話してきたの沙羅なのにーっ!」
「黙りなさい。ああほら、来たから行くわよ」
「にゃーっ」
丁度インターホンが鳴ったため、仕方なしにこの話はおしまいになった。
◇
テストはマークシートで、きっと瑛彦も数十点は取れるだろうと思いながら受けていた。
基礎を試されるような問題ばかりで、だけど社会はさすがに覚えてなかったからあまりできなかった。
テストも5時間目までやって、それで今日の授業は終わり、放課後となる。
「教師陣は僕を呪われさせないために教えなかったらしい。人間如きの呪いなんて通じないというのにな、大人というものはクズばかりで嫌になる」
僕らのいる1-1の教室にみんなで集まって、ナエトくんがそんな愚痴を零す。
もう魔王の息子って肩書きだけかと思ってたのに、意外と学校から大切にされてるんだなぁと思ったり。
でも、理優が少ししゅんとしてしまったからマイナス点なのだよーっ。
「あっ! ごめん足がわざと動いてっ!」
「痛っ!? 何をする貴様ぁーーー!?」
天珠とでも言おうか、レリが胸の高さまで膝を上げてナエトくんの足を踏んだ。
上履きのかかとで。
魔人だからそんな痛くないはずなのに、そっからレリとナエトで言い争いが勃発する。
最近の2人はずっとこんなだから放っておき、沙羅があっけらかんとして理優に言う。
「けど実際効かないわよ? なんなら私で試してみる?」
「えっ……さ、沙羅ちゃん?」
「呪いなんて魔人の使う魔法の【魅了】みたいなもんでしょ? 万一呪いにかかっても瑞揶がいるし、ね?」
「い、いい! 試さないって!」
「そう? ま、私もナエトもアンタの友達やめる気ないから、気にしなくていいからね」
「……あは、うん。ありがとう、沙羅ちゃん」
沙羅のおかげでみんなの気分も持ち直し、ひとまず落ち着いた。
「で、この後は病院に行くのよね?」
「うん……」
「どうする? 全員で行ってもいいなら多分みんな来ると思うけど、人が少ない方がいいなら行かないわ」
「……少ない方が、いいかな……」
弱気な様子で理優は呟き、沙羅も「そう」とだけ返した。
沙羅としては、見に行きたいはずだろうに……。
「じゃあ、僕と理優の2人だけでいいかな?」
「うん……。それでお願い……」
「わかった。じゃあ、行こうか。またね、みんな」
みんなから別れの挨拶を貰い、僕と理優の2人は病院へと向かった。
外は今日も陽気な晴れ模様を描いていて、理優の事も何事もなく終わればいいなと、そう思えた。
病院に着いて、501の部屋への面会の許可を貰い、それからエレベーターに登って部屋に向かう。
病室に着くと、そこには1人の女性が窓越しの日差しに当てられて眠っているだけで、誰一人としていない。
窓は閉まり、風もそよがない暗鬱な室内に、僕らは足を踏み入れる。
「……さっそくだけど、呪いを解いてもいいかな?」
「えと……う、うん……」
「覚悟はできてる? 別に起こさなくてもいいって思わなくもないんだ。理優に酷いことしてた人を、起こすのは悩ましいから……」
「……大丈夫。私は、ママと向き合いたい。もう私だって、子供じゃないもの……」
「……そっか」
子供じゃない、それはとても心強いセリフだった。
だったら僕も躊躇うような真似はしない。
僕はただ、【呪いが解けろ】と願う。
これで理優のお母さん、葉優さんの呪いは解けたはず。
一応、体に何か異常がないかを【視て】確認するけど、特に問題はなかった。
「……理優、もう治したよ」
隣にいる少女に報告する。
彼女は喜んだ様子も見せず、それでいて悲しみでもない、複雑な様子で僕に謝辞をくれた。
「……ありがとう、瑞揶くん」
「ううん、大したことはしてないよ」
「それでも……ありがとうね」
「……あはは、どういたしましてっ」
2度目のお礼には謙虚にもなれず、代わりにはにかんで笑みを返した。
生真面目だし、優しい。
そんな彼女の母が今――僕たちの見ていないうちに目を開いた。
「ママ……!」
理優が声を上げる。
しかし、ベッドには近寄らずにその場に留まっていた。
暴力による恐怖心からか、近づけないのだろう。
だが、近寄る必要もない。
理優の母、葉優さんはゆっくりと起き上がった。
黒く、光のない虚ろな瞳が僕たちの方を向く。
痩せこけ、頬骨が出っ張ってるのは入院していたからだろうか。
理優よりも長い、背中まで当たる黒髪を持った女性は口を開く。
「……理優?」
「う、ん……ママ……」
「…………」
理優の声掛けをも無視し、立ち上がって此方に歩み寄ってくる。
そして――
――パァアアン!!
頬を叩いた強烈な打撃音が、薄暗い病室内に鳴り響いた。
瑛彦は多分8時ぐらいに起きてくるから無視してみんなで朝食を食べる。
3人で食べる朝食の中で、会話の中から理優が薄く微笑んでこう呟いた。
「私ね……ママの呪い、解いて欲しい」
まだ覚悟半分といった様子だったけど、それが彼女なりに出した答えのようだった。
「……わかった。けど、大丈夫なの?」
改まって理優に尋ねてみる。
大丈夫なの、それは理優に振るわれる暴力的な意味でだ。
理優のお母さんを回復させれば、また彼女は暴力を振るわれるかもしれない。
僕たちはそんなことは望まないし、理優だって嫌なはず。
僕の問いを聞いて理優は、少し迷ったようにして首を振った。
横に――。
「……多分、起きたら私のことぶつと思う。だけど、それでもやっぱり、私の事を育ててくれたママだから……」
「……仲良くなる手段はないのかしらね? いや、もういっそのこと、環奈みたいに一人暮らししちゃえばいいんじゃない?」
「ううん。とりあえず、元の生活に戻れるよう、頑張るよ……」
「……そう」
頑張ると言う彼女に沙羅はそれ以上何も言わなかった。
僕も、それが理優の決めたことだと言うなら良いと思うし、決意を鈍らせるような真似はしないでご飯を食べる。
「おわーーっ!?  今何時!?」
「うっさいわよバカ」
静かな食卓に突然やって来た瑛彦は沙羅に貶められながらもソファーに座る。
時間は7時45分……瑛彦にしては早い時間だ。
「おはよ〜、瑛彦」
「瑛彦くん、おはよ〜」
「おおっす、ほわほわ2人。1人テイクアウトしていい?」
「瑞揶は私のよ。お持ち帰りは理優で決定ね」
「ふぇ?」
テイクアウト候補に選ばれて理優が顔を真っ赤に染める。
というか、僕は昨日の話から沙羅の執事で決定なのかな……。
……まぁ、家族の縁は切れないということで、僕はご飯をぱくぱく食べるのでした。
朝ごはんを食べ終えると、今日はどーしようねー、という話になる。
一応試験だからみんな行こうと話がまとまり、理優と瑛彦は一時帰還することになった。
とはいえ、今から勉強しても間に合いっこないから着替えてくるだけなんだけど。
「なんだか家の中が寂しくなったね〜っ」
「……まぁ、そうね」
既に制服に着替えている僕と沙羅はソファーに座り、8時ぐらいになるのを待つ。
折角だから、今日は一緒に登校しようということでこの家に待ち合わせなのだ。
「理優の事、早く解決しそうで良かったよね」
「そうね……今月は文化祭もあるし」
「……あぁ。そうだったね……」
そういえば、再来週には文化祭がある。
確かうちの部活は、2日目限定で、午後に15分だけ枠があるんだ。
15分なら5分前後の曲を3曲か、それとも挨拶があるなら2曲ぐらいだろう。
曲選び、もしくは曲作りはまだしていない。
多分、僕や瑛彦に一任されるけど、そろそろ曲を練習しなくちゃいけない。
「ちなみになんだけど、環奈が1曲作ってくれるそうなのよ」
「……にゃーっ。環奈すごーいっ」
「もう一曲だけど、アンタが好きなのやればいいってさ。環奈が言ってたし、私もそう思うわ」
「……ぬむーっ」
1曲選んでいいと言われると、弾きたいものは1曲しかない。
【Calm song】。
前世で環奈が書いたという歌。
あの曲は、各パートがそれぞれ引き立つような演奏ができるはずだ。
もしも作詞者である環奈が歌うというなら、きっと曲のことを考えて素敵な歌声を発してくれるだろう。
「……ま、今は理優の事に集中ね」
話をぶった切られ、僕はソファーから落ちそうになった。
「文化祭の話してきたの沙羅なのにーっ!」
「黙りなさい。ああほら、来たから行くわよ」
「にゃーっ」
丁度インターホンが鳴ったため、仕方なしにこの話はおしまいになった。
◇
テストはマークシートで、きっと瑛彦も数十点は取れるだろうと思いながら受けていた。
基礎を試されるような問題ばかりで、だけど社会はさすがに覚えてなかったからあまりできなかった。
テストも5時間目までやって、それで今日の授業は終わり、放課後となる。
「教師陣は僕を呪われさせないために教えなかったらしい。人間如きの呪いなんて通じないというのにな、大人というものはクズばかりで嫌になる」
僕らのいる1-1の教室にみんなで集まって、ナエトくんがそんな愚痴を零す。
もう魔王の息子って肩書きだけかと思ってたのに、意外と学校から大切にされてるんだなぁと思ったり。
でも、理優が少ししゅんとしてしまったからマイナス点なのだよーっ。
「あっ! ごめん足がわざと動いてっ!」
「痛っ!? 何をする貴様ぁーーー!?」
天珠とでも言おうか、レリが胸の高さまで膝を上げてナエトくんの足を踏んだ。
上履きのかかとで。
魔人だからそんな痛くないはずなのに、そっからレリとナエトで言い争いが勃発する。
最近の2人はずっとこんなだから放っておき、沙羅があっけらかんとして理優に言う。
「けど実際効かないわよ? なんなら私で試してみる?」
「えっ……さ、沙羅ちゃん?」
「呪いなんて魔人の使う魔法の【魅了】みたいなもんでしょ? 万一呪いにかかっても瑞揶がいるし、ね?」
「い、いい! 試さないって!」
「そう? ま、私もナエトもアンタの友達やめる気ないから、気にしなくていいからね」
「……あは、うん。ありがとう、沙羅ちゃん」
沙羅のおかげでみんなの気分も持ち直し、ひとまず落ち着いた。
「で、この後は病院に行くのよね?」
「うん……」
「どうする? 全員で行ってもいいなら多分みんな来ると思うけど、人が少ない方がいいなら行かないわ」
「……少ない方が、いいかな……」
弱気な様子で理優は呟き、沙羅も「そう」とだけ返した。
沙羅としては、見に行きたいはずだろうに……。
「じゃあ、僕と理優の2人だけでいいかな?」
「うん……。それでお願い……」
「わかった。じゃあ、行こうか。またね、みんな」
みんなから別れの挨拶を貰い、僕と理優の2人は病院へと向かった。
外は今日も陽気な晴れ模様を描いていて、理優の事も何事もなく終わればいいなと、そう思えた。
病院に着いて、501の部屋への面会の許可を貰い、それからエレベーターに登って部屋に向かう。
病室に着くと、そこには1人の女性が窓越しの日差しに当てられて眠っているだけで、誰一人としていない。
窓は閉まり、風もそよがない暗鬱な室内に、僕らは足を踏み入れる。
「……さっそくだけど、呪いを解いてもいいかな?」
「えと……う、うん……」
「覚悟はできてる? 別に起こさなくてもいいって思わなくもないんだ。理優に酷いことしてた人を、起こすのは悩ましいから……」
「……大丈夫。私は、ママと向き合いたい。もう私だって、子供じゃないもの……」
「……そっか」
子供じゃない、それはとても心強いセリフだった。
だったら僕も躊躇うような真似はしない。
僕はただ、【呪いが解けろ】と願う。
これで理優のお母さん、葉優さんの呪いは解けたはず。
一応、体に何か異常がないかを【視て】確認するけど、特に問題はなかった。
「……理優、もう治したよ」
隣にいる少女に報告する。
彼女は喜んだ様子も見せず、それでいて悲しみでもない、複雑な様子で僕に謝辞をくれた。
「……ありがとう、瑞揶くん」
「ううん、大したことはしてないよ」
「それでも……ありがとうね」
「……あはは、どういたしましてっ」
2度目のお礼には謙虚にもなれず、代わりにはにかんで笑みを返した。
生真面目だし、優しい。
そんな彼女の母が今――僕たちの見ていないうちに目を開いた。
「ママ……!」
理優が声を上げる。
しかし、ベッドには近寄らずにその場に留まっていた。
暴力による恐怖心からか、近づけないのだろう。
だが、近寄る必要もない。
理優の母、葉優さんはゆっくりと起き上がった。
黒く、光のない虚ろな瞳が僕たちの方を向く。
痩せこけ、頬骨が出っ張ってるのは入院していたからだろうか。
理優よりも長い、背中まで当たる黒髪を持った女性は口を開く。
「……理優?」
「う、ん……ママ……」
「…………」
理優の声掛けをも無視し、立ち上がって此方に歩み寄ってくる。
そして――
――パァアアン!!
頬を叩いた強烈な打撃音が、薄暗い病室内に鳴り響いた。
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